黒の祠

aがゼクトゥーズの自室に戻ると、紫色をした長髪の、背の高い男が寝ていた。顔の一部が前髪で覆われている。

「あれ、貝空? 何でまた出て来てんの。しかも人のベッドで…」

貝空は上半身を起こすと、aに向けてだらしない笑顔を見せた。

暫らく呆気に取られていたa子だが、すぐに気持ち悪そうに眉を顰めた。

「おまえ、Kか。…その顔でその笑いすんなよ…」

「あひゃひゃひゃひゃ、解った? 貝空ならタクちゃん入ってるしKが喰われちゃう事もないかなって」

貝空の身体でKがケラケラと揺れる。

a子は半笑いが顔に張り付いている。

「それって貝空の身体に魂3つって事だけど大丈夫なのか?」

一応考えたんだけどねー、と一瞬明後日の方を見てから

「まあ貝空なら大丈夫かなって」

あはっとにこやかに笑う貝空の顔に一抹の寒さを感じながら、a子はそれ以上の追求を避けた。


「ああ、でね?…あ、ウチまだちっこいシール見てねぇな…じゃなくて、黒の祠行ってみないの?」

ああ黒の祠ね、と返しかけて慌てて引き戻す。

「待て、何で知ってんだ」

「へ?ああ、聞こえてた。祠は?」

「いや行きたいけど…」

「だよね。じゃあ明日話聞かせてね」

ヴぉん。

「あ。くそ…逃げたか」

言うだけ言って、Kは『穴』へと還っていった。


翌日。

三人はシールの部屋で話し合っていた。グールはまだ目覚めない。

「黒の祠ってどんな処なわけ?」

『貝空』が首を傾げてシールを見る。

その様にひどい違和感を感じるが、今は気にしている場合ではない。

「そうだな。俺も実際行った事はないが、『引き込まれる』というのはよく聞く」

「引き込まれる…」

「なんだか、自殺の名所みたいだね」

軽く笑いかけるKにaはそうだねと返して、シールの解説の続きを待つ。

「魔の巣窟に成り果ててるからな。連れていかれる奴も少なくないんだろ。精神力次第だろうが」

そう言って遠くを見るように髪を梳く。

見目小さいのでどうにもきまらない。

「この三人なら問題は無さそうじゃん?」

Kがaの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。

「やめろ」

抵抗するものの、aはこどもサイズでKは貝空サイズ。適う訳も無い。

そんな様を黙って見ていたシールが、うんざり気味に立ち上がる。

「行くぞ。カスカルダの森だ」


エンとシャリオの境の森、カスカルダ。

そのシャリオ寄りの小さな沼の辺に立つ、黒の祠。

石造りの本当に小さな建物で、人が入れるようなスペースは無さそうだ。

周辺には打ち捨てられた様々な『贄』の放つ死臭がしっかりと染み付いている。

「うっぎゃー、確かにヤバそう」

まさに穢れの廃棄場といった態で、側に立っているだけでかなり疲れる。


その時、森が揺らいだ。

ざわざわと警告を発する森。

三人は固まって周囲に気を配る。生き物の気配は無い。


――みゃうぉん…


ガサリと木々の隙間から見事な跳躍と着地を決めて漆黒の猫が現れた。

「自ラ来ルトハ愚カナ。諦メテソノ命捧ゲニ来タカ?」

「ブカフィ。貴様の契約者は何処に居った?」

黒猫は暫しシールを見つめ、嗤うように言った。

「クク…。何ヲ知ッタ、ケテル宰相?」

ひとりついて行けずに、Kはあたふたと三人に目を遣った。

「大昔の禁書を読んだ。捧げられた黒猫と罪と名付けられたこども。おまえたちが世界を恨む理由を」

黒猫はゆっくりと瞬きをして姿勢を直した。

「ソウカ。トウニ闇ニ葬ラレタモノダトバカリ思ッテイタガ。…シカシ、ソレガドウシタ」

「預言者ヴェルニーの言葉が載っていた」


ヴェルニー。

古来に生きたその預言者の言は、今までに一度も外れた事が無いという。

託宣の鬼神ファルドルの化身とまで言われた、最も有名な預言者である。


「…何ト?」

黒猫の読めない表情が確かに歪んだ。

今迄黙っていたaが身を引く。

それに合わせて黒猫が臨戦態勢をとった。


「『黒き渦より彼を解放せしは闇生まれる以前に生じ闇生ず時そこに無き神。秘された術を以って呪縛を解きその闇彼の地へ還さん』」

その長い引用を合図に、aは空を仰いでその名を呼んだ。


「ちょっと来な、ジズフ」

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