最愛の一人息子が殺された。復讐は成ったみたいだが心の平穏はどこだろう

ウィニィ

第1話 息子の死、決意

サブタイトル: 息子の死、決意






愛する息子が死んでしまった。


まだ10歳だと言うのに、これから婚約者も探そうと言う時に、死んだ。


そもそも乗馬はまだ早いと私は反対したのだ。


息子は愛馬にまたがり乗馬の練習をしている最中、突然馬が暴れ出し落馬して足を骨折。


骨折だけなら死にはしない。あろうことか、治療中にでたらめな薬を飲まされ心臓が停止した。




私の敵は用意周到だった。


息子の愛馬には練習中に暴れだす様に薬が盛られ、最悪のタイミングで効果を発揮し息子を振り落とした。


医者も用意周到に待ち構えていた。傍目から見れば、何があっても良い様に待機していたと見えるだろう。


骨折の場合、きちんと接いでから治癒魔法をかけねばならない。そして接ぐとなると激痛が走るので、患者には麻酔薬が投与される。


恐らく骨が折れていなくても何かしらでっち上げたに違いないが、お誂え向きに息子の骨は折れていた。


麻酔薬が調べられると、大変強力なものだった。しかも全て飲み干させる様にシロップ入りとか、ある意味残酷な所業だ。息子は緩やかに鼓動を止めて死んでしまった。


使ったコップも持ち帰り処分すればいいのに、休憩所のゴミ箱に無造作に捨ててあった。


さらに本来ならば館に詰めている筈の癒し手も、馬場から遠ざけられていたのだ。


それは私も同様だ。


所用で私が館を離れる日を狙って計画が立てられており、その結果私の最愛の息子の殺害計画は成功裏に終わった。


これらの事は私が三日三晩息子の死を悼んでいる間に、専属の使用人が調べ上げた事だ。


それまで私は起きては泣き、泣きつかれては眠り、息子を思い出しては涙があふれ、最後に息子の復讐を誓って涙した。






私は第二側妃だ。


正妃には中々子供が出来ず、待望の子供は女の子だった。今でも頑張ってはいるが、第二子を授かるのは難しいだろう。


第一側妃の第一子は男の子だったが、身体が弱く直ぐに死んでしまった。その後、三人出産したがいずれも女の子。


元々、第三師団魔導士部隊だった筈の私が、どこで見染められたのか───いや、そんなロマンティックな物ではない。


一週間の野外演習中、たまたま王の目に留まったのだ。化粧っ気はないが気持ち目鼻立ちが良く、ちょっと肉付きの良い体型の魔導士。


御貴族様の御令嬢の整った顔立ちでもなく、抱き締めれば折れそうなたおやかなスタイルとも違う。


珍しかっただけなのだろう。


魔導士部隊第三位の鉄面皮の女が、ベッドの上でどんな反応を示すか。


興味本位の性欲のはけ口の相手が、たった一夜のお手付きで妊娠。


自覚症状が出て妊娠を師団長に報告すると、除隊・軟禁まであっという間だった。


軟禁と言うくらいだから、王都郊外の館から出ることは出来ず、外の空気が吸えるのは四方を建物で囲われた中庭だけ。それでも気分転換にはなる。


私は中庭に薬草畑を作り、慰謝料代わりに研究室を作らせた。


出産までの日々を私は魔導の研究と訓練に費やしたが、臨月近くになると身体に無理も利かず、休みの日の方が多くなった。




出産した子供が男の子だと分かると、王家は手のひらを返した。


王位継承権第一位、待望の男子の誕生である。


私は側妃に格上げされ、離宮の隅ではあるがそれなりの部屋を与えられた。


息子が五歳くらいまでは、正妃も第一側妃も嫌がらせ程度の干渉しかしてこなかった。


仮に正妃が男子を出産すれば、継承権は正妃の男の子が上になる。


王が種なしでない事が改めて証明されたのだから、自分が孕めばよいのだと正妃と第一側妃の誘惑と競争が始まるのは当然と言えよう。


私はそのレースには参加せず、王もその気は無かった。これ幸いと私は息子を守ることに心血を注いだ。


だからといって私一人では無理があるのは分かり切っていたので、信頼でき実力も伴う使用人を作り上げていく。


その甲斐あって、何度も息子を守ることが出来た。




それを十年。


正妃も側妃も、妊娠するにはトウが立ち過ぎた。


仮に妊娠できたとしても出産出来るか、出産したとしてそれが男の子なのか、男の子だとして無事に成長してくれるのか。


私の息子がいる限り常に不安は付きまとう。


