青と灰色
「やっほーa子!グール殺しちゃったんだって?」
ギン!
a子に蛇睨みを喰らってKはお口にチャックした。
「…K…? 身体は取り戻せなかったのか」
「うん。でも身体無いと危ないって言うから借りてるの」
Kは今大きな朱い鳥の形をしている。
フェニックス君と呼ばれる召喚獣の身体を借りていた。
セフィロートで授かった『穴』は精神に使用権があるので身体が無くても使えるのだ。
aは今戻って来た処で、グールの身体を引き摺っていた。
此処はケテル城の第二駐翼場で、蒼龍に乗って戻って来たaの着地点であり、城に入れないKの居場所となっている。
Kはグールを嘴で突付いてみた。
「…a子?」
「何」
続いてグールの身体にその長い首筋を預ける。
「…a子…」
「だから何!」
Kは身体を起こしてaを見据えた。
「コレ、…生きてんじゃない?」
「……………え?」
「だから、これ…、多分 死んでない」
aのポケットの中には、粉々に砕けた石があった。
医務室に担ぎ込まれたグールは「奇跡的に生きている」状態だった。
軍用の医務室だったので傷に対する過剰な驚きも詳しい詮索も受けなかったが、医者曰く「この状態で息があるのは奇跡としか言えん」らしい。耳や尻尾には突っ込まれなかった。
「長年身に付けていた訳でも無いのに…テマーネの力か?」
砕けた石を前にシールはそう呟いた。勿論駐翼場の片隅でだ。
「シール、疲れてるね」
「まぁな」
「やっぱ怒られた?」
「ああ」
王と宰相の不在はしっかりバレて、参謀長官に二人揃って長時間のお叱りを受けた。
この歳になってこの身分で『叱られる』事があるとは思ってもみなかった。
これも貴重な体験だと思っておくことにした。
aは苦い顔で砕けた石を見つめている。
青かった半透明の石はすっかり不透明な灰色になっていた。
Kがそれに少し不快な顔をする。
「なんか最近、青と灰色ばっかり」
「確かにな。この石といいあの猫の球体といい、精霊殿といいー――…」
何かに気付き黙り込んだシールに気付かずに、Kが続けた。
「灰色になっちゃった青かったグールの首輪石。灰色の霧の中の青いゾウさん」
aだけが何の事だかよく判らずに苛々と首を傾げている。
「何言ってんのふたりとも。ゾウさんって何」
「ゾウさんはね、ウチが戻って来る手助けをしてくれたコ。灰色―――うわ。灰色だ。まあいいや、うんと、そう。灰色の、陶器っぽいまんまるゾウさんなんだよ」
「ペファン…」
「え、なに驚いてんのシール? っていうかペファンって何」
「はい、講義の時間かね」
セフィロートには十の元素があり、精霊はそれぞれどれかに属する。
闇、光、風、水、熱、雷、地、氷、時、磁の十種だ。
殆どの神が使う術は精霊の力を使うもので、鬼神が人に与える『力』とは『精霊を従わせる力』である。加護の内容に沿って特定の使い方しか出来ないものではあるが。
十種の精霊にはそれぞれに王がいる。
この『王』こそ『古代精霊』と呼ばれる古からの存在である。
神よりも長い時代存在してきた彼らは、本来思考すら薄弱で人格や意志など持ち合わせない筈の精霊であるのに、明確に意志を、時に薄っすらとした人格すら持っているという。
彼等は滅多に人前に現れず既にその存在は創話――忘れられた時代の話と化しているが、闇の精霊王は人前に出て来たという話が幾つか残っている。
闇の精霊王 ル-ファス。
彼は人間の世界の革変期に、人の姿をとって現れるという。
少年の姿で表わされる事が多い。
『母なる闇』『癒し』『安らぎ』と、心の拠り処として愛される闇の精霊だけあって、人に対して好意的な逸話が多いようだ。
彼の伴侶もしくは兄弟とされる光の精霊王ツェリーフェルナンスと人間の扱いを巡ってよく諍いを起こしていたと言われている。
しかし闇の精霊は『陰』や『魔』と同じ眷属である。
それらは人間から生まれた、心に巣食い人に害を及ぼすモノだ。
そして、精霊王には多くの臣下が居るという。
その臣下を聖獣と呼ぶ。
その中の、闇の聖獣のひとつが、象に似た姿のペファンである。
皆様々な容を持つが、同じ精霊王に仕える聖獣には幾つもの共通点が存在する。
同じ紋様が入っていたり、眼が三つ有ったり、光や陽炎を纏っていたり。
闇の聖獣の共通点は、その体色であるという。
ペファンを始めとして、皆その体の色は、灰色を下地にした深い青だという。
「なるほど。ゾウさんの名前はわかった」
実在しない筈の聖獣に助けられた当の本人はケロッとそんな感想を漏らした。
異邦人にはセフィロートの民の驚きは理解できなかった。
まぁ多分、新種の元素が見つかった…みたいな感覚なのかな、と
aは全く理解できなかったようで、つんつんと砕けた石を突いていた。
「これも不思議だよね。そもそもKがその辺で拾ってきた石だった筈なのに、いつのまにかグールの紋様入ってたし」
そう言ってaは自分の目の下、グールなら硬角紋がある位置を指す。
シールが怪訝な顔をする。
「拾って? そう言やその石、何処で調達してきたんだ。俺はそもそもセットだと思ってたぞ」
Kがへらへらと首を揺らす。
長い首を再び地に横たえて上目遣いにシールを見遣る。
「ううん。ただの革紐に落ちてた石付けただけだよ。金具付けてね」
aも今更ながらの疑問に気付いて首を傾げた。
「そう言えばあんな透明な青い石、その辺によく落ちてたね。しかもいい大きさ。あたし見た事ないよ」
「え? ああ。だってターミナル内部からだもん。不思議だと思って」
珍しくシールが驚いた声を上げた。
「ターミナルストーン!? …本当に落ちてたのかそれ…」
「うわなにその国際級犯罪者見る目。もう細かい事は覚えてないよ」
「「………」」
疑いの目で…いや、確信の眼だったが…Kを見た後、仕切り直すようにシールが納得した声を出した。
「まあしかし、ターミナルストーンを守護石にしていたなら、こんな奇跡もありかもな」
Kは適当に「そーね」と返してから、それよりも、と切り出した。
「助かったヤツのこたいいんだよ、あ、a子良かったね。それよりウチの身体!あ、a子も狙われてるらしいよ」
自分の身体が無いのは兎も角として、種類の違う身体は嫌らしい。
「使い難い~ッ」と叫びながら、Kは大きく翼をバサつかせた。
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