深淵ダァト

そこは、暗澹の世界。

でも何故か、懐かしいと感じる灰色の闇。


「にゃ…、ウチが閉じ込められてた空間と似てる」

あの空間も実際にはダァトの一部だ。

「ここが、ダァト…」

シールが物珍しげにあちこち見回す。

本人は無自覚のようだが、実は知的好奇心が旺盛だ。


深淵にやってきたのはK、a、シール、ジズフの四人。

深淵には誰もが来られる訳ではない。

召喚術の適性があるものや眠鬼のような特殊な一族しか出入りは出来ない。

極々稀に精神を迷い込ませる者も居るが、大抵の場合は眠鬼が拾い上げ事なきを得る。

その眠鬼のものか潜む玄獣のものか、何処からとも無くたくさんの視線を感じる。

「なんか、見られてる」

「深淵に人が来るのは珍しい。好奇や警戒の目は仕方が無い」

Kとaは落ちつきなく周囲に気を配り、目的の場所を探そうとした。

「一見…何も無いんだけど」

空間は暗いと言うよりはひたすら真黒で、見渡す限り何かがあるようには見えなかった。

「ま、随分動いたしな」

「え、全然歩いてないじゃん」

「ここは空間自体が移動する。オレ達は停まってるつもりでも座標は刻々と変わってる」

「えー」

説明についていけなくなりかけているaがショート音を出すが、Kは顔を顰めた。

「それって…。時間は大丈夫なんでしょうね? ウラシマサンみたいな事にはなりたくないよ?」

流石にウラシマタロウの話はジズフには通じなかったが、言いたい事は解ったようだ。

「それは問題無い。『元の時間に』戻ればいいんだ。空間も然り」

ここは深淵。圧縮された情報の倉庫。十元素は入り乱れ混ざり合う。

即ち時も空間も、正常な役割を果たさない世界。

「…成程。じゃ、ま。どうやって探そうかね、ブカフィ」

それこそ、と、ジズフが嗤う。

「何の為に連れて来たんだ、そいつ」

顎で指されたシールは突然のご指名に目を開くばかりだった。


あっちこっちに気配がする。

玄獣のものであったり、眠鬼のものであったり、はたまた全く違う、もっと重く深い気配であったり。

その奥に、この歪な空間に於いても更に歪に歪み捩れた海を見つけた。

茨に包まれた眠り姫のように深く沈みこんだがある。

意識を凝らして近付くと、彼を包む闇が融け出る。

歪みに歪んだ空間から銀色の膜が流れ出し、その膜の中央からでろりと蠢き出したのは―――

「ッ!!」

弾かれた。

頭を軽く振って意識を戻す。その動きで冷や汗が舞った。

「大丈夫っ?シール」

「…ぁあ」

慌てて駆け寄るaを制して、シールはもう一度頭を振った。

「何が見えた?」

「ブカフィだ。…見つけたぞ」

「なら意識しろ。全員が、その地に飛ぶイメージだ」

「はぁ、そんなんで行けるの? ウチは物理法則の働く所が好きだなぁ」

Kのぼやきは無視されて、

「オレの役目は此処までだ。案内は済んだ。後はおまえらで頑張ってこい、『フィア・ジズフ』」

「え、ちょっと」

言うだけ言ってジズフは消えた。

「嘘。アイツ要った? ヴェルニーさん??」

「行くぞ」

再びシールが静かに目を閉じた時、三人は別の座標に移動していた。

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