絵も言えぬほどの

あの人が自殺した。

それを知ったのは、劇的でもなんでもない。

ひとつのニュースだった。

朝目覚めて、特に見る気も気にする気もなかっニュース番組。

そのニュースに映った自殺者の名前と顔写真。

それがあの人だった。

咄嗟に連絡を取ろうとしたが、メッセージを送信してもなにも反応もないその有り様と、後に親御さんか誰かも分からない代理の人から来たあの人が亡くなったという返信で、私は現実を理解した。


死は救済だと言っていたあの人としては、これは幸せに近いんだろうか?

けれど、こんな終わり方はなんともあの人らしくない。

いや、らしくないなんて、なんとも押し付けがましい現実逃避だ。

だとするともしかしたら、あの人らしかったかもしれない。

けれど……そう思わざるを得なかったのだ。


自殺者なんて珍しくもないこの日本で、あの人の自殺がニュースになるのには理由がある。

そして、その理由こそが、あの人の最後を、らしくないと私が評するのに繋がるものであった。


自殺方法は、飛び降りだった。

高い高いビルの上から、まっ逆さまに墜ちて、ペペロンチーノに早変わり。

それだけならありふれた死だったが、あの人の場合、その前があった。

なんとも、自分の腕を花弁の形に裂かさせて開き、それを落下地点に置いて、その後ビルを登り飛び降りしたらしかった。

…『意味も動機も』分からない。


精神のことを、あの人は特異点といっていたことがある。

理路整然とした世界を唯一歪ませられるのが人の心だから、ゆえに特異点、だと。

心、つまり情。

情のことを、狂気ともいっていた。狂気ゆえに、正義ではないとも。


……だとしたら、腕を花弁に開いてる時の痛いって気持ちで我に帰れよ。

狂気はお前の行動だわ……。


人の死だというのに少し『呆れ』もする。

いや、私をこんな気持ちにさせてるなんて知ったら、あの人は『面白がる』だろう。

なんなら、してやったり、なんて思うだろうか?

鬱陶しい。

癪なので呆れ『変える』ことにした。

いやそれだと逆か?


なんにしても、あの人はもうこの世にはいない。

変死とも、ある意味怪死とも取れる幕引きを成して、世界から消えていった。


「……そうだ、あの人はなにも残さなかったし、せめてこっちから何か嗜めてやろう」

故人に対して送る文、で、ある意味遺書だ。

書いてやる。書ききってやる。『プラスもマイナスも、恨みも妬みもつらみも苦しみも、怨も憎も害も悪も、なにもかもを』







「……」

筆は進まなかった。

いや進んだが、文章とも思えない駄作しか生み出せなかった。

せっかくのあの人への遺書だというのに。

言うなれば、あの人への祝辞にも値するというのに。


休憩がてら、スマートフォンを操作していたら、ネットニュースが目に入った。

あの人のニュースだ。


変死自殺 動機とは 自殺者の人生観


そんなタイトルや文字たちが目に飛び込んできた。

お前らが、あの人の何を知って、そんなことをパソコンで打ち込んでるのか。

憤りにも似ているかもしれない感情を抱くが、けれど、いやそれは私もそうかと、浮き上がった心も沈殿していった。

というより、私もなんで、あの人に遺書なんか書いてるんだろうか。


「はぁぁ……」

なんとも馬鹿馬鹿しくなった。

少し外へ本でも抱えて、気分転換でもしてみよう。

風情があって座れるところか、または風情なんて構わない俗のないところででも、居座って読書をしよう。


持っていくのは、スマートフォンと本のみ 、鞄も持たずに抜き身で家を出た。

夜中なのもあってか、荷物が億劫に感じたのだ。

鞄すらも今は荷物でしかない。


スマートフォンを左手に持ち、本を右腕で抱えて歩くと、まるで宗教勧誘の人間にでも見えてしまうだろうか?

