力と代償ー1ー

 唯さんが奇声を上げる回数が減って、二人の生活にも慣れ始めたある日。

 夕飯は用意しなくて良いって言われていたので、大人しく唯さんの帰宅を待っていると、いつもは鳴らされる玄関のチャイムが鳴らずに、いきなり鍵を開ける音が聞こえて来た。

 もっとも、チャイムは鳴らなかったけど、足音のパターンで気付いていたから僕は廊下まで出ていたので、ドアを開け放った唯さんとばっちりと目が合ったけれど。

 唯さんは、まだいつもの帰宅の挨拶――というか、毎回なにか適当な理由をつけた、ただいまのハグだが――を交わしていないのに、今日はなぜかとびきり上機嫌だった。

「おかえりなさい」

「たっだいまぁ。いたるいたる! じゃーん! ケーキ!」

 白い箱を、掲げるようにして僕の目の前に突き出した唯さん。

 古い記憶を辿れば、五年ぐらい前にカブトムシを捕まえた男子が、教卓でこんなポーズをしていたような気がする。

 どう返すのが正しい反応なのか分からず、返す言葉を探すうちに微妙な間が開いてしまった。

「あれ? ケーキ、知らない?」

 気を悪くした様子はないけど、肩透かしされたとはっきりと顔と態度に出した唯さんが訊いてくる。

「知識としては知っています」

 ちょっと馬鹿にされたような気がしたけど、まあ、往々にして僕に常識が足りない自覚はあるので、そこは気にしないでおく。事実、ひとり暮らしの時にケーキなんて高い物買う気も起きなかったんだし。

 てか唯さんとしても、平日になんの意味も無くケーキを買ってくることは無いんじゃないだろうか?

「おいしいよ?」

「はい、そうらしいですね」

「じゃあ、どうしたの?」

 僕が反応が鈍いのをいぶかしみ始めたのか、少しだけテンションを普段の状態に戻した唯さん。

 僕は唯さんを注意深く観察してみる。

 朝は……普通だったけど、それはサプライズの演出だったと仮定すると……。

 ケーキを食べるイベントといえば、クリスマス以外では誕生日が定番じゃないだろうか? と、いうことは、もしかして――。

「唯さんの誕生日は、今日だったのですか? だとしたら、なにも用意が……」

「あ! 違う違う、そういうのじゃなくて……その、薫から」

 食い気味に言葉を被せてきて――でも、後半は少し言い難そうにしたものの、最後にきちんと送り主の名前を言った唯さん。

 ただ、久しぶりに訊いたその名前に、余計分からなくなった。

 高橋さんから?

 なにかのお祝いだろうか? それとも、幸せのおすそ分け? 例えば、高橋さんが誕生日、もしくは、高橋さんに……恋人が出来たとかかな?

 ふむ。

 考え込む僕を他所に、唯さんは服を着替えてくるというので、皿やケーキを切り分ける……パン用のナイフは無いので万能包丁等を準備してリビングで待つ。ちなみに、ケーキ以外にもピザとかフライドチキンなんかを買ってきているみたいだ。

 なんだか本当にお祝い事の雰囲気だ。

 んー、と、少し唸って考えてみるけど、やはり思い当たることはなにもなかった。僕自身と言う意味でも、今日までに聞いている唯さんに関する情報を総合的に判断しても。

 強いて言うなら、同居十日目というぐらいか?

