祓戸大神ー4ー
そして、次の日の夜。
唯さんにも説得を手伝ってもらいつつ――とはいえ、唯さんもどちらかといえば反対派なのだけれど――高橋さんをなんとか説き伏せて、僕に回そうと思って止めた仕事のリストを持って来て貰った。
平日の夜に呼び出したことを差し引いても、物凄く渋い顔をしているのが印象的だった。
高橋さんがあんまりにも露骨に不機嫌そうな顔をしているものだから、部屋に入ってもらった途端、唯さんがどこかおどおどしだしたし。
「オレも伝手を辿ってるんだし、日曜の医者も非常時の輸液の準備はしてるんだから、どうなるか分からないんなら、大人しくしておいて欲しいんだけどな」
苛立った溜息つきの台詞だったけど「すみません、手間をかけて」と、原因や対処を調べていることのお礼を言えば、悪びれ切れていない部分が顔を出す。
唯さんもそうだけど、高橋さんも面白いな。
クラスの人間を見る限り、もっと普通の人って他人に関心が無くて薄情なのだと思っていた。唯さんと一緒に住み始めてから見るようになったニュースでも、自殺者を出した学校でさえ、廃校にならずに普通に存続しているんだし。
運がよかったのかもしれない。十四歳の今の時点でこの二人に出会えたのは。
きっとこの縁は一生ものになる。そんな、予感がする。
「もっと真剣な顔をしろ」
透けて見える二人の心の内に、ついつい上機嫌でリストに目を通してすしまう僕。そこに高橋さんの拳骨が、軽くではあったけど降ってきた。
手加減された拳に、心配だから怒っている顔。
うん……。唯さんに対する感情とは別だけど、高橋さんのことも結構好きかも。
「きっと大丈夫ですよ。それに、しかめっ面をしていたら、かえって縁起が悪そうです」
軽口を返し、う、と、言葉を詰まらせた高橋さんをまじまじと見てから、一番報酬が高いものを選んで「これでお願いします」と、伝えた。
高橋さんには呆れた顔をされたけど、頬を少しだけ緩めて建前を口にした。
「中途半端だと、検証に時間が掛かりそうですし」
本音としては、今後の色々な――進学とか――の問題を鑑みて、安い仕事はいまいち気乗りしなかったからだ。うん、今回で終わりにする気なんてさらさら無いし。
……いや、でも、もしもの時には、治療費とかも掛かるはずなので、その保険の意味でも、なんだけど。
思いっ切りが良いのか悪いのかいまいちはっきりしないヤツだな、僕は。
「変わった男だよ、お前は」
心底そう思っている口調で高橋さんが告げる。
「そうですか?」
「ああ、唯が入れ込むのも良く分かる」
ぐしゃぐしゃと僕の髪を乱した高橋さんは、ふとなにか思い出す顔をして付け加えた。
「そして、唯と一緒になって少し変わったよな、お前」
ニッと優しい目で、口角を下げた高橋さん。
自分ではそこまで自覚するほどの変化は無かったので、首を傾げて見せると、どやっとした剛毅な笑顔が返ってきた。
「明るくなったし、表情が増えた。今の方が、良い男だ」
そう、なのかな?
まあ、昔と比べれば唯さんと一緒にいて色々なことを感じるようにはなったと思う。っていうか、ひとりで過ごしている分には感情を顔に表す必要がなかったし、そこと比べれば確実に。
多分、褒めているんだと思うその言葉にお礼を言おうとしたところ……。
「ありがとうござい――」
「ちょっと薫! 私の格に手を出さないでよ!」
僕がお礼を言おうとしたのを遮って、これまで僕の横で大人しくしていた――というか、最初の高橋さんの不機嫌そうな黒いオーラに気圧されていた――唯さんが、急に牙を剥いて高橋さんに食って掛かった。
けど、高橋さんは唯さんよりもちょっと大人だったらしく、言い返すことはせずに笑顔のまま逃げるようにして玄関から去って行ってしまった。
困ったのは、残された僕。
あのぐらいのリップサービスは全然普通だと思うけど、唯さんは僕の膝の上に座り、不満そうにぽつぽつ文句を口にしていて――。
三十分ほど機嫌が直らなかった。
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