いや、けれど、こんな抜き身の本、表紙で聖書じゃないとすぐにバレるだろう。

歩いていると色んな人にすれ違う。

面倒で服も適当だし、持ち物もすっとんきょうな持ち方をしているのだから、度々こちらを見てくるものもいる。

あぁ、鬱陶しい、俗世が私を認識してくるな。


この姿を見ているのが、あの人であったのなら、どうなっただろうか。

宗教勧誘に見えることなんかよりも、なんの本を抱えているのかについてを聞いてくるだろうか。

へーそんなの読んでるんだ、と『面白がられるか』

または、私もそれ読んだことあるよ、と『同情されるか』だろう。

えぇい、なんでお前が私の頭の中に入ってくる。出ていけ、『疫病神』


考えたくもないことを考えてしまって、無性に腹が立った。


もう少し歩く予定だったがそれも癪になって、近くのビルに居座ることにした。

なんかの会社だろうか。

よくも分からないが、適当に居座らせてもらうことにする。

ちょうど入り口付近に座れそうな低い階段があった。

駄目だといっても、是しか聞かない。JK様のお通りだ。


座ったら、コンクリートの冷たさが体に響いた。

ジーンと背筋に感触が走る。夜の世界は、なんとも冷えきっている。

本を開いて、文字を見る。

周りの雑音もだんだんと消えていって、ページをめくる音だけが頭の仲に残響する。

残響して、そして読んでいく文字とともに、ストーリーの中に体浸っていく。

はずなのに、けれど、どうにもストーリーは頭へ入ってこなかった。

読書が全然進まなかった。


はぁ、とため息をつきながら目頭を押さえる。

本では、ある登場人物が殺されるシーンだった。

そのキャラクターは、死にたくない、だとかの命乞いや、死なんか怖くないぞ、とかの強がりでもなく、また自分は甦るみたいな台詞を言っていた。

甦る、甦るか。

あの人の言葉を思い出す。


私はどこにでも居ますし、どこもいませんよ、今はただここにいるだけです。


あの言葉は嘘だったのだろうか。もうどこにもいなくなったではないか。どこにもいませんで止まるのは、それは、ズルではないか。


あぁ、またお前は私の脳内に出てくる。

考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。


脳内に沸いた邪魔虫どもを追い出そうと、髪を振り乱すように、頭を両手でかきむしっていた。


考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな……『考えるな』


すると、カラッとした音が鳴り響いた。

音のした方に目を向けると、隣に置いていたスマートフォンが動いているのが見えた。


着信を示す光が点滅している。

誰かから返信でも来たのだろうか。

手に取り、画面を開いた。

液晶は少し冷たい。こいつもコンクリートの餌食になっているようだった。

通知欄を見ると、緑のアプリの着信が来ていた。

ただの返信だと置きそうになるのも束の間、その着信先の名前を確認した瞬間、咄嗟にアプリを起動した。


その着信があの人であったからだ。

電波が悪いのか、アプリの起動に少し時間を要したのも私を焦らせる。

数秒の間のあと、着信主とのトーク画面にありつく。



〈本当は送る気なんてさらさらなかったのだけど、あまりにもあんまりだったから〉


送る気?一体お前は誰なのだ。

あの人のアカウントを使って、私に何を?

そう思っていると、すぐさま次の着信が来た。


〈あ、そうか。先にそこから言わないと疑われるよね。大丈夫、私だよ。一躍ニュース入りした、あの人だ〉


……こいつは本当に言ってるのだろうか。いや、スマホ越しにいるこの人物は、何を言ってるんだろうか?

あの人は死んだ。

ニュースにもなってる。テレビで放映されたのだ。覆らない世界だ。

そんな世界みたいなものを、あの人がコントロールしたとでも言うんだろうか?