 納得出来るほどの物でもないけど、一応の理由を思いついた時、寝室のドアが開いた。

 今日は灰色のタンクトップに、ふんわりとしたミニスカート? いや、ひらひらした裾の中にとても短い短パンが内蔵されているようだった。キュロットスカートっていうんだよ、と、唯さんは僕に説明した。

「パンツじゃなくて残念だった?」

 裾を指先で翻した唯さんに、からかうように訊かれたので、素直な疑問を返してみる。

「唯さんは、僕にパンツを見られたらどう感じますか?」

 返事は、返ってこなかった。

 赤い顔でそっぽ向いていることから推察するに、ちょっと不機嫌になったらしい。

 それならば、ということで逆の場合について訊いてみる。

「ちなみに、僕の下着姿を見たいですか?」

「え⁉ あ……」

 一瞬、すごく驚いた顔をした唯さんだったけど、カァッと一層顔を赤くして――俯き、くぐもった声で言い聞かせるような調子で言った。

「そういうことは、訊かないものなの。いい?」

「はい」

 僕が素直にうなずいたというのに、もう、と、若干不貞たような声を上げた唯さん。だけど、一拍間を置くだけで明るい顔になり、冷蔵庫から自分用の発泡酒と、僕用にコーラを持ってきてテーブルの上に乗せた。

「まず、私達二人きりの生活に、乾杯しよう。難しい話は、その後ね」

「十日目の記念ですね。ありがとうござます」

 お礼を言ってお辞儀をすると、唯さんも深々と僕に対してお辞儀を返してきた。

「いやいや、こちらこそ日々の潤いをありがとうございます」

 潤い?

 ああ、そういえば、今日はまだチャージされていなかったなと思い出し、ついでなのでそれとなく伺ってみる。

「チャージしますか?」

「……折角なので」

 唯さんは、嬉しそうにしながらも、どこか拗ねた調子で抱きついてきた。

 唯さんの耳に掛かった髪を流し、後頭部を包むように撫でる。

 唯さんに抱きしめられている時、僕が唯さんの髪を撫でたり、背中に手を添えると彼女が喜ぶことを、この数日で学習していた。


「危険が危ない」

 たっぷりの余韻の後で腕を解いた唯さんが、謎の言葉を呟いた。

「はい?」

 間違った日本語と、その意味するところの状態の両方を疑問に思ったけど、僕が質問をする前に唯さんは口を開き、うっとりとした調子で言った。

「ものすごく、はまってる、私」

 どうやら、独り言が始まったらしい。唯さんは、時々こうなる。こういう時は、合いの手や返事は不要なので、僕は黙って見守る。

「頑張れ自制心」

 小さく両手を握って――多分、自分自身に気合を入れたのかな? ――チャージが済んだ後のいつもの満足そうな顔で頷く唯さん。

 それから、コホンと、軽く咳払いをして唯さんは表情と話題を変えた。

「かーんぱい」

「乾杯」

 唯さんは発泡酒、僕はコーラの缶を開けて、縁と縁をぶつけた。

 一口飲む。

 唯さんは、お酒があまり強くない。唯さんが飲んだのも一口分だと思うけど、鼻の頭が少し赤くなり始めていた。

「ケーキ切り分けますか?」

「それは最後だよー。まずは適当に摘まんで」

 そう言いながら、唯さんはフライドチキンを両手でつかんで、かぷっと噛み付き、小さな歯形をつけた。

 ほらほら格も、と、促されピザを一切れ取って齧る。

 サラミとベーコンとスライスソーセージがたっぷり乗っているタイプで、油と塩気が素晴らしかった。

 和食も良いんだけど、やっぱりこうしたがっつりしたものも食べたくなってしまうよな。……身体には悪いのかもしれないけど。でも、美味いのでしょうがない。


 お互いににしばらく食事を進め、空腹が一段楽した頃、唯さんが二缶目の発泡酒を開けながら話し始めた。

「格は、この町の事をどれぐらい知ってるの?」

 少し考えてみるけど……いや、考えるまでも無く、町と言う単位で自分の住む地域を意識したことはなかった。

「住んでいた神社、小学校、中学校、商店街で利用する店、他はなにも知りません」

 不必要な場所へと出入する理由も必要性も無かったので、町全体の知識はかなり少ない。

 今は唯さんといるから、喋ったり触れ合ったりしているけど、ひとりの時は、ただ座ってなにも考えずにいることも……というか、それが忙しくない時間に行う僕の唯一の行動だったし。

