第4話 意趣返し、第一側妃の場合
サブタイトル:意趣返し 第一側妃の場合
実験の結果分かったのは、対象人物と魂を封じる物との距離は近いほど良いようだ。近いほど繋がりを結び付けやすい結果が出た。
触媒があるとはいえ遠隔地からの場合、どうも感情の乱れが術の解除の原因と思われる。近ければそう言ったマイナス要因もねじ伏せられるといったところか。
正妃に対して期せずしてちょっとした復讐にはなってくれたし、殺さずに繰り返し意趣返し出来るのはこちらとしても都合がいい。
そこで最初に捕らえた暗殺者へ手順は変えず、木彫り人形を胸に置いて魂を封じてみたところ、肉体が衰弱死するまで魂が戻ることは無かった。
次に実験したのは、封じる物の種類だ。
例の魔術師が魂の入れ替えをやろうとしていたので、今まで他人を模した人形で実験を行っていたのだが、他にも封じられるものがないかを模索していたところ、答えは身近なところで見つかった。
よくあるおとぎ話では、倒すことが叶わない悪の存在を、いろいろな物に封じてきた。装飾品然り、壺や箱などだ。宝石もそうだが、丁寧に磨かれた水晶も出てきたりする。
手順は変えず封じる物だけを変えて実験したが、壺や箱といった蓋があるものだとなぜか上手くいかない。入っていく手ごたえは感じるのだが、数瞬後には魂が抜け出てしまう。
これは違う封印方法があるのだろうか?物語では蓋に封印の札を貼っていた覚えがある。意外と物語も真実を伝えているのかもしれないが、今更その札の開発などしていられない。
後は宝石・水晶玉・鏡……鏡か。───鏡で私はあの
これは作りこむと面白いことになる予感がする。私は今からあの
部屋には大小様々な鏡があるが、目につくのはお気に入りの三つ。
壁際の全身を映し出す姿見の鏡、侍女に持たせる上半身を映すものと、髪形や化粧を確認する手鏡。使わない時でもチェストの上に置かれ、常に埃が払われ私の姿を映し出している。
「整いましてございます」
「鏡を」
私は侍女の
陛下は
ここは私がお世継ぎを身籠る為にも、陛下をその気にさせなくてはならない。
女王制はなんと取り付けたけれども、やはり王位を継ぐのは男子が望ましいから。───私ならまだまだいけるわ。
自分で言うのも何だけれども、私の容姿は他の二人と違って癒し系なの。化粧は女の鎧と誰かが比喩していたけれども、私にしてみれば武器かしら。いえ、罠に捕らえるための撒き餌と言ったほうが……
ちょっと表現がはしたないかしら。
私は手鏡片手に、壁際の姿見で今日の衣装を確認する。
うん、日々の節制とマッサージのおかげで問題ないわ。
手鏡を覗くとシミ一つない肌と薄化粧の自分と目が合った。まるで
不意に立ちくらみがして、持っていた鏡をじゅうたんに落としてしまう。
「奥様!」
「……大丈夫よ」
今の感覚は何だったのかしら。一瞬力が抜けてしまうだなんて……今晩は陛下がいらっしゃるというのに、体調不良で機会を逃してなるものですか!
「気のせいとは思いますが、時間まで大人しくしていましょう」
「それがよろしいかと。お茶を入れましょうか?」
侍女が落ちていた手鏡を拾いながらお茶を勧めてくるので、私は首肯して引かれた椅子に腰を下ろした。
うちの者たちの実力なら、手鏡一枚程度持ち出してから再度元に戻すくらいは容易い。
先日も深夜に入手してきた手鏡に私が封印術式の付与を施し、明け方にこっそりと戻させた。もちろん見つかってはいない。
その時の報告で、持ち出しも難しい大きな姿見があると聞いたので、今夜私も忍び込むことにした。
入城は正規の手続きは取らないで忍び込む。
現役時代の隠形技術は錆び付いておらず、認識阻害系の魔法も加わると夜警の騎士達は何も気づかず素通りしていく。
装備のおかげもあり、衣擦れはもとより足音一つ響かない。
黒魔杖を携えた私なら普段着でも行けるだろうが、慢心はしない。───慢心はしていないつもりだったのに、私は息子を死なせてしまった。
もう持てる力は油断なく揮うことに決めている。
あの女の寝室に潜り込むと、ベッドに向けて睡眠の魔法をかける。そして控えの間に侍女が待機しているはずなので、眠りの雲の魔法を流し込む。
扉の隙間から雲が流れ込んでしばし、何かが落ち音を確認して扉を開けると、待機していた侍女がテーブルに突っ伏していた。
床を見ると本が一冊。これを落とした音だったようだ。扉をそっと閉じる。
さて準備万端。
あとは魔法をかけるだけ。
すでに同行したうちの
私は黒魔杖片手に詠唱を囁き始める。王族の寝所だ。これくらいなら防音され問題ない。
さぁ単純な魂封じではない、手鏡ではうまくいかなかったが、実験の成果をその身をもって体験してもらおう。
『なに?一体何がどうなっているの?』
私はいつものように身嗜みの確認をしようと姿見の前に立つと、目の前には倒れた女性と侍女の面々が慌てている。
侍女が抱き起した女性の顔は、いつも見慣れたものだった。
『なんで私がそこにいるの?!』
踏み出そうとすると見えない壁に阻まれ、何が?と確かめる為に拳を振るうがびくともしない。
『なにこれ?私はここよ!無視しないで返事なさい!!聞こえないの!?』
侍女たちは”私”をベッドに横たえると一人付き添いを残して、他の者は部屋から飛び出していった。
「パッとしないわね」
「さようでございますね」
監視魔道具に映し出された
そしてその向こうの姿見には、封印されたあの女が拳を振り上げ口をパクパクさせている。
「鏡を割れば元通りなのに、だぁれも鏡のあの女に気付かないとか……感知というか察知というかレベルが低すぎだわ」
「奥様、この魔法は言わば最先端です。気付かなくても致し方ないかと」
その通りなのだ。
あの気狂い魔術師の研究など覚えているのは私くらいのものだ。その当時師団長にも報告書を上げたが、禁書庫への封印許可も流れ作業でサインをしていたので、覚えているはずもない。
よしんば気付いたとして、正規ルートでの閲覧許可申請が上がればこちらへすぐに分かるようにしているのだが、報告はきてないので気付いてないのだろう。
「泣き叫ぶ様を見るために、鏡の中の様子も分かるように魔道具を調整したのだけど……」
「思惑が外れました」
これでは溜飲が下がらない。
「鏡の中から自分の体が衰弱していくのを見れば、少しは狂い乱れてくれるかしら?」
「世話をする者たちもおりますから、その衰弱も緩慢なものになるかと」
監視魔道具にはぞろぞろと退出していくセンセイ方が映し出され、それぞれ肩身が狭い様子である。
「経過を監視しつつ暫く放置でいいわ」
「畏まりました」
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