深淵ダァト

筒の両端から光が伸び弓の形を成している。

その弓を、Kはゆっくりと引く。

限界まで張り詰める、ささやかな光の弦。

その弓に、矢は番えられていないように見える。

「しまった、離れて――」

「もう遅いよー」

大弓には、いつの間にやら黄緑色の光の矢。

それは一瞬後、魔女を突き飛ばしたクロネコの身体を大きく穿った。


魔女は尻餅をついたまま、無残に抉られたクロネコの身体を見つめ続けた。

「あっれ…。やっぱ的小さいと難いなぁ」

その結果にご不満のようで、Kは手をぐっぱぐっぱさせながらぼやいた。

「玄霊は外しようない程デカかったもんね」

術命中率の破滅的なKにとっては奇跡の命中だとaが呆れた様子で言う。

『先輩』の祝福が絶大なものだとしか言いようがない。


――神殺しの弓 リブラビス。

K達以前に玄霊に挑んだ者の遺した特殊な武器。

その矢は、鬼神に限らず『肉体を持たないもの』に対して絶大な破壊力を誇る。


「なんで…どうしてっ!人に神は傷付けられないって…!」

最早泣き顔の魔女に、味方はいない。

「さあね。細かい処は知らないよ。死の神にでも聞いてきなよ」

第二段を放つべく準備に入るK。

aは隙と集中に要す時間を作る為に魔女に向う。


最初に気が付いたのはシール。

ぞわり、と。

恐怖すら感じて、周囲を見回す。


そこには大量の魔の類が集まってきていた。

その魔を、ブカフィは取り込んだ。

「――げ。何だよそりゃ」

失った身体が再構成されていく。

魔の数は無尽蔵。

それらを取り込む事で回復が可能だというのなら、この場で彼の鬼神を倒す事など不可能に近い。

「ずりぃ…超いっぱい。…どうすんの? これ」

Kの集中もすっかり解けて、ただただ呆然とするばかり。

「気を付けろ、こんな雑魚の気配じゃない。何か―これは…」


空気が、凍った。


Kの横。横に座っているコレは、なんだっけ?

冷や汗が流れ落ちる。

隣に目を遣る事が出来ない。出来ない。


魔もクロネコも貝空も、いつの間にか全部居なくなっている。

ただ漆黒の空間に、恐怖に身を震わせる四人の人間だけが居た。


誰も身動きが出来ない中で、シールは気付いた。

呪いを受けた者だけがを過剰に怖れる理由。

この場で最もに怯えている者は、他でもない、魔女だった。


――ぽとり


白い何かが、落ちてきた。

魔女の瞳が、たちまち大きく見開かれる。


――ぽと、ぽとぽと。ぽとり


蛆だ。

aが気付くのとどちらが早かったか。


「ぃやあああああああああああああああああああああああああッ!!!」


魔女の絶叫が耳を貫いた。



「やだやだやだやだやだ、やだ、やだ!!」

尻餅をつき、足だけ必死に動かして蛆を遠ざけようとする。

今や蛆は下からも湧き出していた。

「たすけて、たすけて…おねがい…、…こんな…こんな……」

蛆に集られ激しく取り乱す魔女の目の前で、白い人型の陰は嗤うように左右へ揺れていた。

「だってだって、まだ生きてるのに、まだ生きてるのに!待って、待って燃やさないで燃やさないで!!だってっ、…蛆…、でも…だって!まだ…皆…!」


意味の解らないことを、何かに縋り付くように叫ぶ魔女を、三人は言葉無く見ていた。



魔物。

それは悪夢を具現化するもの。

それを踏んだのは、どうやら、使役者本人だったようだ。

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