〈まぁまぁ信じられないだろうが、黙って聞いとけ。全部説明してやるから〉


まぁ本当は説明なんてする気なんてなかったんだけどねぇ、というふざけた返信も続いて送られてきた。

なんだこいつ。



〈ここから長くなるぜ?〉



〈経緯は言ってやらんが、ある時に不思議な言葉を思い付いたんだよ〉



〈どんな言葉かは言わないけど、どうもその言葉がどうしても気になってね。ずっと頭の中をちらついて離れなくて、で、どうにかこうにかそれを声に、言葉に、したいと感じたんだ。けれど、まぁ無理だった〉



〈私にはその言葉を出力する力がないと分かったんだよ。紙に書いたり、スマホで打ち込んだり、そんなことをしてもこの言葉を現実の世界に文字起こしすることはできないなぁって〉



〈だから絵にしてもらおうと思ったんだ、その言葉をね〉



〈山田絵描けるでしょ。最近山田とは話してる?あんまり姿見せてないでしょ、Twitterにも〉



〈あ、山田も亡くなったとかじゃないよ。そうはならんように、引き上げたし〉



〈いや、引き上げたって言うか、押し戻した?まぁなんにしても、こっち側になったわけじゃないよ〉



〈で、山田にその言葉を絵にしてもらったんだけど、それを見ちゃった瞬間になーんか色々分かっちゃってねぇ〉



〈というか、多分私が思い付いたあの言葉は、多分思い付いちゃいけないものだったんだろうね〉



〈なんかダメなものと繋がっちゃったらしくて、その絵を見た瞬間に、こっちに来ちゃったんだよ〉


〈こっちっていっても、別に普通だぜ?普通に不変に、だからこそ異常で異様ないつもの世界さ〉


〈違うところは、そっちとは一次元だけ違うってこと〉


〈二次元上の存在が、三次元上の存在には干渉できないけど、その逆はできるだろ?そんな感じに今なってる〉


〈あえて言い表したら、私は今そっちの世界を読んでるよ〉

〈今まで変な感覚とかしなかった?なんか見られている感じとかさ〉

〈そもそもからして、私の死に方がおかしいでしょ?いや、私だったらあの死に方もするかもしれないからおかしくもないかもね?〉

〈けれどそっちのニュースで報道されたその死因は、私がこっちに来てしまったことで起こった世界の反動みたいなものだよ。本当の私は自殺なんてしてないさ〉

〈いつも通り、どこにでもいてどこにいなくて、いまはこちらにいる私だよ〉

〈私がそっちの世界を注視して読んだところは、カギカッコで表されているはずさ〉

〈一回上にスクロールして読み直してみるといいよ〉

〈そうやってこちらに来た私はそっちを読んでいるんだけど、他にも色々分かったんだ〉

〈ここの世界の人たちの中には、私のように元々そちらの世界で生きていて、こちらに来たって人たちが何人かいるんだ〉

〈その人たちが……いや、これはまた別の時に言おうか〉

〈まぁそんな感じさ〉


〈私は今のこの状況を解脱だと考えているよ〉

〈人とは、死んでも次の存在に生まれ変わる輪廻転生という輪の中にあって、永遠の生の苦しみから解放されることはない。そこから解放されるのが、解脱〉

〈一般的には解脱したら仏になると考えられてるだろうけどね。私としては虚無になったほうが救いだし、それを望むけれど〉

〈けど、実態は今の私のいるこの世界なんだと思う〉

〈死んだら人は生まれ変わる、同じ次元をずっと何かの生命たちとして苦しみ続ける〉

〈だが何かの拍子にもし解脱できたとしても、その次元が次のステップに進むだけ〉

〈次の籠から次の籠に飛び移るだけで、生まれてしまったものは、生まれてしまったから、もう永遠に終わることなく苦しみ続ける〉


〈泣いても哭いても、凪いで亡いままになる〉


〈これが私がここに来て知った全てだ〉


〈いやぁ、長かったね。すまんすまん〉


〈反応が消えたね〉


〈一応、私が見た絵ってのも、ここのトーク画面に添付しとくよ〉


〈見てもすぐにこうなるわけじゃない〉


〈私のようになるわけじゃない〉


〈現に山田はまだそっちの世界単位で言えば、生きているわけだしね〉


〈絵を見るだけなら特に害はないさ〉


〈理解しようとしたら別だけどね〉


〈じゃあ、もう私はいくことにするよ〉


〈他にも『読みたい』世界があるからね〉


〈あ、私の言葉にもカギカッコがつくようになったのか〉


〈これは私のいる世界も読まれてるってことなんだろうねぇ〉



