来訪の黒猫

突然。

Kが意味をなさない悲鳴を上げた。

グールも上げたかも知れないが、声量的にもインパクト的にもKの方が大きくて聞こえなかった。

Kの突然の大声も珍しい事ではないので、aは軽く眉を顰めて振り返るだけだった。

が、その姿を見て固まった。


いつも通りのボサボサの橙頭におかしな寝癖が追加されている。

側頭部から立ち上がる髪。

まるで、猫耳をつけたような。

グールもおかしい。

その乳白色の髪の側部に一房ずつ。

まるで、長毛種犬の垂れ耳のような。

呆然と、aが複雑な心中そのままに呟く。


「あんたたち―…何やってたの?」


ぷみゃー、と本当に猫のような声を出して、Kはその足元を指差した。


見ると、金の鬣に緑の眼をした黒猫が澄まして座っていた。


―――にゃあ、と。言うかと思った。



次の瞬間やってきた耳鳴りのような不快な音に、思わず耳を塞ぐ。

「なに、っこれ…!?」

aは何とか隣に目をやる。

同じように苦し気に呻くシールが見える。それに


―やばい、グールとKの様子がおかしい…!


ふたりの様子に異常を感じたaは、黒猫を巻き込まないよう注意して『中』へ転移した。





どうやらKもグールも落ち着いたようで、新たに生えた『耳』を気にしてはいるが、さっきのような異様な雰囲気はなくなった。

此処は未だ『中』である。

K達が転移や召喚に使っている、いわゆる『異次元空間』の中だ。

今でこそ地もあり天もある落ち着いた空間だが、十年前は遠近法も通じない、長時間滞在すれば簡単に気が狂うような不安定な空間だった。

一度そこへ入れられたことがあるシールは、感慨深く辺りを見回している。


「しかし、あー、何さっきの!」

aが深呼吸をして吐き出す。

さっきからずっと髪を寝かせたり引っ張ったりしていたKは、ぴるるると髪を振るわせて誰にともなく呟いた。

「ねぇこれ、耳みたい」

うんそうだね、とaが返すと、

「そうじゃなくて。これ、似てるみたいじゃなくて、本当に耳」

ぴん、とまた髪が跳ねた。

「は?」

表情を険しくするaに、グールも不服そうに追従する。

「マジ。動かせるし、音聴こえるわ」

ぴろりと垂れ耳を持ち上げる。その下には、勿論元からの耳がある。

aとシールが頭を抱える横で、獣耳の生えた2匹は本日何度目かの言い争いを開始する。


「30過ぎの男にイヌミミ!う~わ~」

「お前なんか耳付いとっても頭普段と変わらんやんけ」

「うっさいな!ここまで跳んでないっつーの!あー~ッ、もう音聴こえすぎコレ!」

「はっ、他人の話聞いてへんおまえにゃ丁度ええんちゃう?これで下らん聞き間違いものぅなるやろ」

「話聞くとか聞き間違いは耳は関係ないんですぅ!ウチ耳はいいもん!」

「あー、なるほど。ほな頭が悪いんやな。そら納得や」

「きぃ~~っ、むかつくぅ!!」


あぁ、何が問題なんだっけ。

喧しいBGMに思考を奪われ、aはぐったりと項垂れた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る