第6話 マッチポンプ

サブタイトル: マッチポンプ





ある日、師団長が私の屋敷を訪れた。


勿論アポイントを取っての来訪だ。別段断る理由もないし、今までの行為がバレたとも考えにくい。いや、察知できていないと断言できる。


「墓地の氷なのだが───」


「解除はいたしません」


私の取り付く島もない返答に、師団長が苦虫をつぶす。


「ならばせめて規模を小さくしてくれ。広範囲でなく、王子息子の墓の周囲だけに留めてはもらえないか?」


「……」


「あそこに眠っているのはお前の息子だけではないのだ」


「……分かりました。範囲を狭める代わりに密度は増させてもらいます」


「よろしく頼む」


私の返事に小さく息を吐く師団長。少し緊張を解くのが見て取れるが、まだ何かあるようだ。


話題は停戦中の隣国との関係に始まり、軍部の状況、国内情勢と続いていく。


「最近情報の集まりが芳しくないのだ。国内国外、このままでは拙い事になる」


「あれこれ手をこまねいて、どっち付かずの方針ですと攻め込まれますよ」


私の所などに人員を割いている余裕などないはずなのに、そのネズミ達を始末していた私が言うのも何だが、自分の首を絞めている自覚は無いのだろうか。


今の本気を半分でもあの子に注いていたらと思うと、やるせない気持ちがあふれてくる。この気持ちに折り合いは付けられない。


「戻ってくる気はないか?」


「いまさら何をおっしゃって?私を差し出した貴方の言葉とは思えませんね」


そう、この男が陛下に私を差し出したのだ。


「この通りだ。隊に復帰してくれ」


それでもなお師団長は懇願し、頭まで下げてくる。


「……お帰り下さい」


「……」


「……」


「……失礼する。また……」






三日後、また・・来た。


「そのような姿、部下に見せてらっしゃる訳ではないでしょうね」


「見せられるものか」


テーブルの向こうに座っている師団長の姿は、本当にくたびれていた。


制服や靴と言った身に着けるものは、お付きの担当がいるので常に磨きがかかっているが、いかんせん身に着ける人物が憔悴していては効果も半減だ。


師団長という柱は不動のものでなければならない。


「それで今日はどうなさったのですか?」


連日の来訪で言葉遣いにトゲが出てしまう。


「部隊復帰についてではない。そもそも復帰させるにはお前の意志だけでなく、陛下のお許しも得ないといけないからな」


先日もそうだが師団長の物言いは、第二側妃としてではなく元部下としての言葉遣いだ。


公の場ならば咎められもしようが、第一私自体がそのような場所にでないのだから今更でもある。


その私に師団長が言い淀んでいる。余程言いにくい事らしい。




「妃殿下が魔術的拘束を受けている、らしい」


「らしい?誰がです?」


「側妃、殿下だ」


「いい気味ですわ」


やっているのは私だが。


私の言葉に師団長が口を開け閉めして何かを言いたげにしているが、ようやく決心して言葉を継ぐ。


「力を貸してほしい」


「御免こうむります」


即断。何をしてほしいかだなんて聞かなくとも分かる。


それでも師団長は改めて説明を始める。第一側妃の具合、ままならない治療、それは最早延命治療だ。治癒魔法も時間稼ぎでしかなく、根本的解決にはならない。


呪いを疑って神官に解呪をしてもらったが効果はなかった。(身体ではなく魂が囚われている鏡にかければ、効果はなくとも原因が分かっただろうに)


苦心の結果分かったことは、何かしらの魔術か魔法の影響によって意識が戻らない事だった。


だがそれが何かは分からない。




「第一師団のエリート様や第二師団のお坊ちゃま達はどうなさったのですか?口ほどにもないですね」


それらの師団は魔法学校の(身分が高い者の中での)成績上位者や、身分を笠に着た貴族の子弟で構成されている。いくら成績が良く実力があろうとも、平民や騎士爵・男爵の相当は第三師団行きだ。


