束縛

頭の中で囁かれる声

その声はとても優しく

流れに身を任せてしまったら

楽になれるのではと錯覚させるような

身体に根をはるように

じわじわと

静かに

緩く緩く

呼吸を奪っているを気付かせぬよう

逃げられぬよう

締め付ける何か



怪物は囁いた



愛しているなら手を繋ぎましょう

愛しているなら言葉を紡ぎましょう

愛しているなら目を隠しましょう

愛しているなら甘やかしましょう


私から離れられないよう

どろどろに

底がない愛を渡しましょう


私から離れていこうと思わないよう

何もかも

あなたを誘惑するものから

私が引き離してあげましょう


怪物は私を覆い尽くすかのように

甘い言葉を囁いた


不安を見透かされた

私がこの世で一番守りたい人の

幸せを願う中

その隣に私が永遠に並ぶことがない

現実をどこか受け入れられない面が出てきた


あの人を繋ぎ止める術も

名誉も地位も何も

私には何もないというのに

美しさや愛らしさも

私には何もかもないというのに


たとえ

努力が報われなくても良かったはずなのに

一緒にいられなくとも

言葉を交わすことがなくとも

良かったはずだったのに


私は欲を出してしまった

私から生まれた欲で

怪物を産み出してしまった

私の言い様のない苦しさから

怪物を産み出してしまった


あの人が

あの人を

私のものに出来てしまえたら……

私をあなたのただ一人にしてもらえたら……


そこで我にかえった


浅ましいと思った

情けないと思った

何もしていないのに

あの人と想い合えているかのような錯覚をした

あの人の隣にいられた錯覚をした


いいえ

例え、例え、

あの人と恋仲であったとしても

行き過ぎた思いであった

重い、重い、

一方的な願いであり

一方的な恋だ


なんと、なんと

浅ましいのか、

なんて

愚かなのだろうか

どうして

あの人の気持ちを第一に考えないのか



想いを否定されるのを恐れ

拒絶されるのを恐れ

何もなかったことにされることを恐れ

ぶつかることを恐れ

現実を恐れた



宝箱に仕舞い込むように

大切にした恋

それはあまりにも

歪に育ってしまった

自由を奪うことは

相手を信用していないだけじゃなく

尊厳を、選択を、自我を

奪おうと、

そこまで考えなくても

それと同等のことだった


それがどんなに優しくとも

慈しみに溢れていても

いとおしく思っても

壊さないようにしても

私は

見えない檻に閉じ込めようと

少しでも考えてしまったようなものだった


変わらなきゃ、

変わらねばならない


私が抱く気持ちはもう

恋という美しいものではなくなってしまった


だからこそ

変わって、やり直さなければならない

間違いを犯す前に

取り返しがつかなくなる前に

あの人を守るために


私は変わらなきゃならない

想いは昇華できないだろう

一生残る傷になるだろう

恐れてはいけない

私もただ一人の人間なのだから

だから、だから…


すきです


告げようと思う

きっと泣いてしまうかもしれない

でも、

泣いて、傷付いても

あの人を縛り付けたいなんて

きっと思わない



縛られる苦しさを

自由を奪われる苦しみを

自由の素晴らしさを

私は知っているのだから


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