深淵ダァト

「あれがブカフィ…」


幾つもの闇が折り重なって築かれた茨の要塞の中央で眠る人間の身体。

その前に立ち塞がるナイトは今はもう猫の形をしていなかった。

何処か必死の形相で、クロネコはK達を睨み付けている。


「来たのか、こんな処迄…」

「来たよ。身体返して貰いにね」

「あ、もうヘリウム声じゃないんだ」なんて驚いているaにシールが「聞き易くなってよかったな」と返すのを尻目にKが答える。


「彼には手を出させない…!」

それを聞いてKもaも、視線を逸らして溜息を吐く。

完全に優位が逆転しているようだ。

クロネコはただ茨の前に立ち塞がる。

自ら攻撃をしてくる様子はない。


「そんなに大事なら、争いなんかに近付けなきゃ良かったのに」

小さくぼやいて、Kが頭を掻く。

そんな中、シールが口を開いた。

「おまえら、どっちがブカフィだ…?」

「えっ。クロネコなんでしょ」

aは驚きシールを振り返る。


本体に直接会ってみて漸く、クロネコも契約者も神と似たような存在でありながらどちらも神とは異質の妙な雰囲気を持っている事に気が付いた。

いつだかaに問い掛けられた、神の定義を思い起こす。


「神とは『人間によって作り出された、人格を与えられた力の塊』」


ゆうゆうと謳い上げるK。

シールもaも驚いて振り返る。

「だから、ブカフィはちゃんとカミサマ。でもそう考えると貝空は、神に近いねぇ」

死の神マスカルムの名を引き継ぐべきかな、なんてケタケタ揺れる『貝空』をaが制す。

「あんた、K?」

「疑うならシールにどうぞ。貝空の記録から喋ってるだけだよ」

この世界の神についてなんて知識、Kには無い。

これは貝空が完全に身体の所有権を渡してくれるからこそ可能な情報の共有である。


Kが言った通り、鬼神とは太古に散ったという力の欠片が、各地で信仰されていた『神』のイメージを被り、人格と容を与えられたものを指す。

そして、その鬼神が人の悪意にあてられて暗黒面に堕ちたものがオチガミ。

人格を失くし、魔と成り果てた鬼神。

魔物とは人の悪意や怨嗟が生み出した『現象』。意思など無く、漠然と闇雲に存在する『落とし穴』のようなもの。


そしてブカフィは、言うなれば人格を失わずに反転した鬼神。

悪意ある信仰によって容付けられた、鬼神であり同時に魔である稀有の存在。

だがそれが意味する処は、明確な意図をもって災禍をばら撒く確かな『わざわい』。

故に封じられた。


しかし、古の時代に有翼種達によって鎮められた禍は、幼い少女によって解き放たれる。

彼女は黒き贄を捧げ、深淵に眠る禍を呼び起こした。

それは大罪。

許される事の無い痛み、解放される事の無い苦しみを背負い、繰り返し繰り返し繰り返し、魂に傷を負ったまま神と等しく成る程の月日を歩み続けた。


そして、彼女は魔女となった。

禍は名付けられる。『魔女の』鬼神、と。

『人格を持った現象』は、魔女と契約して初めて鬼神として存在する。

使う者である魔女と、使われる物である禍。

ふたつ揃って初めて魔女の鬼神ブカフィと成る。

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