青と灰色

「このひっろい世界から黒猫一匹か人一人だけを見つけ出すって無理だね。消えたりするし」

「その辺りは心配無いだろ。おまえ狙われてるらしいし。それより実際攻めてこられた時を考えろよ。どうやら呪いを掛けられると向こうの術に嵌り易くなるようだからな」

Kとグールの様子を思い出す。

そうだった。

最初に貝空にも忠告は受けていたが、実際ふたりともすぐに呆っとなってしまうようだった。

「でも対策ったって…」

aはちらりとヴァイスに目をやった。

「2回も城内侵入を受けてるんですけどその辺は?」

そういうと、ヴァイスではなくシールの方が少しむっとして答えた。

「処構わず突然現れるのはおまえらくらいだと思ってたが、なんにせよあんなのに対応出来るか。レア中のレアだ」

「え、シールが怒るトコなの」

「宰相殿は城内の管理責任者だからな」

「あぁそういう…」

そこまで言ってaはシールと全く同時のタイミングで立ち上がった。

が、椅子に足を掛けていた為バランスが傾いた椅子ごと倒れる羽目になった。

ふたり揃って。

ヴァイスが呆れた顔をそちらへ向けたが、何も言わずにすぐに視線を戻した。

ふたりは思い思いの場所を擦りながらのっそりと立ち上がる。

互いに顔を見合わせると、どちらからとも無く呟いた。

「…来てる…」

直後、廊下を走る音が聞こえてひとりの兵士が飛び込んできた。

「申し上げます!陛下、第一師団長から伝令です。エンにて不可思議な現象発生、街の一部で――」

報告を全て聞く事無くaは部屋を飛び出していた。

シールはゆっくりとそれに倣う。

王は最後まで報告を聞いているようだったが、聞き流している可能性も高い。

シールが5歩進まない内に先を行った筈のaが引き返してきた。

真顔のままシールと目を合わせると、突然表情を崩して訊ねた。

「エンって何処」


エンはケテルの西側に位置する商業国である。

高級酒の生産地としても有名で、アルコール度数のかなり高い種類の酒を多く生産する。値、アルコール度数共に最高ランクの、魔力増幅作用があるというユシクォは特に有名である。

石畳の美しいなだらかな坂の国で、そこらかしこに金貸し屋がある。金融の国でもあるのだ。

その国のとある街に今、異様な光景が広がっていた。


人々は屋外に溢れ、皆一様に頭上を見上げている。

口をぽっかり開けたままの者、大声で叫び続けている者、呻き声を漏らしている者。

大きく目を開いて、しかし、何かを見ているという様子でもない。

口の端から涎を溢れさせ、虚ろな瞳で天を見上げ、言葉にもならない声を上げている。

突然頭を掻き毟ったり、自らの腕に爪を立てたりする者も居る。


――発狂。


街中の人間が、一斉に発狂した。

そうとしか見えない光景に、aは言葉を失くした。

「これも、魔物…の影響?」

「だろうな、こんな悪夢」

シールは忙しなく辺りを見回している。

前回のように魔物の姿がないか探しているのだろう。

こどもの身長ではどうにも見晴らしが良くないが、aも倣って探してみる。

恐らく、近くには居ない気がする。

ただどうしようもない恐怖だけは感じられて、Kの事を思い出した。

耳も尻尾も伏せていたK。

きっとあの時aには感じられなかったこの恐怖をKも感じていたのだろう。

服の裾をぎゅっと握った。

汗ばんだ手を拭いながら出来るだけ呼吸を正す。

大きく深呼吸して振り返るとシールも大量の冷汗をかいている様だった。

シールが汗かいてるのも珍しいな、なんて考えて少し気を紛らわせた。

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