十(つなし)、九(いちじく)、傍らに君

最近同じ夢ばかりを見る。

真夜中の公園のベンチに、夢の中でぼくは座っていて、そこで待ってるといつも来る。



やぁ

待った?

いんや、ぼくもさっき来たばかり

また会えたね

うん、また会えたね



この夢を見てから何回も会ってる人。

といっても、ぼくが知っているのはその声だけだ。

公園の暗闇がぼくらをコーヒー色に染まらせているせいで、お互いの顔どころか輪郭もよく分からない。

鼓膜をくすぐるその声と、何となくそこにいるという体温だけが感じとれる。



十(つなし)の方は今日雨だった?

んーん、九(いちじく)の方は?

晴れてた、ちょっと寒かったけど



互いに名前は教えず、「十(つなし)」「九(いちじく)」と仮の名前で呼び合っていた。

なぜか名前を教え合うのが恥ずかしくて、ちょうど夢で出会った月が九月から十月にかけてだったから、せっかくなので月の名前で呼び合うことにして、次第に今の形に落ち着いていた。



今日すごくご飯が美味しかった

ぼくも美味しいもの食べたよ、へへ

こんな歌を覚えたよ

あー聞いたことある、いい歌だよね



中身なんてないふわふわした会話を、形なんてないフワフワした夢の中でしている。

端から見なくてもただの談笑でしかないこの会合は、意味なんてなくて少なくとも居心地はよかった。

そうやって話してるうちに、まるで時間だよとぼくらに告げるかのように、公園に道が現れる。

道は、公園の真正面に、右と左の二つに枝分かれしており、進むとこの世界から出ることができる。

その道は暗闇に沈んだこの世界で唯一瞳に映る色をしていて、自然と僕らは自分がどちらの道を歩けばいいのかが分かってしまう。



じゃあ、またね

うん、またね



そう言いながら僕らはその帰り道をたどる。

道の先には真っ白な光があって、それを踏みしめるとそいつらが全身を包んだあと、現実で目が覚める。

そんな日々を最近は繰り返していた。



🌖🌖🌖🌖🌖



今日もいつものように同じ夢を見る。

いつもの公園には、いつもの真夜中が広がっていて、そしていつもの君がいる。



やほ、十

やほほ、九



そんな変なニックネームみたいな呼び合いから始まって、ベンチに座って他愛ない話をする。

中身なんてない会話をずっと、笑ったりおどけたりふざけたりしながら、ただ声を出していた。

そうして、時間になって、腰をあげて、帰り道に行こうとしたときに、少しの違和感があった。



なにこれ、なんか歩きたくない

ん、んー?なんなんだろうねこれ



同じように夢の中で会いはしたし、公園はあったけれど、帰り道が片方なくなっていた。

なくなっていたというよりは、道の色が薄くなっていた。

色味も存在感も薄まっているその道は、信用に足りるものには到底思えない。

このままこの道をたどって、あっちの世界に帰ったら?

……なんとも嫌な想像をしてしまう。



ぼくの道使いなよ、ぼくの方は特になんともないし

いいのかな?なんとなくそっちはぼくの道じゃないって感じするけど

いいよいいよ、そんな変な道歩いた方が危ないって



二人で並んで、帰路についた。

帰り道で横に君がいる。

そのことがなんか不思議で、自然と頬は緩んでいた。



じゃあ、またね

うん、またね



並んで歩いてそう言って、道の先にたどりついて、お互いに真っ白い光に包まれた。

涼しげな感情のまま、あっちの世界に帰っていく。



🌗🌗🌗🌗🌗



その日から、ぼくの道で、一緒に並んで帰るのが習慣になった。

会って話して並んで帰って、その繰り返しだ。

この夢が一体なんなのかなんてものにはもうさほど興味はなかった。

ただいつものように夜があって、いつものように君の声があって、いつものように笑って、それだけでよかった。



あれ?

うん?



片方の道が完全に消えていた。

色味が薄まり、存在感も希薄になっていたあの帰り道だ。

もう最初からそこにはなにもなかったかのように、終わる時間になって、あの道は姿を見せなくなっていた。



…この夢ってなんなんだろうね

…さぁ、わかんない

この道が消えたってことはさ

うん



不意のその想像に、きっとお互いに嫌なものを考えてしまって、一緒に少し黙ってしまう。

この道が消えたってことは、の続きは分かるけれど、でも言葉にはしたくはなかった。



九はあっちの世界にもいるんだよね?

うん?うん、いるよ。それが、どうかしたの?

