黒の祠

「どういう事?」

撤退したブカフィに驚いて、Kがその場を見回す。

ジズフはつまらなそうに一度目を閉じて、身を起こした。

「どうもこうも」

驚いたのはKだけではない。

aもその思った以上の効果に目を丸くしていた。

「すげーじゃん、ジズフの癖に…」

「おまえな。まあ、このオレのモデルだなんて確かにおまえらには勿体ないな」

外見こそ似ているが、確かにKには似ていない。

その高慢さは誰かというとシールに似ている。

「ま、いいや。それより色々ついてけてない。説明しておくれ」

「相変わらず頭の弱い奴」

その言い草にぐっと握り拳を振るわせるK。

グールが居なくなったと思ったら、ここにもムカツク奴は居たようだ。

「ブカフィの話なら先程した通りだ」

「えっと、噛み砕いて詳細をお願いします」

シールは面倒臭そうに一度視線を逸らした後、いつも通りの思考音を放って手短に説明を加えた。


「昔、それこそまだ神が生まれ始めた頃の話だ。なんやかんやでひとりのこどもが眠っていたブカフィを起こした。世界によって封印されていたブカフィを起こした為そのこどもは魂レベルで罪を背負う事になったが、契約神であるブカフィを思うがままに使役できる力も得た。恐らく今おまえの身体に憑いているのがその契約者だろ。で、魂に罪人の烙印を押されたそいつは解放されるために世界を壊したい、と」


「ははぁ」

成程。一体何があったのかは解らないが、大体の処は解った。

「あの頭の悪そうなのが契約者…何百年も生きてるようには見えなかったけど」

「おまえら、そのまんまで居たくないなら早く手を打った方がいいぞ」

aの呟きを無視して、ジズフが少し真面目に切り出した。

「どういう事?」

「一見馬鹿な呪に見えるからな、それ。甘く見てるかも知れないが、相当な呪だぞ。奴らも冗談で斯けてる訳じゃない」

確かに、こどもになったからって耳が生えたからって如何な訳でもないとタカを括っていた処はある。

その脅しのような言葉に一同は顔を顰めた。

「行くか? ダァトに」

「だーと?」

aとKは首を傾げてシールを見るが、シールもまた知らないと首を振る。

「ダァトだ。おまえらいつも使だろ」


ジズフは召喚の神の親にしてその後を継ぐ者。

即ち玄獣を支配する者であり、それは同時に、11番目の国を支配する者となる。

11番目の国 ダァト。

そこは誰もが知り、誰も知らない国。

いつも隣にあり、誰もが感じ、それでも見た事のない国。

そこは深淵。

深い闇の世界。

精霊が眠り、命の源が眠り、命尽きた者が還る場所。

圧縮された情報の海。

例えば、玄獣達の住まう場所。例えば、眠鬼達の憩う場所。


「そ…っか、ふーん。確かにセフィロートの『穴』は入った事ないや」

今更の事実に感嘆するK。

aも軽く首を傾げながら同意する。

「でも、なんでそこに」

「本体が居る。ブカフィの契約者のな」

「本体?」

三人は眉を顰めて復唱する。

「身体だ。Kの身体に憑いているとして、自分の身体がある筈だろう? まさか魂の状態で何百年も生きてきた訳じゃない。何度転生しても、ブカフィと再度契約しちまうのさ。今度の身体は生身のまま引き込まれたらしい」

雁字搦めの因果の鎖。その罪はそこまで重いのか。

Kは好奇心を押さえ込んでジズフを見上げた。

「で、どう行くの?」

「ダァトは広い。正に底無しの深淵だ。だが繋がりのある処同士はリンクする。この祠から飛べばいい」

三人の顔が様々に歪む。

何せ、この祠は穢れの塊。

近寄る事すら息苦しい此処から、ブカフィの本拠地へ飛べというのか…。

「幸い三人とも適性がある。ただし、真の深淵アビスへ堕ちるなよ。拾いに行くのは面倒だ」

Kは眉を顰めてジズフを見遣る。

「面倒って言うか、助けようと思えば助けれるものなの?」

「無理」

是非も無し。

真の深淵に落ちるとは、始まりの闇に引き摺り込まれるという事。

根源の闇に帰しては、直前までの命の形に戻る事は出来ない。

「コワイなぁ」

まるで武者震いのように薄く笑みを浮かべて呟くK。

「止めておくか?」

答えを解りきっている顔でシールが問い掛ける。

「まさか。ねえ、aさん?」

振られたaも覚悟を決めて不敵に笑った。

「ああ。売られた喧嘩は買い取る主義でね」

「なら行くぞ」

顔をあげたシールに、翻る襟巻が無いのが少し残念だな、なんてKは思った。

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