 自発的に、未知に向かって行動するという発想自体がなかった。

 うん、と、期待通りといった顔で頷いた唯さんは――。

「驚かないで聞いてね」

 言葉のわりに、唯さんとしては僕に驚いて欲しそうだった。

「はい」

「この辺りって、そういうマニアには有名な、出る地域なの」

「出る?」

「幽霊とか、怪奇現象とか」

 もったいぶる必要性があったのかどうか判断出来ないけど、唯さんにとってはそれが意味のある行動だったのだと認識して、返事をする。

「理解しました」

 だけど、唯さんは、ほんとかなぁ、と、疑うような顔で僕を見て、実例を次々と語り始めた。

「駅向こうの山とかはUFOが週に数回は飛び回るし、その山自体も古墳とかいう噂があって、かと言えばこの近くにもヤバイ廃屋が数件あって、あとは有名な廃病院、呪いのトンネル……」

 指折り数える唯さん。

 ふむ。

 確かに、そこまで霊的な悪い話があるのなら、驚いて然るべきなのかもしれない。

「引っ越しますか?」

 ごく最近ここに転がり込んできた身で提案するのも変かもしれないけど、最も現実的な解決方法を尋ねてみる。

 人差し指を振って「のんのん」と、得意げな顔で否定した唯さんは「そういう話じゃなくて……。それに、幽霊の祟るルールに触れなければ、一応は安全なんだよ?」と、続けた。

 果たしてそれは安全と言えるのだろうか? なら、僕と出合う切っ掛けになったアレは一体なんだったのだろう? 偶発的な事故かなにかだったのかな?

 幾つかの疑問が頭の中を駆け巡ったけど、唯さんは尋ねるタイミングを与えてくれなかった。

「でも、ね? 薫は――役所の下請け? みたいなところに勤めてるんだけど。そういう問題のある場所を調査する仕事をしてて。ちょっと前に大きなトラブルがあったらしくて――そこで、格を思い出したみたい」

 ふむ。

 霊を鎮める依頼の前払い分ってことか。

 しかし、唯さんは僕のことをどんな風に高橋さんに言っているのだろう? ごく普通、とはいえないかもしれないけど、そういった超常の力とは無縁な男子中学生なんだけどな。多分。