「彼らの自慢の書物には答えが書かれてないようですわね」


教科書の内容にも固執して、新しいものに目を向けない。平民上がりが論文を書こうとも、目も通す価値の無いものと断じ、右から左でごみ箱行きである。


「苦心の結果というのは、彼らの・・・苦心の結果だ」


「口ほどにもないですね。いいでしょう。しかし私に対して要らぬ口をきいた場合───」


「分かっている。皆まで言うな」


「彼らの屈辱に満ちた顔でも拝みに行きましょうか」


とんだ出来レースだが、どんな流れにしたものかしら。






数日後、第一側妃の寝室に来た私だったが、正直呆れてしまった。


「女性の寝室ですよ。なんで男どもがこんなにたくさんいるのですか」


お付きの侍女と侍医(男性)は想定内だ。依頼してきた師団長は仕方ないとして───


第一・第二の師団長にそれぞれの筆頭魔導士たち。


「邪魔ですわ」


「お前なんぞにっ」


「それまでだ」


第二師団筆頭魔術師殿おぼっちゃんが暴言を吐き終える前に、第一師団長がすかさず遮ってくる。


「若いのが礼儀知らずで申し訳ない。貴女の噂を聞くばかりで、実力を知らないのだ。”黒杖の魔女”の実力をね」


そう言う第一師団長も渋い顔をしているが、不快感は露わにしていない。


「よろしく頼む」


その点、第二師団長は私と同類。鉄面皮だった。




私は携えていた黒魔杖をくるりと一回転させ、石突で床を軽く突く。


発動させた魔力探査の波は私の喪服の裾を小さく揺らめかせ、部屋の隅々まで広がっていく。


当然、封じられている鏡が反応を示すが、それよりも邪魔者四人の反応が著しい。どれだけの付与魔具を身に着けているのか、反応が激しくて大変五月蠅い。


なので、探査の邪魔だと退室するように言ったのだが、素直に従ったのは第三師団長だけ。侍女と侍医は身に着けていないのでそのままでいいのだが、他の四人がしらばっくれる。


「犯罪者の様にひん剥いて差し上げてもよろしいのですよ」


その言葉に怒りをあらわにしながらも、彼らは出ていった。だが開け放たれた扉から、頭を覗かせてこちらを覗うのは滑稽である。


思わず鼻で笑ったらこちらを睨んできた。ヴェールを被っているのに良く気付いたものだ。




再度魔力探査の波を放つ。


答えは分かっているのだが、そこは演技をしないといけない。


「この部屋で間違いなさそうですね。外でしたらお手上げでした」


放つ場所を変えて場所を絞る振りをする。


さんざ勿体を付け、私はようやっと鏡の前に立つ。すると入室を許可してはいないのに、師団長たちをはじめその場の者たちが私を囲んでくる。


「下がって」


私の目には鏡の中でうずくまっている第一側妃の姿が見えるのだが、まずは彼らにも見えるようにしようか。


そもそも鏡は姿を映すもの。手を加えてやれば中の様子を映すのも造作は無い。


わざとらしく魔力を込め、素早く術を放つふりをしながら指で撫でると側妃の姿が顕わになった。


「「「おおおっ」」」


こちらの気配に気付いたのか、側妃が内側から何かを叫びながら掌で叩くが、その様子も力無いものだった。


「魔法陣の魔力回路の一部を一時的にショートさせ、効果を無効化します。離れて」


一応魔法陣の止め方を知らない設定なので、無理矢理無効化する。ついでに陣そのものを消すトラップもわざと踏んでしまおう。組み込んでおいてよかった。


無効化すると即、鏡の中の側妃の姿は消えるが───


「しまった」


わざとらしくは無かっただろうか。


「何やりやがった!」


本当にイラつかせるお坊ちゃんだこと。


「側妃様!」


その声に侍女の叫びがかぶさる。


「側妃様がお目覚めに!!」


私たちはあっという間に侍医によって部屋から追い出された。




当然部屋の外で詰問された。


「何があった」


第三師団長が努めて静かに問いかけてくる。


床ではお坊ちゃんが悶え苦しんでいる。やったのは私だ。


掴みかかって来たので、鳩尾に一発、腹を抱えて姿勢が低くなった所を背中に一発、床に伸びた所を踏みつけて終了。


「教育がなっていませんよ。あぁ何があったのかですが、すみません。魔法陣から助け出すことは出来たのですが、トラップを作動させてしまいました」


「大丈夫なのか?」


「ええ。トラップと言っても証拠隠滅のものです。すみません、折角の手がかりを」


「いや、仕方ない。そもそも、我々では原因の鏡も探し出せなかったのだからな」


それを合図に、その場の男たちは喪服の私に礼を述べる。足元の無礼者は除くが。






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