同衾計画? ー2ー
「うぃーっす」
車を持っている唯さんの友達という人は女の人で、でも、彼女と唯さんは全く似ていなかった。ふんわりしていて、こじんまりとしていて、幼く見える唯さんと違って、彼女は背が高く、筋肉質で、強そうだ。ベリーショートの髪と鋭い目付きが凛々しい。服装はどちらかといえば僕に近く、黒っぽいデニムのパンツに白いシャツ、灰色のノースリーブのジャケットを合わせていた。
「来栖 格と申します。この度は、どうぞよろしくおねがいします」
腰を折って深々と頭を下げると、どこか気だるげな調子で歩いていた彼女は、一瞬ギョッとした顔になって立ち止まり、なぜか困ったような顔をした。
「お、おう、よろしく」
挨拶に、どこか戸惑いがある。
その理由を唯さんに訊いてみようかと思った時、彼女は僕の横に立っている唯さんの手を引いて――僕から少し離れて、こそこそと内緒話を二人で始めてしまった。
「お前、すごいの捕まえたな。お前を嫌いそうなタイプの筆頭みたいな雰囲気だ。……色仕掛けか?」
元々の声が大きいのかな?
唯さんに耳打ちしているはずなのに、僕にもはっきりと聞こえてくる。
いや、むしろ聞かせたいのか?
「違うもん」
と、頬を膨らませてから、ハッとしたように目を大きく開けた唯さんは、急にテンションが上がった顔になり、彼女の肩をバシバシと叩いて、全く秘密にする気がない声で言った。
「それより、凄いの! あれ、治った」
「生理痛? お前、重かったもんな。この神社ってそういうご利益だったのか」
どうやら、内緒話は最初の一言分だけだったらしい。
今度は、唯さんの友達もごく普通の声量で、斜に構え、興味無さそうに言い放った。
ダンダンダン、と、三度地団太を踏んだ唯さんが、一言一言区切って叫んでいる。
「あの! 変な! 呪い!」
ん? と、分かっていない顔を唯さんの友達がしたのは一瞬。
マジで? と聞き返した後には、唯さんの返事を待たずに自分自身の視覚で確認しようとしたのか、僕の前でもあるにも拘らず、彼女は躊躇無く唯さんの服を捲し上げた。
ほっそりとしたお腹がまた見えた。
柔らかそうな白い肌。
微かに肋骨の輪郭が見えた時――、シャッと幕が降ろされるように、ブラウスが唯さんの手で下げられていた。
僕の視線に気付いていたのか、唯さんはほんのりと赤い顔で僕に咎める視線を送っていた。
なんて言おう? とか、僕が悩む間も無く大音量が静かな森に木霊した。
「マジだ! すげえ! 生き神様だ」
それは違うと思う。さっき唯さんに鼓動を確認してもらったし、正直、どういう経緯で治せたのかも分かっていないし。
へー、とか、ほー、とか、変わった声を出しながら……唯さんの友達は少し遠くから、だけど、遠慮の無い視線で僕を見ている。好奇心を全く隠そうともしない不躾な視線だ。
慣れているから気にしないけど、普通は失礼に当たるんじゃないだろうか。
僕が小首を傾げるのを待っていたかのように彼女は視線を変え、唯さんに向き直ってい底意地の悪そうな顔でしな垂れかかった。
「はーん、それで……。情で絆したのか」
うっ、と、唯さんは言葉を詰まらせ――。
その様子を満足そうに眺めてから、唯さんの友達は僕の方へ向き直って近付き、玩具の兵隊みたいに膝を曲げずに最後の三歩のステップを踏み、腰を折って笑いかけてきた。
「あ、どもども、すみませんねぇ、会話おいてっちゃって。コレの友達の高橋 薫です。いご、おみしりおきをー」
唯さんを真似たのか、語尾が伸びている。
しかし、彼女――高橋さんには、その喋り方は似合っていないと思った。
僕自身はさっき自己紹介していたので、改めて名乗らずに、どうぞよろしくとお辞儀をするだけにとどめた。
「この子、ポケポケしてるけど、悪いヤツじゃないから」
あはははは、と、大声で笑いながら唯さんを指差す高橋さん。高橋さんは、唯さんと違って歯をはっきりと見せて笑うみたいだ。
こんな風に、陽気に声を掛けられたことが無かったので少し戸惑っていると、ちょうど良いタイミングで唯さんが割り込んでくる。
「ちょっと、薫⁉ 私の方が格と長いんだからね? いらない説明しないでよ!」
……数時間の出会いの差は、長いと言うのだろうか?
