禍根
小さな丸い象の名は聖獣ペファン。
この世界に於いても実際には存在しないといわれる仮想の生物だ。
ペファンは『封じる』『繋ぐ』といった性質を司る『珠』の化身である。
珠は昔から封印と深い関わりがあり、故にペファンは球状で表される。
又、身分の高い者同士の贈答品としても良く用いられた物であるので、『仲を取り持つ』=『繋ぐ』とされたのだろう。
多くの闇の精霊殿を例に判断すると、此処は恐らく深淵の間と呼ばれる空間だ。
元は天井があり深い闇に包まれた部屋だったのだろう。
精霊殿の主が住まうとされた、その精霊の力が最大限に発揮出来る様に造られた部屋だ。
現在精霊のいなくなったこの闇の精霊殿に棲むのは影の国の魔。
魔は闇の精霊とは違うが極近しい気配を有する。
この精霊殿は魔を闇の精霊と勘違いをして活性化をしようとしている。
そしてこの深淵の間も、光が差し込んでしまったとはいえ嘗ての『場』を少しでも再生しようとしているのだろう。
今この精霊殿内で最も闇の力が高まっているのは、闇の中にあるが深淵の間の一部でもある、聖獣ペファンの刻まれたこの扉だ。
シルータはゆっくりと扉へ歩み寄る。
空で『K』が眉を顰めた。
そっとペファンへと手を伸ばし、指先が触れるかどうかの処で止める。
じっとペファンを見つめて呟く。
「…ここにいるのか…?」
苦い顔をしていた『K』は、無理矢理笑みを作って見せた。
「解ったからって、どうにもならないよ。ボクがこの力を手に入れて、世界は終わるんだ!」
「世界の終わりがおまえの望みか。その割には、随分遠回りをするじゃないか」
「なんだと…?」
シルータは全て無視してぺファンに集中している。
「世界の終わりを望むなら、全て差し置いて真っ先に狙うべき存在をおまえは放っておいてるじゃないか。最短コースは嫌いか?」
「なんだよ、それは」
「知らないんなら教えるわけないだろ」
ヴァイスの嘲笑を聞き流しながら、シルータは今自分が闇の中に立っていると錯覚する程集中していた。
遠く、闇の奥から灰色の霧が流れてくる。
その中で、何かが小さく光った。
必死に目を凝らす。
ほんのりと青い光を放つそれはただ時々瞬くだけで何か解らない。
もっとよく確かめたくて、無意識に一歩踏み出した。
ごつん。
「…何やってんだ? 従兄殿」
「………」
シルータは無言で額を押さえてしゃがみ込む。
扉に額を預けて、もう一度集中してみた。
此処にはやっぱり霧しかなくて、唯一存在する象は近付いているのではなく巨大化しているという事にKは気付けなかった。
行けども行けども近付けず、象は今やもう真っ青になっていた。
Kは近付こうとするのを止めて、暫らく困って立ち尽くしていた。
助けを求めるように、青い象へと手を伸ばす。
―――………シール…
瞬間、象は闇に落ちた。
――ぅえ!?? ちょ、ゾウさん!??
唯一の心の拠り処が消えて、Kの不安が一気に増す。
泣きそうになる。身体が無いので泣けないのだが。
暫く呆然としていると、再び象は現れた。
消える直前と大きさも色も変わらない。
―――???
Kは困惑して象を眺め続ける。
すると、段々象の色が薄らいできた。
――やっぱ、外の協力が必要そうなんだけどな
外していた意識を再度象へ向けると、象はまた真っ青になっていた。
――………
Kはなんとなくカラクリが解った気がして、象に向けて両手を伸ばした。
先程まで近付く事も出来なかった象を両掌で包み込む。
それはバスケットボール程の大きさで、Kに体が無いからか、それともそもそも持っていないのか、熱も重みも感じなかった。
Kは自分の考えを思い出して、本気で助けを求める事にした。
『 助けてくれるなら、シールだ 』
シルータは再び灰色の霧の中に居た。
じっと目を凝らすと、先程消えてしまった小さな光粒がまた見えた。
青い光は段々濃くなりながら大きくなっているようだった。
微かに光の先からKの気を感じた気がして、濃い青の奥へ意識を集める。
突然。
ざっと風が吹くように。
その深い青はシルータを包んでいた。
先刻までの灰色の世界は見当たらず、ただ深い青の中に居た。
青い光は濃くなりすぎて、光か闇か判らなくなっていた。
その深い青の中の更に深い一点に、シルータはそっと手を伸ばした。
Kが呼んでいる声が聞こえる。
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