深淵ダァト

蛆に集られて、正気を失った魔女。

同じく蛆に集られたまま、呆然と魔女を見つめるaとシール。

Kは自分の足元に蛆が居ないのを確認して目を閉じる。

至近距離で弓を引いた。

ゆらゆら揺れていた白い陰は、群青の光となって散った。


蛆は消え、騒音が戻って来る。

途端、クロネコは魔女に駆け寄った。

「貴様ら何をしたッ!?」

「何も。…自爆なんだけど、たぶん」

戸惑いながらaが答える。

クロネコは呆然と呟いた。

「魔物が…? 馬鹿な、そんなこと」

「…あれは、たぶん…」

Kが何かを言い掛けて、呑み込んだ。


気になってはいた。

意思のない魔物や、悪意のある魔物にしてはと。

場から鬼神が消えたこと、自分に蛆が寄ってこなかったこと、それの散り際を考えれば、たぶんそういう事なのだろう。流石は、親人間派。


「さってと、アンタのお姫様は壊けちゃったよ。後はアンタを始末してお終い」

aが戦闘態勢に入る。

Kは黙って弓を構えた。

先輩はノータイムで撃てたらしいが、Kにはまだまだ時間がかかる。

クロネコは逃げ回る事も障壁を張る事もなく、自分を消す矢が現れるのをじっと待っていた。

「諦めたの?」

aがクロネコに声をかける。

「………そうだな…」

壊れた魔女に目を向ける。

「私ではもう………」

一度目を瞑って、aを見据えた。

「カルキスト。叶うのならば、最期に頼みを」

「何?」

続く言葉とその表情に、aはただ目を見開いて…

――パシュ。

「やったぁ!ど真ん中!!」

嫌になる程呆気なく散ったカミサマに、祈りを捧げた。



「………ブカフィ?」

魔女がはっとして顔をあげる。

「ブカフィ? 何処? ブカフィ!!」

「ブカフィはもう、消えたよ」

困惑している魔女に、もう一度ゆっくりと告げる。

「消えた」

「―――…嘘」

表情の消えた顔。

次第に歪んでいく。

「だって、ブカフィは…ボクを独りにしないって言ったんだ。ずっとずっと一緒に居てくれるって。…ずっとって…!」

もう既に、魔女はしゃくり泣くただのこどもだ。

その様にaの戦意は完全に喪失する。

それを見て、溜息を吐いてKも同じ座標へ降り立った。

「クロネコ、何て?」

「この子を救ってやって欲しいってさ」


自分ではもう、彼女の助けにはなれないからと。

彼女が望むから、彼はブカフィになった。

彼女が望むなら、こんな世界壊そうと思った。

彼女が望みを叶えるまで、ずっと共に居ようと思った。


融けた金属を村に流し込まれた、そんな人生があった。

玄霊の狂気にあてられ街ごと狂った、そんな人生があった。

疫が出たとして町ごと焼かれた、そんな人生があった。

どんなことが起きても、彼女だけは生き残った。

彼女だけを、彼が助けた。


繰り返す転生。朽ちていく魂。

彼女を解放する為に、この世界を壊さなくてはと思った。

だけど、生まれてくる度に、彼女は人を愛すのだ。

人を愛して信じて裏切られて、彼女は世界を恨みだす。

何度でも何度でも、彼女は世界を恨むけれど。

同じように何度でも、彼女は人を愛すのだ。


神を消せる力に出会えた事を感謝しよう。

その矢が自分を消滅させ得たとしたら。

彼女のことも、解放してあげて欲しい。

もう安らかに眠っても良い頃だ。

その疲れきった魂を深淵に返しても良い頃だ。

自分は彼女の魂を繋ぐ為の楔。

だから、頼む。

自分という楔が消えたなら。

彼女に闇の祝福を。


「ボクを、救うだって?」

乾ききった笑いが洩れる。

「はは、結局、ブカフィにまで捨てられて。もう疲れたのは自分だろう。はは、は、…もう闇なんて、要らないよ…」

涙。

一粒、二粒。

改めてポロポロと零れ落ちる雫を気にも留めず、嗤い続ける。

それは確かに、救いを求める言葉にならないメッセージ。

弓を引いて数歩下がる。

「闇って言うのは…」

シールがポツリと呟いた。

Kの弦が緊張する。

「お前は知らないのかもしれないが、ルーファスっていうのは、全てを包む根源の母。癒しと安らぎを与えてくれる精霊の名だ」


パシュン。


鬼神と同化しかけていた魂を、神殺しの弓が貫く。

雁字搦めの金の鎖も弾け散って輝き、全ては真の深淵へ、始まりの海へと還って行く。

再生の深い闇の中へ。




「終わったぁ~あ」

Kがざっと髪を掻き揚げる。

「…あれ?」

小さな違和感に頭をテシテシと叩く。

「あ、解った」

耳が無いんだと発する前に、先に気付いたaの悲鳴に遮られた。

「ぎゃーッ、やばっ。今呪い解けたら服ッ!」

シールも青ざめた顔で服を掴んでいる。

「じゃあ、ま。還ろうか」

貝空の腕に絡み付いて、弓の撃ち過ぎで疲れたKはぐったりと体重を預けた。

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