「薫も格のこと、かっこよくてなんでも出来て唯が羨ましいって言ってるよ?」

「ありがとうございます。でも、そういうことではなくてですね」

 じゃあなに? と、首を傾げた唯さん。

「どうやって祓うんですか?」

 率直な疑問を口にする僕。

 唯さんと目が合う。

 …………。

 唯さんは、きょとんとした顔で長い時間止まっていた。

「ええとね? 薫が言うには、格って宮司さんじゃなくて陰陽師とかそういうのじゃないかなーって」

 明らかに僕に話せば後は大丈夫と思っていた顔だ。

 ついでに言うなら、きっと高橋さんにも大風呂敷を広げたんだと思う。これだけの物を奢らせたらしいので。

「いえ、高橋さんの言を信じるよりも僕に確認してください」

 予想以上に高く見積もられていることに、少々げんなりしながら僕は答えた。

「ダメなの?」

 そんなふうに、可愛らしく家主さまに訊かれてしまうとダメとはいえない。

 だけど――。

「分かりかねます。が、まあ、行くだけは行ってみます」

 それ以上のことは約束できなかった。

 唯さんの時と同じように、触っただけでなんとかなればいいけど、それで駄目なら僕に次の手は無い。

「よかったぁ」

 心底安心したように息を吐く唯さん。

 その表情をしばらく眺めてから、そもそもの切っ掛けについて僕は訊いてみた。

「そういえば、あの怪我ってなんだったのでしょうね」

 怪我? と、不思議そうな顔をされたので「最初に会った日の、脇腹の」と、付け加える。

 短くは無い間があった。

「ああ――! はいはい。……ううん。そうか、それもあったか」

 思い出したという声の調子で……というか、完全に今まで忘れていた調子の声だ。

「はい?」

 疑問の声を上げても、唯さんは懐かしそうに遠い目をしていた。

「……格を捕まえたら、それで全部解決したつもりになってたなぁ。てか、私はてっきり、あの日は、格を口説きに行ったものだと……」

 あの日は、この世の終わりのような顔だったと思うのだけど、今は危機意識が皆無のようだ。

 なんだっけ、これ。……ああ、喉元過ぎれば熱さを忘れる、だな。

 いや、でも、たった十日前後なんだし、喉元を過ぎる前なんじゃないだろうか? 変な例えかもしれないけど、治療後の経過観察とかで。

 まあ、もう一回アレが出てきたとして、僕が触れば治るなら気にするほどでもないのか。

 と言うか、僕に触れることでそういうのが抑えられるのなら、毎日長時間引っ付いている唯さんには、もう一生ああいうものは取り憑けないんじゃないだろうか? もしくは、唯さんも祓えるようになっているとか。

「今はなんともないんですか?」

「うん。健康そのものー」

 声は、暢気そのものだった。

 確認するまでも無いかな。

「格は、なんていうか、そういう力に覚醒したー! とか、そういう体育系のノリにはならないの?」

 銜え箸の唯さんが、不思議そうな目をして頭を左右に振っている。酔っているな、これは。

 きっと、明日覚えていないと思うけど、正直に僕は答える。

「正直、自分がなにかしたという認識はないんですよね」

「なんか変なの」

 変? ううむ。

 いや、そういう原因のなにか――古典的には大体全部が鬼と表現されていたので、仮に鬼というとして――、それと格闘したりして死力の果てに勝利した、とかなら、もっとなにか自覚があるのかもしれないけど……。

 客観的事実に基づいて説明するなら、女性の脇腹を触っただけだしなぁ。状況次第では、ただの変態になってしまう。

「男子って、そういう不思議な力を自覚したら、俺より強いヤツと戦うために! とかいう理由で、旅に出そうなのに」

 唯さんは時々変なことを言う。なんのアニメの影響なんだろうか?

「僕のキャラじゃないですね」

 理不尽な理由で攻撃をされて大人しくやられる気はないけど、必要最低限の自衛の技術があるなら、わざわざトラブルに向かって突っ込んでいく気は無い。

 あっさりと僕が流したのが不満なのか、ちょっと絡む顔で――っと、少し飲ませ過ぎかな? 唯さんが三缶目を開けるようなら止めよう――テーブルの上に身を投げ出し、僕の頬に手を添えた唯さん。

 左側は、ちょっと抓られている。

「つまんないにゃー」

 ふと、旅に出て欲しそうな唯さんの言葉と裏腹に、日常的には近くにいないと不安がる行動に矛盾を感じ、訊いてみた。

「僕が旅に出ても唯さんはいいんですか?」

 ぽけっとした顔で一拍の間が開いた後、唯さんは至極真面目な顔で呟いた。

「いくないです」

「それなら、ここにいさせてください」

「いえっさー」

 茶目っ気たっぷりに敬礼した唯さんは、いつの間にか三缶目に手を掛けようとしていたので、それを取り上げてケーキを切り分ける。

「ぶー」

 不満そうな声を上げる唯さん。

「酔いつぶれたらお風呂は入れなくなりますよ」

「いいもん」

「汗臭くなっても知りませんよ?」

「ならないもん」

「確認しますか?」

 鼻を少し近付けると、掌で額を押し戻された。

「ヤ!」

 言葉でじゃれながら、ケーキを差し出し、飲むタイミングを失くす。まったく、どうして程々で止められないのか。週に二度ほどなのでいいけど、お酒という物にも困ったものだ。

 もっとも、単純な唯さんはケーキですっかり誤魔化されてくれる良い子なので、あまり文句は無いけどさ。


 そして、ケーキを食べ終えた後は順番に入浴して、揃って寝室へと向かった――。


 唯さんの宣言通り六月末日から僕達は再び同じ寝室で寝ている。ちなみに、布団は別だ。寝室は和室だけど、唯さんはベッドを使っていて、僕は普通に畳の上に布団を敷いている。

