第5話 使われなかったおもちゃ

サブタイトル: 使われなかったおもちゃ






燦々と陽の光が降り注ぐ中、その一角は氷で覆われていた。


「これっぽっちも融けねぇとか、どんな魔法をかけやがった……」


知人の葬式に出席すべく墓地に来てみれば、昔の部下のかけた魔法が今尚地面を凍り付かせていた。


「師団長、馬車が参りました」従卒の知らせに黙って乗り込む。


最近、後宮というか妃殿下の方々の様子がおかしい。


正妃(正体を知ってると敬称もつけにくい)は連日の夢見の悪さから、ベッドさえも使わずじゅうたんの上で寝ている。しかも寝室を一階に変更するとか念の入れ方が尋常ではない。


それでもしばしば飛び起きる程の重症である。


なにをそんなに不安がるのだろう。


今やストレスで眼窩は窪み、食事ものどを通らず痩せこけ、自慢の美髪は見る影もなく、肌もボロボロらしい。


また、第一側妃はある日突然昏睡状態となった。


それこそ一切の前触れなしに、日課の身嗜みの確認中にぶっ倒れた。医師団からは持病は無かったと報告がきている。


目覚める気配は全くなく、こちらは別の意味で痩せていっている。


第二側妃あの女は、息子が死んで郊外に居を移してから目立った動きがない。


馬車の出入りはあるので、お忍びで外出の可能性もある。だがどこに行くというのだろう。


愛想は無かったが礼儀正しく、実力もあったので実績に伴わせていたら、一兵卒から第三席まで登って来た。


陛下のお手付きで後宮に入ったが、あんな女でも自分の子供は可愛いと見え、たまに見る母子の様子からは愛情が感じられた。


だが息子が死んでからどうだろう。子供相手で覚えた温かな表情は、敵に対する無慈悲で冷たいものに変わった。


あの顔は何かを企んでいるに……いや、何かを推し進めているに違いない。勿論配下の者に探らせてはいるが、なかなか尻尾を出さない。継続して探らせていくしかないのだが、腕利きが欲しい所だ。


昔は第二側妃あの女がその腕利きだったのだが、10年経ってもあれに対抗できる奴が育たなかったのは痛い所だ。


だが弱音は吐いていられない。やるしかないのだ。






例の「魂」の書を紐解く。


単に命を奪うならば十回でも二十回でも造作もない。だがそれでは私の気が済まないのだ。


何か目新しいものはないか、再び書を開き文字を指先で辿っていく。目に留まったのは今まで流していた一文だった。


それは”魂”の器の項目に合った。


今まで封じる事ばかりに意識が行っていたが、そこには封じる物の候補が羅列してあり、若干の改行後にあったそれは───


”ゴーレムはどうか?”  →  ”別紙参照”


どこから新たな発想が湧き上がるかなど誰も分かりやしない。


また禁書庫へ行かねば。


私は館の周りの”ネズミ”をどう撒こうか思案しながら身支度を始めた。




───結果から言うと、なんてことはない。何事もなく行って帰ってこられて拍子抜けした。


最近間諜の質の低下が甚だしい。最初の頃は私の書斎まで侵入してきたのに、今では館の周りをうろつくばかりだ。


幻影魔法を駆使した甲斐もないし、追跡もあっさり撒けてしまい、わざと泳がされているのかと必要以上に確認してしまった。


しかし油断してしくじるよりは良い。目的のものは入手できたのだから。




常々”気狂い魔術師”と言ってきたが、彼は本当に狂っていたのだろうか。


綿密な記録。順序立てた考察。整理された書物。


理解するだけの頭脳は必要だが、それなりのレベルの者が読めば、これらの禁書たちは知識を与えてくれる。


そして今私が手にしているのは、ゴーレムの書。


しかしこの気狂い魔術師といえども、ゴーレムの作成には至っていなかった。


だがなんとかボディは作れたようで、設計図も記録されているし、直接操作での動作確認は問題ないと記録されている。


だが彼ははじめから”制御装置まで手が回らない”と書き込んでいる。


そこで彼はアプローチの仕方を変えた。


もう分かるだろう。彼はゴーレムに人の魂を入れ、動かそうとしたのだ。


書を読み進めてみると中々面白い。


これが揃うならば、人的被害を心配する必要のない兵器になるだろう。


対応策がいくつか思いつくが、それは私がこのゴーレムの詳細を知っているからであって、相対あいたいした者がすぐさま弱点を突けられるとは考えにくい。


どうする?


……悩みどころだが試しに作ってみようか。




もともとゴーレムと言うのは単純な命令をこなす泥人形だ。


複雑な命令を理解させようと研究していた者もいたようだが、成功したという話は聞こえてこない。せいぜい魔法史で”こうした技術もある”と紹介される程度だ。


「かと言って今からゴーレムのボディを作成とか……どうしたものかしら」


私は封印用の小ぶりな水晶を弄びながら呟いていると、意外なところから反応が来た。


「奥様、人形ではだめなのでしょうか?」


そばで待機していた年かさのメイドからだった。


彼女は息子のお付きのメイドで、息子が死んだときには愛情と責任から命を絶とうとしようとしたのを私が引き留めたのだ。


「封印は出来るけれども……」


「最近の人形は女の子の物ばかりではございません。男の子用の物もございまして、騎士を模した小さなそれは、自立して剣や盾も構えられるそうです」


「……いくつか買ってきて頂戴。他にもめぼしいものがないか、あればお願い」


「畏まりました」


その間にこの書を読み込んで、実験できるように備えておかないと。






男の子用の人形と馬鹿にしていたが、それは想像していた以上だった。


「討伐隊セットと銘打ったものが発売されておりましたので、購入してまいりました」


私は次々とテーブルに並べられていく人形たちを見て、軽くめまいを覚えた。座っていて良かったと思う。


「これは子供心をくすぐられますね」


使用人が数人がかりで並べていたのだが、その中の一人がそう口にしてハッと口をつぐむ。


「もっ、申し訳ございません……」


すぐさま詫びてくる。


「いいのよ。これをあの子に与えて夢中になる姿が目に浮かぶわ」


「夢中になり過ぎて、奥様に取り上げられる姿も思い浮かびますわ」


年かさのメイドも薄っすらと涙を浮かべて呟いた。




そこには戦闘風景が広がっていた。


馬に乗った騎士が剣を抜いて号令をかけ、ローブ姿の魔導士団や弓兵が杖と弓を掲げて攻撃せんとしている。


その前に立つ騎士達は盾を掲げ、味方の攻撃が魔物を穿つまで攻撃を受け止めている。


整然と列を組んでいる騎士達の盾の向こうには、雑多な集団のゴブリンやオークが武器を振りかざす。


そして一番奥には、黒いローブを身にまとった無貌の魔術師。掲げるは禍々しい黒杖。


「ふふっ、まるで私ね」


その言葉に使用人たちは何とも微妙な表情に。


私はその黒ずくめの魔術師を手に取ると、配置を魔物側から騎士側に置き換える。


「黒幕は必ずしも敵側にいるとは限らないわ」


騎士側で黒杖を掲げる黒衣の魔術師。その力が振るわれるのは、どちらの陣営か……


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