第8話 ───、再び

サブタイトル: ───、再び





ついに第一王女が結婚した。


女王制の制定後、彼女には帝王学が叩き込まれているので、陛下の退位と共に王位を継ぐだろう。


王配は、公爵の息子。


容姿・性格・派閥など、決まるまですったもんだしたらしい。


ゴーレムの初運用は、戦争ではなく結婚パレードの儀仗兵だった。


量産機二十機とは別に近衛隊仕様を五機作らされ、中身は変わらない煌びやかなゴーレムがパレードの露払いを務めたのだった。


パレードを練り歩くゴーレムの雄姿に、国民は歓声を上げ、慶事と国防の強大な力に安堵する。




「私は……どうしたいのかしら」


「我々は何があっても奥様についていきます」


「違うでしょう?」


「失礼しました。副団長」


復帰に当たり、密偵頭だった男を副官として連れてきたら、一緒にここまで上り詰めてしまった。


いまや私は第三師団の第一席。名誉職が実力を伴ってしまった。




ゴーレム開発中に考えていたことがある。


死者の魂はどこへ行くのだろう、と。肉体との結びつきがあるから、ゴーレムに憑依していた者の魂は、自身の身体に戻ってこられる。


正常な状態でない肉体からは魂は離れていく。つまりは死だ。


最初は髪の毛を切っ掛けにして、肉体に納まっているであろう魂を引き寄せていた。


今や魔法陣が組み込まれたクッションの利いた椅子(口が悪いものは蓋の無い棺桶と言っている)にその身を預け、その椅子に紐づけられているゴーレムへ憑依するのだ。


これはあの事件での気狂い魔術師が、誘拐した貴族の息子と肉体の交換を試みた魔法陣が基になっている。


だがこの場合は、肉体の交換でなくて仮移動である。時間経過、もしくは意志の力で元の肉体に帰ってこられる。


果たして、開発にかかわった魔導士達が、邪法ともいえる肉体の交換の可能性に気付くだろうか。


よしんば入れ替えられたとしても、肉体と魂の紐づけも入れ替えない限り、時間が経過すれば元に戻るのだが、その魔法陣の記録は私が厳重に管理している。


仮に開発しようにも実験は不可欠なので、私が目を光らせている以上、馬鹿な真似は絶対にさせやしない。





それよりも私は息子の死に対して折り合いを付けられたのであろうか。


息子の死後、それは私の内側をチクチクと刺激し続けた。


現在、その刺激を感じることは無くなったが、一つの塊として私の内側に存在感を示している。


普通の親ならば、それを抱えて一生を過ごすのだろう。


だが私は普通の親ではない。


私の中の知識は“何か手段があるのでは?”とささやいているのだ。だがその一方でそれを否定している。


それはなぜか。


生者の魂は目の前にあるが、死者の魂の在り処は分からないからだ。


実験体に事欠かなかった頃、私は何度も失敗している。


それは生前の気狂い魔術師が手掛けていた事。蘇生させる者の魂の召喚である。私はここで躓いているのだ。


それだけではない。


その魂を入れる器も問題だ。


息子の死体は氷の棺で保管してあるとはいえ、死体に魂を定着させたらそれは最早ゾンビでしかない。


死者蘇生には、死者の魂の召喚と共に、死体を生きた状態へ治し、そこへ魂を定着させなければならない。


普通に考えれば、それはもう神の御業だろう。


果たしてその御業は、聖なるものかよこしまなるものか。私にはそのすべが思いつかない。気狂い魔術師はカタコンベの血生臭い実験室で、何を見据えてその道を邁進していたのだろうか。


何れにせよ同じ道を歩む訳にはいかないなら、別の道を探すより他は無い。……いや、道を、道を探さなければならないのだろうか。仮に見つかったとして、息子は喜んで、いや、受け入れてくれるのだろうか。


この行いは、私の自己満足ではないのだろうか。悩み、自問自答するが、答えは出ない。






「で、他の師団への供給はどうなのだ?」


師団長の問い掛けはこれが初めてではない。他の師団から事あるごとに、ゴーレムの供給を打診されているのだ。


「何度も言っていますが、製作ペースの問題だけでなく、操縦者の訓練・運用方法など、まだ始まったばかりです。未だ手探り状態だというのに、向こうはその次に人員をよこせと言ってきますよ。そうすると今度は技術を要求してくる事は想像に難くありません」