 普段は豆球になった後は、特に会話も無く、お互いに――とはいっても、唯さんが起きていて僕が気付いていなかった可能性はあるけど――すぐに寝入っていた。

 だけど、今日は……。

「いたる、起きてる?」

 薄明かりの中、唯さんの声がやけに大きく響いた。

 僕は、横になって目を閉じるとすぐにあの夢に迎えられる。起きていたい時は、意識的に集中していないといけない。

 ただ、今は身体を横にしてすぐだったので、まだ夢に落ちてはいなかった。

「はい」

 返事をすると、もぞもぞと、ベッドの上で身動ぎする音が聞こえてきて――。

「え?」

 次の瞬間、僕のタオルケットの中に唯さんが潜り込んできた。

 すぐ間近にある、自分じゃない人の体温。

 少し緊張してしまう。

 同衾はダメと初日に言ってたのに、どうして急に今になって心変わりしたんだろう?

 戸惑う僕を他所に、唯さんは更にくっついてきて――僕は仰向けで寝ているけど、唯さんは横向きで寝るのか、僕の右腕を抱き抱えるようにして掴んでいる。

「きょ、きょうだけ、そ、そそ、その、とくべつ」

 声がちょっと震えていた。

 話の成り行きを見守っていると、ぎゅっと目を瞑った後、ぽそりと呟いた。

「なんか、こわくなってきたの」

 怖く?

 ああ、夕食の時のこの町がオカルトマニア向けの怪奇現象多発地帯で、しかも、自分自身が一度呪いのような変な傷を受けたのを思い出したのか。

 随分と今更なきもしたけど、酔いが冷めてきて、暗くなった部屋に改めて恐怖を感じたのかもしれない。

「い、いたるの手を握っててあげるね? トイレ行く時は起こすから、起きてね?」

 手を握るというよりも、腕を抱きしめるが正しい表現だと思う。

 まあ、どっちでも僕は構わないけど。

「はい」

 とはいえ、呼ばれて起きれるかは少し不安だったけど、怖がっている唯さんを余計に不安にさせてもしょうがないのでそれは言わないでおく。

「変なことはしちゃダメだよ?」

「変なこと?」

 訊き返すと、ああ、格はそうか、と、ちょっと呆れたような声の唯さん。

 意味が分からずに、顔を横に向けて唯さんの顔を見ると、最初の日にたくさんキスをしたのと同じ間合いに唯さんの顔があった。

 微かに吐息を感じる。

 目が慣れてくると、流石に左目の下の三つの色の薄い黒子までは分からなかったけど、さらりと下に向かって流れている前髪や、睫、唇まではっきりと認識することが出来た。

 やっぱり、可愛いな。

 そんなことを考えていた時、唯さんから返事が返ってきた。

「私に、その、いつもより凄いことされそうになったら、ちょっとだけ、怒ってよ?」

 難しい要求が来た。

 凄いこと、と、言われても……それは一体なんだ?

「すみません。具体的に指示していただけないと」

「ぐ! 具体的って!」

 不意に上げられた大声に、僕の方も驚いた。

 だけど唯さんは、そんな僕の様子などお構い無しに喚き立てて――。

「うわーん! ばーかー! いたるのせいで、絶対今日寝れないじゃんかー!」

 ぽかぽかと軽くふざけるように僕の胸を唯さんが叩いた。

 全く痛くは無いんだけど……どうしようかな? と、少し対処に悩んでいると、思いっきり不満そうな顔をした唯さんが、弟にでも言い聞かせるような調子で命令してきた。

「もう、いたるはねちゃいなさい」

「はい」

 目を瞑って、力を抜く。

 瞼の裏の闇に霞が掛かり、すぐに僕はあの夢に――。


 どこか遠くから、本当にすぐに寝ないでよー、バカー! という絶叫が聞こえた気がした。

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