すると彼女等は方針を変えて来た。


女でも王位につける様に、周囲に根回しを始めたのだ。そう、女王制の制定を画策し始めた。


しかも女王制が施行された一か月後、息子が死んだ。


王宮内の修羅場を知らない平民たちからすれば不幸中の幸いと捉えていたが、耳敏い貴族達や王宮で勤めている者たちからすれば、今回の事件の首謀者が誰かすぐに察しは付く。


もちろん箝口令は敷かれたが、人の噂に戸口は立てられぬ。


息子の死は事故として公表されたが、それを信じるものは皆無であった。






息子の葬儀は、王位継承権第一位だった男子としては控えめな物であった。


はっきり言えば地味である。それどころか葬儀の参列者が殆どいないのだ。


王族からの参列はおらず、貴族たちも代理の参列すらいない。


葬列に並んだのは私の使用人たち。


そして、第三師団の師団長だけだった。


あの日私を王に差し出した罪悪感からかと思ったが、思い違いだったようだ。


彼は喪服姿でなく、第三師団の制服に喪章すら付けず、愛用の魔杖を突いてやって来た。


「馬鹿な真似はするなよ」お悔やみの言葉でなく警告がきた。


「なんのことですか?」私は黒の喪服に顔はヴェールで隠して返答。


「とぼけるな。そいつを手にして何を企んでいる」


師団長が魔杖で指し示したのは私の杖。


長い裾の黒のスカートに髪はほつれ一つ無く纏め上げられ、小さな黒の帽子に黒のヴェール、手は黒のレースの手袋といった、装飾を一切廃してはいるが側妃に相応しい喪服。


だがその手にあるのは、武骨で捻じれた黒い魔杖。所々に埋め込まれている宝石も、黒いオニキスを使用している。


私はこの黒魔杖で、幾人もの敵や犯罪者を屠ってきた。


降りかかる敵の魔法も、対抗呪文で何百発と防いできた。


数人がかりの儀式魔法も、この杖を携えて中核を担ってきた。


その私の愛杖を手にしているだけで、その物言いは失礼だと思う。


「企む?とんでもない。私の息子を守るために決まっているじゃないですか。ほらそこに」


私はおよそ50メートル先の木めがけて杖を振るった。するとその先端から氷の槍が飛んでいき、葉の生い茂った木の真ん中に吸い込まれていく。


”ザザ、ガザザザ、バキッ”


落ちて来たのは氷漬けになった男の死体だった。落下の衝撃で胴体が真っ二つである。


「あの子にまだ何かするつもりかしら?そんなことは無駄だと分からせてやらないといけませんね」


続けて杖の石突きで足元を突くと、地面が霜で覆われる。


「なっ、何をした!?」


「あの子の姿を永遠に保つ魔法ですよ。さしずめ”氷の棺”ですね。もちろん自然に溶けたりしませんわ」


師団長の驚愕の表情に、実力の一部を明かしてしまった事を後悔した。これからしたい事の妨げにならないといいのだけれども。






葬儀が終わると、私は離宮から郊外の館へ居を移した。妊娠中に過ごしていた例の館だ。 


これからここで私は喪に服す。


違う点は移動が自由な事。あの女たちの顔を見ずに済む事。


王の顔と言えば、殆ど見ていない。


あの子が生まれて一週間後に、顔を見に来たのは覚えている。


しかしその後、離宮の私の寝室に忍んで来ることも無ければ、息子の様子を見に来ることも無かった。


偶然すれ違うことも無かったから、意図的にこちらの行動ルートを避けていたのだろう。


葬儀にも姿を見せなかった事に、何ら違和感も感じないし、恐らくあの女達からあれこれ言われなくなると、ホッとしているに違いない。


今までもこれからも、王はこれ以上私に関わる事は無いだろう。そして息子が死んだ今、あの女たちも私を放置するはず。


”枕を高くして眠る”と言う言葉があるが、あの女たちの心の中はまさにこれだろう。


物的証拠と言えるほどの物も無く、そこから彼女等へ辿る事は不可能だ。だが私が集めさせた状況証拠は、彼女等を黒と断定している。


もちろん過去に防いでいた襲撃などの情報も保管してある。


彼女らは私が何者で、どれだけの力を持っているのか知らないのだろうか。


それとも息子がいた十年間、大人しくしていたから、なまくらになったと思っているのか。


さぁ、どんな形で見せ付けてくれよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る