第7話 三人の女、その後

サブタイトル: 三人の女、その後





数日後、師団長がやって来た。先日の件の事後報告とお礼と言う事らしい。


それによると、公式には私は関わっていないことになった。


第一・第二師団のメンツの問題らしい。そんなものに固執して訓練と研究に時間を割けない辺り、練度が察せられるというものだ。


「側妃殿下がお前に対して口悪く罵っているが、一時的に感情が高ぶっているだけだから放っておけ。あと一連の顛末の全てを陛下へ報告した」


「何かおっしゃられまして?」


「分かった、とだけ」


「関心の無さは相変わらずですわね」


「通常の政務はちゃんとこなして下さっているのに。この差は何なのだろうな」


師団長はお茶を一口、そしてため息をつく。


「それからお前の復帰をお願いしてみた」


「私は了承しておりませんよ。───まさか」


「何と言うか。”好きにしろ”との事だ」


「はあぁ……」


私は天を仰ぎながら椅子の背もたれに身を預ける。


「選択肢があるように見えて、その実、決定しているじゃありませんか。私を表に引っ張り出して何をさせようっていうのです」


「うちの奴らの再教育だ。この間も言っただろう」


断りの言葉が喉元まで上がってくる。そんな事をしているならば、復讐次の一手を考えていたい。


それだけではない。魔法に関しての衰えは無いと自負しているが、現役時代には程遠い体力の衰えは看過できない。


「無理」


「しかし」


「二か月、いえ一か月頂戴」


駄々をこねても仕方がない。


一か月である程度元に戻し、あとは一緒に鍛えて常に彼らの上をいけばいい。だが私を認めさせることは可能でも、実務面となると彼らが使い物になるのは当分先だ。


うちの手の者から教官になれそうな者を見繕ってみよう。他にも伝手が無いわけではないから、何とかなるはずだ。






数年後───


「やりました!成功です!」

「おめでとうございます!」

「これで勝てるぞ!」


私達は憑依型ゴーレムの量産化に成功した。


憑依も解除も思うが侭。何に使うかって?戦争に決まっている。




あれから私は諜報部隊の再編から始まり、復帰した第三師団の立て直しを行った。


あの後、私自身で第一側妃の騒動の調査を行い、レポートをでっち上げた。なんというマッチポンプ。


側妃の状態から考察し何がなされたか、過去の気狂い魔術師の事件の類似性を指摘し、禁書庫の資料の閲覧を申請。


勿論、手元にあった資料は予め元に戻し、あたかもうろ覚えの記憶が正しかった態で発見した。




今回成功した憑依型ゴーレムも専門のチームを作り、発見した資料を渡して研究させた。幸いなことに第三師団には燻ぶっていた才能のある平民魔導士がゴロゴロ居り、出戻り第三席の第二側妃わたしの勧誘に飛びつく者がごまんといたのだ。


研究も丸投げすることなく、時折アイディアを出したり(すでに私が確立した理論だが)修正をしていくうちに、チームだけでなく第三師団自体の実力も向上していった。


いや、憑依型ゴーレムの性能は憑依する人の能力に左右されるので、兵士達の訓練は必須なのだ。新兵と熟練兵とでは発揮できる性能も段違いである。


第三師団はようやっと元の実力を取り戻しつつあった。いや、ゴーレムがある以上、その戦力は倍以上であろう。






「ふう」


「お帰りなさいませ、奥様。お食事は何時もの様に?」


「ええ、部屋に持ってきて頂戴」


屋敷に戻ると真っ直ぐ自室へ戻る。


部屋に入ると明かりを灯し、上着をソファへ投げ捨てる。


「はぁ」


イーゼルに立て掛けられた絵画の前に立つと、暫くそれを見つめたまま立ち尽くす。だが絵には布がかけられており、その下を窺い知る事は出来ない。


布をそっと捲ると、二つの笑顔がその中にあった。


まだ息子が生きていた時に描かせたものだ。その中には当時の姿を保ったままの息子の笑顔と、その笑顔に寄り添う私のはにかむ顔があった。


絵の中の息子の笑顔に変わりはない。だが、その前にいる私は年を重ねている。


捲っていた布から手を離すと、衣擦れの音をさせて絵を覆い隠した。




仕事をしている間は復讐の事を忘れられている。だが帰宅の馬車に乗ると、息子の事が熾火の様に小さく赤く意識させられるのだ。


正妃も第一側妃もまだ生きている。生きてはいるが公務には全く姿を現さない。


私が仕返しをやったあの日から、二人は人として普通の生活は出来なくなったのだ。




正妃はちょっとした段差にも恐怖を示した。


他人が段差を降りるのも正視できず、場合によってはうずくまって立てないほどだ。


最近では自分の目線の高さにすら恐怖を覚え、移動するときは侍女の手を握りしめてゆっくり歩いている。


とある可哀相な侍女は、何かに怯えた正妃に手を握りしめられた拍子に、指の骨を折られてしまった。だがそんなことがあっても、彼女らは正妃に付き添わねばならない。




第一側妃は自らの姿が映るものを全て遠ざけた。


鏡は当然不可。磨かれて光沢のある調度品は交換され、食器やカトラリーも総入れ替えが成された。


彼女の身の回りで、姿が映る物へ片っ端から術をかけた結果である。封印こそできないが、彼女が自身の姿を認識する程度の時間は閉じ込められた。


結果、現在彼女が安心して使えるのは、木の匙だけである。


さらには彼女の侍女は全員ヴェールを被っている。ある時、側妃が侍女の瞳に自分が映っている事に気付くと、悲鳴を上げて身を隠したからだ




二人をここまでにしても、未だ許すなと言う自分がいる。


反面、もう十分だと忘れてしまいたい自分がいる。


そして救えなかった息子を思い出して、自分に罪悪感を抱く。


溜飲を下げてはいけない、もっとあの子の復讐を!と自分に言い聞かせるが、あれから更なる復讐を指示はしていないのだ。


赦す?


何をいまさら。


私はどうしたいのか。出口の見えないトンネルが続いている。




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