Motor Boys life

ナシキ

第1話 鼠色のハイウェイスター



すっかり冷えた缶珈琲を飲みこみ、品よくゴミ箱に

放り込むと僕はバイクのエンジンをかけた、

黒い山並みが遠くに浮かぶ、夕闇はもうすぐ

そろそろ帰りにつかないとこの辺の寒さには耐えられない

街中とは冷え込みの凶悪さがまるで違うのだ。

そそくさと走り出す、

速度があがってくると大気もネバついてくる、それを更に

割くようにスロットルを捻り加速する、

咆哮さえも置き去りにするような

怒涛の加速が前方から覆いかぶさってくる。加速に負けぬよう

太ももとかかとを車体にピッタリと押しつけ、

ギュッっと絞り上げる、

スピードの愉悦が体中を駆け巡り充たしてゆく。

べつに何処かに急いでいる訳じゃない、

誰かに見せたい訳でもない、

ただただ疾走はしりたいだけ、

きっと太古の昔、人間が獲物を狩るため、恐ろしい敵から

逃げるため、心の底から速さを欲したであろう原始の記憶 

刻まれた本能、 たぶん僕を加速させるのはそういうものだ。

脇腹から立ち上った寒さが首の辺りを抜け、歯を鳴らす。


僕はいわゆる優良ライダーではない、

どちらかというとお上品ではないライダーの部類だ

無茶もやってきてる、生き残っているのが不思議なくらい。

「よくやった、上出来だ」って

疾走はしるたび度に、感謝と喜びを自分の心の中の神に捧げる

「Bikeの神様いつもありがとうございます、頑張って死ぬまで

生きます。」ってね、いやいや結構マジな話でさ、

バイクを駆る以上、死にたくないなら安全運転じゃ

まったくもって足りないのよ、

だって事故なんて相手がいる場合が多いじゃない、

自分がトチって、相手もトチるからぶつかる訳で、

過失割合なんてのはしょせんお金の話、

事故って死んじゃったらどっちが悪かろうが負けじゃない?

僕はそう思うんだけどね。

信じられないものが道路に落ちてる事だってある、

一度なんて拳大の尖った金属片が落ちててさ、

それを踏んじまった途端、 

「バンッ」って音と共にリアタイヤがぶっ飛んじゃった、

笑っちゃうよね。 

まぁ生き残ってるのは運のおかげ、神の奇跡よね、

そんな訳で僕は「Bike教」の敬虔深い信者でもある、

たぶんライムグリーンの神様だ、

お布施は常に十分だからご利益に恵まれてるのかもね

ゆえにいつも金欠気味なんだけど、はっはっはっ


ところで、僕の彼女バイクは少し変わっているんだ、それを

先に説明しておこうと思う、

Kawasaki Ninja H2

カワサキが初代Ninja(GPZ900R)から30周年を記念して製作した

とんでもないスーパーbike

基本コンセプトは、実用車でも、規制に縛られたレース用

SS(スーパースポーツ)でもなく、ライドを究極に

楽しむというもの

その一番の特長はスーパーチャージ・ド・エンジンだ!