〈じゃあ、そろそろいく。もし今言ったことを忘れたかったら、私のアカウントをブロックしな。そしたら、自然と記憶から消えていくから。事実それで山田は助けられた〉



〈一応言うけど〉




〈今回は引き込んでやろうか、とは言わない〉




〈来るなら自分で飛び込んできな〉




〈私になるにはそれからだよ〉










長い長い地獄のような着信が終わった。

死んでも死に続ける世界の、その先にあの人は行ったのだという。

いや今の文面をあの人が書いたのだと思うのがまず間違いだろう。

なぜならあの人は自殺したのだから。


馬鹿馬鹿しいとも言える。

言えるが、けれど。

そういえば、カギカッコ。

そう、なんとなくそんな感覚はあった気はした。

誰かが私を、いや私の世界を、覗いている気がしていた。

だからこそ私は遺書を書こうとして、だからこそ私は今、夜のコンクリートに座ってる。


「はぁ……」

悪徳宗教団体から、嫌らしい勧誘を受けたような気分だ。

ただそれにしては、晴れやかで、それにしては鬱屈としていた。


あの人から教えられたこの世界の死の形は、ただただ絶望でしかなかった。

この鳥籠にも似た世界で、永遠に生まれ続けて永遠に苦しみ続けるなんて。

しかも、その理由が、ただ生まれてきたから、だなんて。

理不尽すぎる末路じゃないか。

本当に、末路だ。袋小路にも似ている。

スマホの画面を開くと、画像を送信しました、という文字が見えた。


話に出てきた絵というのが送られてきたのだろう。


でもそんなものを見てなんになるのか。

……。いやでも。


結局、最後まで、あの人は、死は救済、という自分の言葉を否定しなかった。

永遠に生き続ける運命を考えても、その言葉を改めなかった。

希望でも見てるのだろうか?

いや、それこそ、らしくない。

あの人らしくないというよりも、あの人が被っていた性格(キャラクター)に申し訳が立たない所業だろう。

ひねくれた歪んでるあのコンテンツめいたあの人の人格(キャラクター)に。


もしかしたら、あるのかもしれない。

籠を飛び移り続けたその先に、もう飛び移ることのできない次元の最後まで行ったそこに。

解脱をし続けて、どんどん上の次元にいった、その最後に。


電源ボタンを押した。

スマホの画面が光った。

指先を滑らせて、送られてきた絵を開く。


……。

…………。

………………。

……………………。

…………………………。



そうか。

あなたが行ったところは、き


は 。


な 。


ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ。

! 。

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ。

れ 。

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

ㅤㅤㅤもㅤㅤㅤㅤㅤ。

ㅤㅤㅤㅤ。











ひねくれ女子高生のあいつが自殺したのを知ったのは、今朝であった。

一昨日ほど前に、他の友人の自殺をニュースで見たあとだというのに。


それも、変な自殺だった。

ニュースで言われていたものだが、なんとも『車に食べられる』ようにして轢かれたらしかった。

車に食べられる?意味が測りかねるが、そう報道されていたのだから仕方がない。


あの二人、ㅤㅤㅤㅤなやつらだったが、二人とも奇っ怪な死をし過ぎていた。


奇っ怪というよりも、もう狂気にも近い。だが、見方によっては、後追い自殺にも見える。

まぁ、そう簡単に評するのはㅤㅤㅤㅤでㅤㅤㅤㅤなことだろう。

やめておこう。


今日の天気は晴れだった。

窓から差す日の光が鬱陶しかった。

向かいの部屋からガチャガチャと音がして、弟が起床したのを知らせた。

お腹も空いた。なんか作ろうか。



というか。



さっきから『『誰か』』にみられてないだろうか?

なんなら、幾度か僕の思ったことを消されてしまっている気もした。

まるで消しゴムで文字を消すみたいに。

ㅤㅤㅤㅤな感じで。

……いや……きっと、それは気のせいだろう。

今日も僕の『『一日』』が始まる。

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