「ノウハウが確立されれば問題は無かろう?」


「……」


「師団同士で争っているのではない。敵は隣国だ。開発したのが我が師団と言えども、技術を抱え込むのはナンセンスだ」


「問題なく運用できるように、昇華させる必要はお分かりですよね」


「……一年でなんとかしろ」


「無茶言わないでください。三年───と言いたい所ですが……いえ、二年で。それで納得させてください」


私の言葉に師団長は溜め息をつき、革張りの椅子に身を預けた。


「……分かった」


二年もあれば、余計な転用が出来ない様に出来るだろう。






平の魔導士ならば、訓練に赴く者・研究を重ねる者・工房で製作に携わる者と、実務を重ねるのだが、席を与えられる者は必然的に事務仕事が付いて回る。


ましてや第一席。


城に部屋を与えられ、精査しサインをせねばならない書類が待っている。


それでも一先ず今日の仕事は終わった。


側妃でありながら、軍の第三師団魔導士部隊第一席。


私は何をしているのだろう。地位を捨ててあの館に引きこもってしまいたい。


丸くなる背筋を伸ばし廊下を歩いていると、会うはずのない人物に遭遇した。


“陛下!”


今の今まで、公式の場で同席することすらなく、精々師団がらみで遠方からお姿を見かける程度だった。


それが、今、初めて、手の届く距離で出会ってしまった。


軍服を纏っている今、私は側妃ではなく軍人である。兎に角引き連れていた部下共々、廊下の端に寄って深く腰を折る。


“コツコツコツ……”


足音が止まり、こちらを窺う気配がする。


「久しぶりだな。面を上げよ」


お声がかかった。


久しぶり?どの口が言うか。私を抱いて以来、顔を会わせる事も皆無だったくせに。


それでも命令とあれば顔を上げぬ訳にはいかない。


口元を引き締めて顔を上げた目の前には、威厳のある中年男性の顔。


“面差しが似ている”と思ってしまったら、一気に涙腺が崩壊した。


茶髪の明るい色合い。


目元も、青い瞳も瓜二つ。


年齢の差こそあれども、輪郭だってそっくりだ。


間違いなく息子は陛下の血を引いていたのだ。


「すっ、すみません」


滂沱と流れる涙が止まらない。


鉄面皮の女の涙に周囲は息を呑んだ、だが私は涙しながらも陛下から視線を外せないでいる。


それどころか一歩二歩と後ずさりし、壁にぶつかるとそこにへたり込んでしまう。


「大丈夫か。誰か人を。それから落ち着ける部屋を用意しろ」


我に返った陛下がテキパキと指示を出すと、暫くして私は侍女たちに支えられながら一室に導かれた。




「どうした?」


連れてこられた部屋で陛下が口を開いたのは、私の涙が治まってからだった。


冷たい果実水が入ったグラスは手を付けられておらず、水滴が細かく張り付いている。


それでも急かすことなく、陛下は辛抱強く私が口を開くのを待っている。


「……」


「……」


「陛下のお顔に」


「ん」


「息子の面影を見ました」


「……すまない」


様々な意味が詰まった陛下の謝罪。その一言にどれだけの意味が詰まっている事か。


そう思ってしまうと、今度は嗚咽が漏れてしまう。


「ふぐっ、う、ぅぅぅ」


うつむいて嗚咽を我慢していると、陛下が隣に座られ、グイっと引き寄せられた。


「い、いけません」


「もう咎める者はいない。いないのだ」


私は抱きしめられるがまま、陛下の胸の中でむせび泣き始めてしまう。


そして陛下は、私の背中を何度も優しく撫で続けてくれていた。






「何やってんの、私」


私は豪奢な天蓋付きのベッドの上で、膝を抱え、髪をかき上げながら愚痴をこぼした。


しかも鎖骨付近にはキスマーク。首筋だったら隠せなかっただろう。それでも鏡を見て自己嫌悪に陥ってしまう。


お察しの通り、なし崩しで陛下と一晩過ごしてしまった。


「失礼します、お召し物をお持ちいたしました」


侍女たちがドレスを抱えてきたが、ばっさりと拒否する。


「今日も仕事よ。制服をお願い。あと、この事は口外しない様に」


口止めはしたが、宮廷雀たちが騒ぎ出すのは時間の問題だろう。




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