深淵ダァト

「ま、何だっていーでしょ。敵に変わりは無いんだし」

Kがヒラヒラと手を振って、眠りの姫に手を翳す。が。

「ぉわあ!?」

一瞬Kが空間から消え、すぐに戻っては来たものの激しく息を乱していた。

「K! 大丈夫か!」

aはKを庇うようにクロネコに向かい合う。

Kにはシールが駆け寄って、具合を確かめる。

「舐めるな、玄霊如き…」

クロネコの瞳は、これまでの飄々とした黒猫とは違う本気の敵意を感じさせる。

クロネコの言にシールが眉を顰めた。

「…玄霊…。…やっぱりダメか」

「『やっぱり』!?」

aはクロネコから目を離さないまま、シールの不穏な発言を訊き返した。

「ブカフィは全ての災禍を呼び起こす神。疫を発生させ、オチガミや魔物を操り、玄霊さえも操ったと言う」

「げ、それヤバいんじゃん!?」

実際には玄霊を不安定化させるまでで意のままに操る事は到底出来なかったようだが、それで災いには充分過ぎた。

取り込んだ召喚の鬼神やKとの契約により、玄霊としての彼への影響は遮断できるのではないかと淡い期待をしたのだが、この様子では…。


aは慌てて『貝空』を見る。

苦痛に顔を歪めてはいるが、暴走の兆しは見えない。

「一応、良かった…」

安心してみせると、シールが思いの外厳しい顔をしていた。

「良くない。コイツの中に入れておくのは危険が多そうだ」

aがどういう事かとシールを見上げている間に『貝空』が立ち上がる。

「あ、K…」

大丈夫、と続けようとして、

「俺だ。アイツはちょっと、今の衝撃がデカくてな」


先程の攻撃で貝空の玄霊としての部分が不安定化し、Kが飲み込まれかけた。

おかげで今Kは自己の再形成に少々時間を要している。

貝空が完全にKに体の使用権を明渡していた為の失態だ。


「俺が出てる間は問題無い。それよりおまえらの方が危ねぇな」

aとシールは呪を受けている身だ。

ブカフィの攻撃が効き易くなっている。

貝空は一歩引いて手を伸ばした。

「精神干渉に関しては俺が完全にカバーしてやる。眠り姫を起こして来い」

「了解」

aが駆け出す。


鬼神と闘える者など、そう居ない。

神力以外の力を持っていなければ、傷付ける事さえ出来はしないのだ。

ならば身体を持つ方を、ブカフィがブカフィとして働く理由もとを断つしかない。

そう少なくとも――Kに身体が戻るまでは。


クロネコは耳鳴りのような音を響かせるが、以前のように呆っとなってしまう事は無く、ただ耳障りなだけだった。

貝空に感謝して、aは真っ直ぐに茨の要塞に突き進むと盛大に気砲を放った。形無いもの相手に物理攻撃では威力が低い。

完全にヒットしたと思ったが、青い膜に緩衝され、茨の一部が欠けるに留まった。

舌打ちしつつ、連弾で叩き込む。

激しく干渉光を散らして、花火のような攻防はほんの少しだけaが優勢で続く。


やる事も無く、シールは貝空を見上げた。

Kの気配は薄い。

貝空は精神防御aのフォローに回って何も出来ないのではなく、恐らく主を危険に曝さない為に敢えて攻撃を受けるような目立つ行動をとらないようにしているのだろう。

「おまえ、役には立ってるぞ」

自分を見上げて押し黙っているシールに、視線も向けずに貝空が言う。

「そうか、ならいい」

それきり二人の間に会話は無く、aとクロネコの派手な花火の音だけが深淵に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る