だけど、小首を傾げることは出来なかった。高橋さんに怒っているように装いながらも、唯さんが僕を目で制していたから。
ふむ。
唯さんは、意外と鋭いと覚えておこう。
もっとも、僕よりも唯さんと付き合いの長い高橋さんは、全てお見通しと言った調子で言い返している。
「つっても、少しの差だろ? オレ、恋愛相談受けてないし」
なるほど、唯さんと高橋さんは、凄く仲が良いらしい。
なんでも相談できる間柄という物なのだと認識する。
不満そうに膨れている唯さんを他所に、高橋さんは唯さんへの興味をなくしたようで、僕の荷物へと視線を向け――本当に歯に衣着せぬ意見を率直に叫んでいた。
「う、わー! 荷物少ねー。こりゃ楽だ」
三人で……というよりは、唯さんが非力だったので、僕と高橋さんでダンボールを運んでいると、唯さんが僕のすぐ隣に並んで、高橋さんに聞こえないように耳打ちしてきた。
「薫、あれでも固いことあるから、会ったばかりで――ってのは、秘密、だよ?」
薫さんに聞こえないように注意しながら耳打ちしてきた唯さん。
仲が悪いわけではないんだと思うけど――というか、仲が良い二人なんだろうけど、それでも色々な力関係みたいなものがあるようだ。
最初の様子を見ただけだと、高橋さんの方が全般的に勝ち越しているような印象だったけど、どうやらそうでもないらしいな。
微かに顎を引いて、了解を伝える。
ん、と、鼻を鳴らした唯さんが、ちゅ、と、軽く頬にキスしてから離れた。唯さんが向かった先を視線で追えば――、高橋さんが僕等を見ていて……。多分、さっきの頬へのキスもバッチリ見ていたのだろう。苦笑いを僕に向けていた。
ふむ。
女同士の友情って、複雑なものらしい。
「おーい、それで最後の荷物だぞー! 早く積んじゃえよ」
促され、僕は主に食料品をつめた最後の箱を抱え上げ、車の後方へと小走りで向かった。
荷物を積み終え、唯さんに手を引かれるままに後部座席に座る。運転手は高橋さんで、その後ろに唯さん、その左に僕というのが席順だ。
ミニバンというのは結構広い車みたいだ。
僕と唯さんの後ろの荷物を入れるスペースに、まだかなりの余裕がある。
「そういやーよー」
車のエンジンを掛けながらバックミラーで僕達を見た高橋さんは、おもむろに話し掛けてきた。
「ん~?」
鼻で返事する唯さん。
気が漫ろなのは、今この瞬間も僕の指を弄っているからだ。手を繋いだかと思えば、指相撲? みたいに、親指で僕の親指を押さえ込んだり、中指と人差し指だけを握ったりと、割と忙しなく指先が動いている。
どう返せばいいか分からないので、僕の方は今の所されるがまま。
「お前、部屋掃除したの?」
唯さんは、訊かれる前の顔のまま固まっていた。手も硬直している。
僕は呼ばれたわけではないので黙っていた。
…………。
たっぷりの間があって――油の切れたブリキ人形みたいな調子で僕の方に首を回してきた唯さん。
「い、いたる? あの、ね? 私の家の近くに……そう、近所に商店街があるから、ちょっと見てきてていいよ?」
多少演技的な動作で、事前に用意した文章を読んでいる調子で言った後、作った表情を僕に向けている。
商店街というと――僕の住んでいる場所からは遠いけど、買い物に良く使うので知らないわけではない。少しの日用品と、八百屋のお勤め品、肉屋の特売、スーパーの半額シールの記憶が大半だけど。
見てきていいよということは、時間を潰せという命令で……夕飯の材料を買って来いということなのだろうか?
