第2話 気狂い魔術師

サブタイトル: 気狂い魔術師






単純に物理で殴るのも面白みに欠けると悩んでいると、魔導士部隊在籍中の事件を思い出した。


現役中の仕事と言ったら、国境紛争に派遣された事もあったが、専ら王都の警備や事件の調査や対応が主であった。


本来治安維持は警邏隊の管轄なのだが、魔法絡みの犯罪などが起こると応援を要請される。


それも月一回あるかないかの出動要請で、いざ出張ってみれば中級魔法を齧った程度の犯罪者が相手だったりするので、手応えは無いが暇つぶしにはなった。




だが一度、王都を震撼させた事件があった。


伯爵の五才になる令息が誘拐されたのだ。


毎年王都では行方不明者が何人か出るのだが、年齢も性別もまちまちで、何れも足取りが途切れて迷宮入りになっている。


事件は伯爵夫人が招待された、お茶会の帰途で起こった。


馬車の中には、母親とその令息、それから使用人が二名。馬車の前後には二名ずつ、計四名の護衛騎士。


いつも利用している道と言う事で、油断があったのかもしれない。いや、犯人が用意周到に罠を張り巡らしていたのもあるだろう。


移動中の馬車を中心に、突然街の一角が闇に包まれた。


”カラスが頭上を飛び去ったと思ったら、馬車に異変が起こった”との護衛の騎士の証言から、犯人は使い魔のカラスの視点でタイミングを計ったと思われる。


闇が晴れると、そこには開け放たれた馬車の扉。中の者達は昏倒し、令息が姿を消していた。




すぐさま捜索隊が組織され、周辺は虱潰しに調査されたが手がかりは掴めない。


そこでお呼びがかかったのが、私を含む魔導士部隊という訳だ。


まず手始めに私は失せ物捜しの魔術を行った。


魔術と言うのは理論として確立されていない魔法を指す。なぜその効果が発生するかは分からないが、魔術はその手順さえ踏めば誰でも目的の結果が現れてくれるのだ。


その手順も簡単な物から、技量を必要とする物まで多岐にわたる。


私はそれらの小技まじないを便利に使えるので、厄介な事件の時はほぼ呼ばれる。


まじないは問題なく発動し、浮かび上がった光球が失せ物の在り処を指し示す。


光の球は案内して進んでいくのだが、私は段々と違和感を覚え、それは確信に変わった。


「被害者はこの街の地下にいる」失せ物の方向は足元を示していた。


同行していた仲間は一瞬硬直したが、一人が理由を思いつき叫ぶ。


地下墳墓カタコンベか!」




その昔、人が亡くなると火葬場で荼毘に付され、遺骨を納めたのが地下墳墓である。


今では安置するにも定員一杯になった為、郊外に墓地が作られている。


そして現在、地下墳墓を知る者は殆どいなくなり、封印された入口近辺の住人以外その存在を忘れていた。


だが忘れ去られた筈の地下墳墓も、警邏隊に問い合わせると程なくして入口の場所も明らかに。案の定と言うか、事件現場から百メートルと離れていなかったのだ。




道をたどるのは簡単だった。


犯人は頻繁に行き来していただけではなく、使う通路は決まっていたため、埃が積もっておらず追跡は容易だった。


用意していた地図に齟齬が生じていたが、はなから期待していない。魔術的目印マーキングをしながら進んできたので、帰りはこれを辿ればいい。


追跡されることを考えてもいなかったのか、罠すらなく探知系魔法で万全を期していたのが馬鹿馬鹿しくなるほどだった。


ようやく通路の先に灯りが見えて来ると同時に、子供の泣き叫ぶ声が響いてきた。


それを合図に我々は走り出したが、足音を響かせる間抜けはこの部隊にはいない。


だが奇襲の為に半開きの扉を蹴破り突入した室内は、悪の魔術使いもかくやという背徳的な光景が広がっていた。




まず、むせ返る血臭が鼻についた。


部屋の周囲には人体実験の成れの果て───


切り刻まれた人や動物の手足、血と臓物がこぼれ落ち、注視してみれば痙攣していることも分かっただろう。


物陰には犬の骸骨が肉体の脱皮の真っ最中で、上半身を脱ぎ終わり前脚を引き抜いている途中である。


また檻の中には、何種類の動物を掛け合わせたかもわからないキメラがグルグルと歩き回り、脚の一本に人の手が生えているということは、間違いなく犠牲者がいるということだ。


