同衾計画? ー6ー

 数分後。

 暴れ疲れたのか、風船が萎むように再びくたっとなった唯さん。

「……ネグレスト」

 萎れている唯さんから、また意味の分からない言葉が出た。英語だろうか?

「はい?」

「育児放棄の環境に居たんだよね、格は」

「他の方がどういう環境にいるのか分かりかねますけど、多分、そういうことだと思います」

「そうだよね。ひとりっきりでいたら、心も動かないかぁ……」

 椅子の上で膝を引き寄せ、体育座りした唯さんが、しょげたように呟く。

「ねえ、格。私ね……その……、ね? 格に一目惚れしてるの。多分……いや、間違いなく」

 独白を始めた唯さんを、黙って見守る。

「だから、一緒にいたいの」

 分かる? と問うような視線を向けられ、好きだから一緒にいたいという因果関係を理解したので頷いた。

「はい」

 うんうん、と、頷き返した唯さんは僕の目の前に人差し指を突き出して真面目な顔で続けた。

「でも、格が私のことを大好きになるまで、してはいけないことが沢山あるのです」

 ああ、あと、格が十八歳になるまで――とも、途中まで言い掛けて、そっちは慌てて手で口を押さえた。

 うん?

 唯さんは僕の追及を許さずに、失言を糊塗するかのように言葉をたくさん重ねてきた。

「受身でばっかりいちゃダメなんだからね。私にすごいことされちゃうんだからね! だから、キス、とかは、その、格が私のことを好きになってくれるまで、もうしないし、しちゃダメなんだからね……誤解しちゃう」

「はい」

 僕は素直に頷いたのに――それに対する唯さんの反応は、どこか辛そうだった。


 そこから更に二時間が過ぎて――。

 すぐ隣り合っているのに、どこか最初に会った時よりも遠く感じるような距離で布団に入った僕達。

 先に寝てしまったのか、寝ているふりをしているのかは分からないけど、唯さんは部屋を豆球にするとすぐに目を閉じて動かなくなった。

 布団の中での姿勢の調整や、寝返りをする素振りもない。

 不思議なものだよな、と、思う。

 嫌われるとするなら、もっと別の理由を想像していた。それは、生活環境の違いであったり、考え方の違いであったり、苦手とする感情表現であったり、そういうモノ。

 でも、彼女はこれまでに会った人と違い、それらをあまり気にしないで、でも、年齢だけを気にした。

 僕が十四歳だと知っただけで、彼女は僕に対する態度を大きく変えた。

 それは――。

 少し悲しいことなのかもしれない、そう、心が動いて、……でも、そんな風に自然と動いてしまう感情というものに、自分自身で戸惑ってもしまっていた。

 なにかを想うということ、唯さんを切っ掛けに自分の中でそれが出来るようにもなってきている。

 少し困るな、と、思った。

 唯さんが、明日も困った顔を多くするようなら、今度の週末に高橋さんにお願いしてまたあの場所へ戻るべきだと考えていたから。

 唯さんの横顔をもう一度だけ見つめ、僕も目を瞑り身体の力を抜いた――。


 眠りに落ちると、必ず夢を見る。

 子供の頃から、ずっと。

 その夢の中で僕は真っ白な折り紙で織ったような、四メートルほどの紙の船の上にいる。空は曇りで、辺りには霧が出ていた。左右を見れば二十メートルほどの川の中央にこの船は浮いているようだった。岸の近くには、背の高い葦も生えている。

 船尾には、女の人が一人立っている。

 高貴な笠を被り、純白の古風な旅装束に身を包んだ女の人。よく見れば、川底を突いて進むための細くて非常に長い棹を手にしている。

瀬織津比売せおりつひめ

 この御方の名を、あの白昼夢を見たせいなのか、僕は忘れていない。

 昨日までの夢にはなかった展開だ。


 風が出始めているようだった。

 霧が晴れるのかもしれない。

 その風には、微かに海の香りがした。

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