現在時刻は――、車の時計は三時半をさしている。
ふむ。
確かに、僕だけが生活するには問題ない食材を持参しているけど、唯さんの買い置きがどれくらいかは知らないし、二人で生活を始めるなら、お祝い兼お礼の気持ちとして、生鮮食品を使ったしっかりとした料理を出した方が良いかな、と、判断した。
「そういえば、家事の取り決めとかしてませんでしたけど、僕が料理で良いんですか?」
僕の切り返しに、あれ? という様子でちょっと不思議そうな顔をした唯さんだったけど、すぐに慌てた調子で取り繕った。
「う、うん、うん、そう。お願いできたらなーって。格、学生さんなんだし、そうしてくれたら、私は助かるなーって。食費、私もちでいいしさ」
運転席の方から、あー、やっぱ年下捕まえたのか、とか聞こえてきたけど、僕に向けて言ってないみたいだったし、唯さんは完全に無視したので、高橋さんの声は流れてしまった。
「いえ、家計簿つけますので、月末に折半しましょう」
「あ……うん、ありがとう。家賃とか光熱費は私が出すからね」
「でも――」
電気も水道も、二倍とは行かないまでもかなり増えるはずなので、あまり簡単には同意出来なかった。
「い、い、の! そこは甘えるのー!」
煮え切れない僕を叱るように……でも、どこか子供っぽく叫んだ唯さん。
助かります、と、小さくお辞儀して笑みを向ける。
「ちなみに、唯さんの家にある食材は?」
買い物のリストから除外する物を覚えておくために唯さんに尋ねてみると、答えは運転席の方から返って来た。
「パスタの乾麺、レトルトパスタソース……たまにヨーグルト、時々朝食用のパンだろ?」
さっき無視されたのを根に持っているようで、高橋さんがニヤニヤしながらバックミラー越しに僕達を見ている。
唯さんは半目でふくれているけど、反論していないので事実と受け止めることにする。
……明日からの一週間に必要な――買い足す必要のあるものは、かなり増えた。
「ううぅ。薫のせいで、料理音痴だと思われたー」
恨み言を呟く唯さんだったけど、高橋さんから、事実だろ、と、言われると、チラッと僕を見た後で、しゅんと肩を落とした。
唯さんは、料理は苦手らしい。
「夕飯とか、明日からの食材、見繕っておきますね」
「か、重ね重ねかたじけありませぬ」
車が商店街のアーチの近くに止まったのは、それからすぐのことだった。
「あ! 格、スマホは?」
シートベルトを外すと同時に尋ねられた。
「持っていません」
「「え?」」
唯さんと高橋さんの声が重なった。
まあ、クラスで持っていないのは、僕以外には家が厳格な数名だけなので――とはいえ、校則上は携帯電話の所持は禁止なのだが――、驚かれても仕方ないか。
金銭的な事情を正直に話すべきかどうか悩んでいる隙に、高橋さんが「すまん、神社だもんな」と、因果関係が不明な理由付けをしてしまった。
まあ、唯さんは僕があの神社に住んでいるだけだと知っているけど……。
「連絡、どうしよっか?」
掘り下げる必要が無いと言う意思表示なのか、唯さんも終わった話題を持ち出すことはしなかった。とはいえ、僕に出せる解決案なんて無いんだけど。
口を噤んだままでいると、ちょっと気まずそうに――もしかして照れくさいのかもしれないけど、唯さん程には彼女をまだ僕は読めずにいる――頭をかきながら高橋さんが提案してくれた。
「掃除終わったら、オレが商店街車で通る時に声掛けたるよ! どこにいんだ?」
「それじゃあ、買い物の後、本屋で立ち読みでもしてます」
荷物を入れた箱の中から、大き目のショルダーバックを取り出して、小脇に抱えて車から降りる。
ドアを閉める間際――。
「ツッコミもいれずに……。くぅっ、唯にはもったいないぐらいの出来た旦那だよ」
演技過剰気味に高橋さんが涙を拭う仕草をして、唯さんは運転席の背凭れにパンチして抗議していた。
「薫! よそ見して事故らないでよね」
ドアを閉めると、代わりに窓が開けられたので、子犬がするように顔を出した唯さんに小さく手を振った。
「それじゃあ、またすぐ後に」
「うん」
可愛らしく頷いた唯さん。
でも、それに被せるように「すぐで済みゃあな」と、謎の言葉を半笑いで残し、高橋さんは車を発進させた――。
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