第3話 わたしの手作りお姉ちゃん
お姉ちゃんがわたしの後ろでなにをしているのかは見なくてもわかる。
こうなるようにいままで計算して動いたいたんだから。
何年もかけて、じっくりと、お姉ちゃんを仕上げた。
歯止めを効かせられるのは最初の一歩を踏み出すまで。踏み出した後はもう手遅れ。歯止めなんて効かない。そんな簡単なことをお姉ちゃんは知らなかった。
だからわたしが踏み出させてあげた。本人の知らないところで。
お姉ちゃんは踏みとどまってたつもりみたいだけど、チョコに血液を入れる場面を去年ハッキリと目にして、チョコの色がハッキリと血の赤黒に染まっておいて、それを嬉々として口に運んで、おまけに頬を赤く染め上げた時点で、終わってたんだよ。踏みとどまれてなんていなかったんだよ。
血液チョコだとわかりながら、自分の意志で食べさせるようにした時点でわたしの勝ちだったんだよ。
「お姉ちゃん、できたー?」
特別な、世界にたった一つのチョコを作り終えて、お姉ちゃんの様子を見にいくと、さっきまでの狂気を秘めた表情は消えてなくなり、瞳の奥まで後悔で染まっていた。
「ごめん……失敗しちゃった」
どんな状態になっているかなんて確認するまでもない。だってわたしも同じ失敗をしたんだから。
溶かしたチョコに水分が混ざるだけでも失敗の原因になるのに、血液を、それも後先考えず突っ込んだら失敗するに決まっている。
チョコを冷やすことで血が一か所で固まって、正視に耐えないグロテスクなチョコレートが出来上がる。
血液の配分だったり、固め方、たくさん工夫しないと本当に美味しい血液チョコは完成しない、
わたしの場合は、血液自体もこだわってるけどね。食事制限したり、運動したりして、滑らかな血液になるように……
「最初だから仕方ないよ」
「いや、そういうことじゃ……これは捨てちゃ……」
「食べ物を捨てるなんてもったいないよ! 食べる!」
「ちょっ!」
お姉ちゃんの制止も聞かず、一つという概念すら朧げな赤黒い塊を口に放り込む。
お砂糖の甘さと、カカオのほろ苦さ……そこにまろやかで、しつこい、まとわりつくような、本能が拒絶する、矛盾に満ちた味わいが脳髄まで広がる。
あぁ、これは、もう、チョコレートじゃない。質の問題じゃない。立派な美味しさで飾り立てたわたしのチョコレートだって、その本質がチョコレートでないように、お姉ちゃんのこれはチョコレートではない。
こんな冒涜的な食べ物、パティシエに見せられない。これをチョコレートと認めることは、決して許されてはならない。
だってこれは、相手への歪んだ愛情が形になったモノなんだから。
チョコレートなんて一般名詞で型取りすると、安っぽすぎるよね。
「頭がくらくらする、不思議な味わい……やっぱり自分のとお姉ちゃんのだと、全然違うね」
何度も、何度も、自分の血を食べた。お姉ちゃんを夢中にさせたくて。
だけどお姉ちゃんの血液は全然違う。チョコ作りに最適化されたわたしの血液よりも、お姉ちゃんらしい血の方がわたしの口に合う。
きっとこのチョコはわたしの口にしか合わない。だって、お姉ちゃんはわたしに最適化されてるんだから。
お姉ちゃんのご飯を作ってるのはわたしなんだから。
わたしの血液を混ぜたご飯を毎日食べているお姉ちゃんの血で作られたチョコレート。
わたしがお姉ちゃんで濾過されて、お姉ちゃんの血になって、そして生まれた奇跡のチョコレート。
どんな高級なチョコも、お姉ちゃんの手作りには敵わない。
かけた時間が全然違うんだから。
「はい、お姉ちゃん。ちょっと早いけど今年の分だよ」
「ありがとう。さっそく食べてもいい?」
「もちろんだよ」
お姉ちゃんは出来立てのチョコを口に運ぶ。次の瞬間、お姉ちゃんの顔が曇りになった。
お姉ちゃんの言うことを聞いて、今日は純粋なチョコレート。だから足りないよね。深みが。
血液入りは当日あげるね。血液入りのご飯も、バレンタインまでは作ってあげないね。
妹血液に禁断症状が出てるお姉ちゃん……可愛いなぁ……
次にわたしの血が入った時が楽しみ……
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