第10話 欲望が見せた夢
サブタイトル: 欲望が見せた夢
「して、これは何を意味するものなのでしょうか」
公爵は老医師に丁寧に訊ねる。本来ここまで
ましてや相手は陛下の主治医。本来であれば診てもらう事も出来ない相手だ。場所も自身の執務室だし、飽くまでも対外的には相談として席を設けている。
「ふむ……」
公爵の話を聞いていた彼は、途中から自身の記憶を確かめるように頷き、口を開いた。
「実は最近、夢について書物を紐解いていた所でして、閣下の夢についても文献に記されておりました」
「何というタイミング。貴方に相談してよかった!では、解決法も明らかなのですな
!?」
「いえ……そこまで書物は万能ではありませんぞ。ましてや“自身が馬となって去勢される夢、そのような症例なぞ稀でございます」
「なんと……」
公爵の相談とは、同じ内容で繰り返される“夢”であった。
「稀とは申しましたが、実は既に閣下と同じく夢について相談を受けておりまして、どうやらその方と閣下の症例は大変
「ふむ……それで?」
「繰り返される夢。その書物によると、それは“無意識にある本心”もしくは“無意識のうちに感じ取った警告”と記述されております。しかし思春期の子供が特定の異性の夢を見続け、恋愛感情に結び付ける事例もありますので、鵜呑みには出来ませんが」
夢見がちな思春期の話に、公爵の目つきが
「この場合のキーワードは“男性器”そして“去勢”です。正確には睾丸ですが、言い換えれば精力でしょう。精力はある意味男性の力の象徴です。それを切除する夢となると解釈は様々ですが、悍馬に去勢手術を施すのは、気性を大人しくさせる為です。
つまり、導き出される言葉は“力”です」
「力……」
公爵は同じ言葉を呟く。
「何かしらの力を欲しては居りませぬか?その力を得ることによって、利益と不利益───この場合は危険と言い換えることも出来ましょう、それらがとても大きいものという事はありませぬか?……安易に断定出来ませぬが、閣下の内なる心がその力に対して警告を発しているのかもしれませぬ」
老医師の言葉に心当たりがあったのか、不安な表情は消え、何かを吟味するように考え始める公爵。
老医師はそれを遮らずじっと見守っていると、考えがまとまったのか漸く口を開く。
「大変参考になった。礼を言う」
「それはようございました。何かありましたら遠慮なくご相談下され」
彼は本来の相談者もこうであればと気鬱であったが、公爵に対してはニコリと微笑んだ。
公爵と侯爵への工作は上々に終わった。今後も監視は必要だが、当面は大丈夫だろう。
いつもの手法で数回、さも馬となって去勢手術を受けた彼らの思考を、上手く誘導することが出来た。
その際になんでも、何をされたか分かる様に、除去した部位を例の人形に見せつけたそうだ。女の私にはわからないが、男には得も言われぬ感覚をもよおすらしい。
彼らの様に目障りな相手だからと言って、力で脅してくる事は如何なものかと思う。しかも行使した当事者はバレていないつもりなのだ。
それに対して私までが同じ事をしていたら、この王都は血生臭くなってしまうし、なにより胎教に悪い。
今や私の生活場所は王宮となり、正妃待遇で身の回りの世話をされている。
だからと言って生活は華やかなものではなく、普通に出仕し普通に仕事の書類は回って来る。それに手が空いた時の暇つぶしに、魔法や魔術の資料にも目を通している。
一般的な
だが私の生活は、部下からの報告に対して指示を出したり、練兵場まで出歩いて訓練の様子を視察しに行っている。
今や携帯している黒魔杖も武器としてではなく、杖の本来の使用目的であろう歩行の補助として役立っている。(荒々しい場所に同行させられているメイドたちには申し訳ないが)
そして大きくなったお腹を抱えつつ、供のものを連れてやってきたのは練兵場だ。
練兵場を見ると魔導士達が攻撃魔法の多重展開をしている。
構えた杖の先には火弾が数発渦巻き、合図と共に的へ目掛けて発射されている。
……なんとも、弾数を増やそうとするばかりに、威力がおざなりになっている様子が目に入る。
「止めて頂戴」
「やめーっ!注目!」
上官の掛け声に、魔導士達が直立不動で待機する。
「手数を増やして面制圧という考え方も正しいけれど、一定の威力を満たしていないと数を増やしても無意味ですよ」
身重の身体ではあるが、的へ向けて黒魔杖を構える。
「まずは三発。しっかりと発動させなさい」
杖から発射された三発の氷槍は、狙い違わず的の中心を貫いた。
その威力は、火弾のせいで暑くなっていた周囲の温度を下げ、練兵場は温度差でうっすらと靄がかかる。
「くちゅん」
後ろでメイドが可愛らしいくしゃみを一つ。
「いけないわね、身体を冷やしては」
私は再び黒魔杖を構えて地面を一突き。練兵場を暖気させると靄も霧散する。
「では続けて励みなさい」
彼らの表情は、真剣ながらも引き攣って見えた。
今ではすっかり大きくなったお腹。
素早く動けなくなるという事は、身を守らねばならない時、大きなハンデがあるという事。
普段なら楽々取り廻せる黒魔杖も、そうはいかない。臨月のお腹はそれだけで動きを阻害する。
代替品と考えたのは指輪である。そこで手持ちの宝石を使って指輪を作らせた。
黒魔杖にも使われている、慣れ親しんだオニキスを一粒。常に身に付けるので子供を傷つけぬように、指輪は滑らかに丸みを持たせた。
本当は内側にもルーンを刻んで攻撃と防御を増幅させたかったのだが、口の堅い熟練の彫金師が見つからなかったので、飾りのないシンプルなものに仕上がっている。つまりは純粋に石の持つ力が頼りだ。
刻印に字数制限はあるが、有用なルーンは幾らでも思いつくのに、正直もどかしい。
「公爵閣下、今日はどのような件で?」
侯爵が通されたのは、いつも会談場所に使われる執務室ではなく、さらに奥の私室であった。そこから推察されるのは、これから話される内容はいつもに増して秘匿せねばならないという事。
「……あの女の事だ」
「生まれてくる子が女であれば問題は無いですが、男となると……女王即位が目前なのに忌々しい事です」
「全くだ……(もしやあの夢は……)」
「ん?今、何とおっしゃいましたか?」
「あ、あぁ。聞き流してくれ。以前、夢見が悪い事が続いて、気鬱になったことがあったのだ。もう、その夢も見なくなったから問題は無い」
「閣下でもそのようなことがあるのですね。実は私も夢見が悪い事がありまして、医師の相談に乗ってもらったことがあったのです」
公爵は彼の言葉に聞き覚えがあった。
「まて、それはひょっとして馬の───」
「「─────」」
一言発してしまうと、後は堰を切ったように二人は夢の内容と老医師の見解を確認し合う。
お互いに暫く沈黙が続いたが、侯爵が意を決したように重い口を開く。
「閣下これはひょっとして、我々にとって最大の岐路に立っているのではないでしょうか?失敗すれば力の全てを失う分かれ道に」
「……つまり貴殿は、現状維持で満足して過ごすか、危険を冒して更なる力を得るかの瀬戸際だと言うのか?」
「はい……」
返事からの公爵の決断は早かった。あらかじめ幾つかの対応を考えていたのだろう。
「不用意には動かない。だが、男児誕生の暁には」
「暁には?」
「難産の末、母子ともに亡くなってもらう」
公爵の暗殺の決意に、侯爵は脂汗が止まらなかった。
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