じゃあ大丈夫だ。たとえ『そうなった』としても、あっちで会えばいいだけだし

…へへっ、それはほんとにそう

なんか誇らしげだね

ふふん

あ、褒めてないよ

なんで?!



そんなことを言って、また笑い合う。いつものように、ぼくらのように。



じゃあ、またね

うん、またね



並んで帰ってるからいつもよりも声の近いその別れの言葉に、鼓膜をくすぐられながら、落ち着いた気持ちて目覚めた。



🌘🌘🌘🌘🌘



やほ、十

やほ、九

今日も寒いねぇ

半袖だと多分もう風邪引くよね



なんとなく予感はあった。



いんや?そういうわけじゃないよ?

じゃあどういうわけか説明してくれないと、ぼくは拗ねるよ3.2.1すねたー。

よーいどんよりも早く拗ねるじゃん。瞬足履いてそう。



でもその予感を圧し殺していた。



ここの公園ってずっと真夜中だからさ、公園の名前をヨルシカにするか、ずとまよにするかめちゃめちゃ悩むよね

足して、ずっとヨルシカでいいのににする?

ずっとヨルシカでいいのにはもうなんか最高じゃん!!!!!うるさいなぼく

自分で落ち着くんだね?情緒のフットワークが軽いね?



けれど、もう仕方ないんだよね。



案の定、ぼくの道が薄れていた。

色味も薄まりすぎて、少しぶよぶよしている。

道が片方消えてから、なんとなく分かっていたことだ。

ぼくの道も、きっと、次第に消えてしまうんだって。

そして今回はもっと違っていた。

なんてなくだが、けれど確信としてある。

この道は、多分一人しか使えない。この道で、帰ることができるのは一人だけだ、そんな嫌な予感がぼくをつかんで離さなかった。

君もその直感があったようで、君の沈んだような雰囲気がぼくのとなりから感じられた。


そんな君を元気付けるように、ぼくは君に、一緒に出ることを提案した。

同時に帰り道から出れば、きっと大丈夫だって言いながら。

いっせいので、足出して帰れば、きっと二人同時でも一人判定とかなったりするって、と茶化しながら。

同時とか言いながら、ぼくだけ足を出さなければ、きっと君は帰れると思いながら。


そういったぼくに、同時に出るんだからタイミング合わせるために手を繋ごうと君が言ってきて、少し照れるみたいにゆっくりと手を差し出して、ぼくは君と手を繋いだ。

そうして道を踏み出して、歩いて、道の縁に向かう。

道が、重い。重い泥の中を歩いてるみたいに、足が沈む。

ついた道の縁は、いつもの白い光が差していた。

ここに飛び込めば、足を踏み入れれは、帰ることができる……一人が。


じゃあせーのでいくよ、とぼくが言おうとしたその一瞬に。



ていっ

え?



不意に、体が揺れた。

そして真っ白の光にぼくは踏み込んでしまっていた。

気づいたときには遅かった。

君がぼくを押し出していた。

繋いだ手はタイミングを測るためなんかじゃなくて、こうやって使うためだったんだって分かると、なんでとかどうしてとか色々と言いたいことが脳内を駆け巡っていく。


足を引いて戻ろうとしても、ぼくの体を包み込もうと這い上がってくる光たちは、それを許そうとはしてくれなかった。

ぼくを包む光の白は、もうぼくを離さない。

道の縁に来てしまったんだ。踏み込んでしまったんだ。もう戻れはしない。

振り返ることもできず、戻ることもできず、もうすぐ喉も光に染まってしまって声も出せなくなるその一瞬に、ぼくは永遠を込めて口に出した。



「元気でね」

「またね」



そうして全身を白に覆われて、ぼくはあっちの世界に行く。

君はきちんと戻れたんだろうかと焦燥感にも似た感情に駆られながら、それでもぼくは───────



🌚🌚🌚🌚🌚



朝だった。

覚めた頭はぼんやりしていて、なぜか不安感が心の底に沈殿している。

この理由のない不安はなんだろう、なぜこんなものがあるのだろうと考えても、なにも思い出せなかった。

嫌な夢でも……僕は見ていたんだろうか?

そうやって布団の上で一人悶々としていると、視界の端にあるスマホの画面が光った。

遠目に画面を見てみると、緑のアプリの着信が来ていた。

手にとって開いて、いつもの顔文字の付いた君からの返信が目に飛び込んできた。


なぜかそれにぼくは安堵する。

……なんで今安堵したんだろう?

この気持ちの正体はわからない。


けれど

なぜか

また

会いたくなった。


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