別の檻には一つの体に男の頭が二つ生えている者がおり、虚ろな目をしてブツブツと何やら呟き続けている。




『あああああ!』


私を含め四名の小隊員が目の当たりにしたのは、魔法陣の中心でスケルトンに四肢を拘束された伯爵令息だった。


幸運だったのは、まだ怪しげな儀式が始まっていなかったこと。


不運だったのは、敵地の真っただ中で、相手が気狂い魔術師ということだった。




この気狂い魔術師、要らぬ気遣いをしてくれる。


この禁断の研究室が荒れるのをいとったのだろう、火力系呪文を使わず死の言霊を投げつけてきた。


本来であれば一定範囲内を無差別に死へ誘う言霊が、四人個別に飛んでくる。


ここで一人魔杖を構えるのが遅れ、抵抗レジストし損なって即死した。


だが抵抗レジストに成功した二人も、生きてはいるが消耗して杖頼りでようやっと立てているに過ぎない。


一人完全抵抗できた私は、間髪入れず反撃の魔法を行使。


黒魔杖によって増幅された魔法の槍マジックジャベリンは、抵抗しようと掲げた魔杖ごと魔術師の胸を貫き吹き飛ばした。




魔術師が使役していたスケルトンは床に崩れ、当然伯爵子息も魔法陣の上で横たわる。


静かだと思ったら白目をむいて気絶している。生きていてよかった。


倒れている魔術師を確認すると、胸から血を流しながら、傍らに落ちている折れた魔杖を拾おうと、ブツブツ呟きながら腕を伸ばしているではないか。


私はその杖を遠くに蹴飛ばし、黒魔杖の石突で魔術師の喉を突いてとどめを刺す。今際いまわきわで魔法陣を起動されてはたまらない。


狂気じみた目から光が失われるのを確りと確認すると、改めて室内の惨状に辟易する。


報告と後始末にどれだけかかるかうんざりしてしまうが、今は保護対象と倒れている仲間役立たずを連れて脱出せねば。






現場の調査等に半年以上かかった。


資料は全て運び出し、禁書指定で封印。キメラやら人体実験に使われた人や、正体不明の生物は安楽死させてやる。せめてもの情けと言ってはいるが、あれらの姿や呻き声を目の当たりにしていると、こちらの精神が病んでしまう。


現場を放置して瘴気がたまっては、後々問題になるので教会に浄化を依頼したのだが、到着するなり卒倒する者が続出。教会の中でも退魔と浄化の専門家に依頼したはずなのだが、やわすぎてお話にならない。


これも時間がかかった原因の一つだ。


第三席の私の仕事は、このような血生臭いものや手間がかかる後始末や雑用ばかり。


第一席は名誉職で実力はお察しだし、第二席は魔導士として華々しい仕事しかしない。それがこの結果だ。


だが私は過去の私を褒めてやりたい。なぜなら好奇心で……もとい、個人的に精査する為に禁書庫に抜け穴を作っていたのだから。






人は気が狂っていても、理路整然と記録を取れるものだろうか。


私は喪服のままヴェールも取らず、禁書庫内の目的のものを探す。


確かに奴が書いた研究日誌を読むと、精神がごりごり削れていくシロモノだった。だが研究記録を見ると、読みやすい筆跡・緻密な魔法陣・次に繋がる考察といった、その研究内容はよこしまだが、研究者としては大変好ましいものである。


この気狂い魔術師は記録することによって閃きを得るタイプのようだ。


私は黒魔杖に灯した明かりを頼りに書棚の間を歩く。


あの魔術師は何がきっかけでこれらの研究に手を染めたのだろう。知的好奇心か?復讐か?それとも邪神にでも魅入られたか?しかし今となってはどうでもいい。


奴は凡そ思いつく限りの、いや、よくここまで思いついたと思う程の禁呪の実験記録を残していた。流石に悪魔召喚はなされていない様だったが、召喚の為の書き掛けの魔法陣が残っていた所を見ると、興味はあったのだろう。


そして私は一つの書棚の前で足を止める。


腕を伸ばして手に取った書物の表紙には”魂”と一言。


私は息子の遺髪の入ったロケットを握りしめた。


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