第3話 意趣返し、正妃の場合

サブタイトル:意趣返し 正妃の場合






「嫌ぁぁぁ!高っ落ちるーっ!嫌嫌嫌、いやぁぁぁっ!」


空が白み始め地上を明るく照らし始めた頃、正妃の叫び声に当直の女官は寝室に飛び込んだ。


「正妃様!大丈夫です!ベッドの上です、低いですよ!!」




これで三日連続、正妃は絶叫と共に飛び起きた。


高所恐怖症の彼女は絶対に窓際に近づかない。しかし高位の身分である正妃の居室は、どうしても高層に設える。


妥協の結果、彼女のベッドは不自然に部屋の隅に置かれ、衝立も併用されてベッドの上に立ち上がっても窓の外は決して見えない念の入れようだ


それがこの三日間、彼女が言うには鐘楼の天辺に吊るされる夢を見たというのだ。


しかも夢と言うには現実的で、吹き付ける風、風によろめく体、視界に広がる眺め、眼下には王都の街並みと小さくうごめく人の姿。


極めつけは鐘楼から宙吊りの後放り出され、地面に叩きつけられる寸前で目が覚める。


三日も連続すると正妃は眠るに眠れなくなり、徐々に憔悴していく。


食事もまともに取らず、限界を超えて寝落ちしては飛び起きるを繰り返す。


すぐさま医者や魔導士が呼ばれ、治療と原因究明にあたったが誰も結果を出せなかった。






私は館の研究室で報告を聞いていた。


葬式で着ていた喪服ではないが、身を包む服の色は黒一色だ。


「そう、お気の毒にね。高い所から落ちる夢だなんて、高所恐怖症の彼女からすれば絶対に見たくない夢よね」


「はい。しかも何度も見ており、治療にあたった者たちもお手上げだそうです」


夢見が悪いから何とかしろとか、命じられた者たちも気の毒に。


子飼いの密偵使用人が淡々と報告してくるが、付き合いの長い私には、彼の口元から薄く笑みがこぼれているのが分かる。


「それから鐘楼に監視が付きました」


「そう。探す対象も分からないのに、指示された彼らも大変ね」


この館もとうの昔から監視されているが、移り住んで私がまず手掛けたのは対監視魔法をかけることと、既に設置されていた盗聴目的の術や魔道具の無効化だった。


一つくらい残しておいたほうがよかっただろうか。私は掌で木彫りの人形を弄びながら考える。


「これも嫌がらせには十分だけど、まだ不十分ね」


「と言いますと?」


「魂を召喚・憑依は出来たけど、定着させるには至ってないわ。付け焼き刃は駄目ね。もっと研究しないと」


「殿下の無念を晴らすためです。何でもお申し付けください」


「今晩は使い魔にやらせるからいいわ。通常業務に戻りなさい」




私が禁書庫から選んだのは”魂操作”の研究だ。


術?まじない?これはもう”邪法”の類いだ。


最終目的は死者蘇生のようで、その前段階が蘇生させる者の魂の召喚らしい。


しかし気狂い魔術師も、いきなり最高難易度に挑戦はせず地道に段階を踏んで研究しているとは、妙なところで感心してしまう。


だがそれは記録を見ての感想であり、実際のところ研究は後半に差し掛かっていたようだ。


それが例の誘拐事件で、魔術師が自分と伯爵令息との魂の入れ替えをやろうとしていた事を、当時床に書かれた魔法陣を研究記録で調べたのを思い出したのだ。




いずれにせよこの邪法の行使には、対象を指定するための触媒が必要となる。正妃の場合は髪の毛を使用した。


正妃の長い髪を梳ったブラシから、それはいくらでも入手できた。


それ以外でも爪や血液、遺骨でも触媒にすることは可能とあった。触媒とは言ったが目印のようなものなので、入れ替えの場合は当人同士が触媒の役割を果たす。


……憑依は出来た。だが時間が経過すると解除されてしまう。原因は何だろう。


私は手の中の木彫りの人形を弄ぶ。


そう、この人形に正妃の魂を入れたのだ。これを先程の使用人に命じて、鐘楼の眺めの良い所に糸で括って宙吊りにし、頃合いを見て落下させた。


糸で括っていたのは、地面に落ちても手繰ればすぐに回収できるからだ。紛失や誰かの手に落ちることは絶対に避けねばならない。


ともあれ研究を続けよう。






良い実験体が手に入った。


深夜、誰の手によるものか分からないが、のこのこと侵入者がやってきて書斎の罠にかかったのだ。


机の引き出しにかけておいた罠にまんまと引っかかってくれたのだが、私のかけた魔法に抵抗できる者などそうそういないし、念いりに増幅しておいた麻痺パラライズ呪文だったので、発動に気付いてやって来てみれば、黒装束の鼠が一人痙攣して倒れていた。


使用人に指示して覆面を取らせてみれば、まだ若い男だった。


「尋問して喋るかしら」


「恐らく無駄でしょう」


「そうね。試すだけ試しましょう」


私は黒魔杖の石突を男の体に乗せて、顔だけ部分的に麻痺を無効化してやる。


すると元々抗っていたのか、無効化した瞬間に口が窄まるので反射的に石突を離すと、男は再度麻痺にかかった。


「奥様、油断はなりません」


使用人が男の口元を探ると、口には含み針が仕込んであった。


「密偵かと思ったら暗殺者だったのね。この様子だと自決用の毒薬も持っていそうね」


「意外と既に飲んでいて、時間までに解毒しないと死ぬのかもしれません」


確かに危機に際して一々服毒するのは困難だ。


「では解毒しておきましょう。けれども麻痺は解けませんからね」


そう言って男の鳩尾を突くと全身が淡く発光する。


「ふーん、この様子だと毒を飲んでいたようね」


「そのようですね。迂闊に麻痺を解除すると舌を噛み切るかもしれません」


「はぁ。大人しく観念してくれないかしら。加減するのも手間だわ」


「お手数かけます」


身体検査をしていた使用人が、義務的に詫びてくる。


「済んだら地下牢に入れておいて。ここを元に戻したら私は寝るわ」


「はっ」


慈悲をかけるつもりは毛頭ないが、私はあくびをひとつ、書斎を後にした。






やはり実験できると研究もはかどる。


実験体も時々やって来てくれるので、大変助かっている。送り込んでいたのは第一側妃だった。正妃のあの女は、おびえてしまって私にかまけている余裕はない。


送り込んだ密偵やら暗殺者が帰ってこないのに飽きもせず送り込むとか、命令を受ける側近やその筋のトップは割に合わないと思わないのだろうか。


こちらからすれば定期的に実験体がやってくるので、願ったり叶ったりなのだけれども。




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