S/Cスーパーチャージャーとは、分かり易く言うとターボのような

過給機の事で、エンジンへ機械的、かつ強制的に燃料を

送り込む仕組みだがS/Cスーパーチャージャー付エンジンではなく

S/Cスーパーチャージャーと一体化した専用設計エンジンを

積んでいるのだ、

当然ながら馬力は凄まじく、カタログスペックこそ200馬力

なのだが、(この状態でも最高峰レベルだ)ECUコンピューター

鎖を解き放つと軽く250馬力オーバーをシャシダイナモ

(車速、馬力などを測定する機械)上で叩きだすのだ、

通常、車であってもバイクであってもカタログスペックの数字は出ていない

7~8割200馬力の車ならシャシダイナモに乗せれば160馬力も

出てれば上出来だとされる、

つまり、これを例えるなら、車重1600㎏を超えるスカイラインGT-R

(カタログスペック280馬力)と同等以上の出力のエンジンを、

車重わずか238㎏のバイクに積んでいるのだ、もはやクレイジーとも言える。

川崎重工業はこのバイクを設計するために、バイク部門に航空宇宙部門

ガスタービン部門の技術までも移管し、川崎重工業総出で作り上げていて、

それゆえにH2のフロントマスクには川崎重工業のリバーマーク

が取り付けられている、。

完全に一人乗り、荷物も一切積めない、レース用でもない異端の存在

それが僕の彼女バイクNinja H2だ。


これから話す最初の話は、そんな僕と彼女H2

ちっぽけなバイクの世界に起こった

1つの事件と3つの事故、それにまつわるエピソード、

冬の終わりとでも言うような季節にはじまった事なんだ。

その日のことは何年も前の事なのによく覚えている、

それは無性にバイクに乗りたい夜だったからだと思う、

風呂上りに装備を整えた僕は扉をそっと開け外へ、音を殺しながら

バイクのカバーをまくり上げる、黒光りする機体、

せっかく上がった雨だ、今夜も乗るよもちろん、

メットからワクワクした息が漏れて白く流れる、

これ以上の事などないと心から思える。

その夜、僕はスルリと夜に駆け出した、行き先は、

最近開通したばかりの298号沿いにある道の駅舎いちかわ。


新しい道はやっぱり気持ちがいい、2017年 国道298号

真新しいアスファルトはタイヤがグッっと咬む、

ブレーキもギュっっと効く、最高だ!インカムから流れる

お気に入りの曲のリズムがヘルメットの中を満たして

気持ちを高揚ハイにさせる

気持ちにアクセルをつきあわせてやると、

あっという間に道の駅のド派手な照明が近づいてきた、

ここへはわき道からそっと入る道もある、

けど僕はそれを好まない、

クネクネとしたS字の入口を、小気味よく刻むように駆け抜け

入場するのがお気に入り、

僕の愛車はエンジンが浮かび上がるように発光するよう

LED照明で細工してある、光源はあくまで見せずに、

ボウッっとエンジンとメカが緑色に浮かび上がる様は、

アニメで見る得体の知れない動力機関か、

はたまた夜の水槽を泳ぎまわる熱帯魚を連想させる、

そのキラキラした彼女H2をヒラヒラとまたたかせながら

見せつけるワケ、なんでそんなLED細工をするかというと

う~ん アレだねアレ スズメバチの黄色と黒 

ムカデのド派手な赤黒 ヒョウ紋ダコの虹色 つまりは警戒色

「毒がありますよぅ 危険な生物ですよぅ 

ちょっかいだすと危ないですよぅ」って意味合い 

まぁ僕を知ってれば見紛みまごううことはないね 

実際、僕のバイクはバイク乗りなら誰もが知る

凄まじく速いモンスターバイクだけど、駄目押しだね 

僕は嫌な奴かもしれない。


バイクを自販機群の前にちょいと斜めに止める、

ここはロータリーの一部だけどバイク駐輪場が民家の前に

設置されてるというアホな設計ミスのせいで、公開そうそう

民家からのクレームの嵐が起きてしまい、運営側の人が

「バイク駐輪場に止めないでコッチ止めて!」って言われ、

しばらく前からそうしてるんだ、

まぁそれもこの時期だけだったな、

今の時刻は そう22時をまわったくらいか

暇を持て余してほかに行く処のない、あまり品の

宜しく無いように見える若者バイカー10人程も

同様に停めてる、族とかではないけど金の無い感じ、

すごく若いな彼ら

バイクの趣味が合いそうな同年代のバイカーに声をかけ、

今日まで全く面識のないソイツとバイクの話で盛り上がる、

最近お気に入りの時間、まぁたまにパトカーが来て、

ゆっくりと場内を流し巡回してゆくのがウザいが

何も悪い事して無いしね、僕は制限速度以外は

実に善良な人間だし

缶コーヒーを飲み、だらだらと過ごす、

金も使わないし気も使わない、それで十分

まぁバイクに乗らない人には何が面白いかサッパリかもね

バイクと体が冷えてくると、まるで深海のマリンスノーが

ゆっくり積もってゆくような穏やかな気持ちになった。

そんな時、若者バイカーの一人がスッと

近づいて来た、あ?誰コイツ?

ちょっと不審そうな顔の僕に、その若者は人懐っこい笑顔で

こう言った

「あの、ちょっとお願いがあるんですけど」

はぁ、困惑する僕に彼は続けた

「あの、僕ら高校生なんすよ、で、相談なんですけど、

もしパトカーがまた来て職質とかされると

僕ら補導されちゃうじゃないですか」

何言ってんだコイツ?だからなんだよ?

「もしそん時は、俺らの親戚のおじさんで俺らを

ココに連れてきた事にして欲しいんですよ」

ははっ大笑いしちゃった、

爆笑、どこから突っ込んでいいかわかんねぇ

そもそもそんなことしてなんの得があるんだ? 

が、まぁ・・・こういうことは笑っちゃったら負けよね

彼はリンと名乗った、安そうなTシャツにジーンズ 

スニーカー 顔はまだ中学生の名残があるような幼い顔立ち

今日は仲間5人ほどで来てるらしい、

まぁこの時間にバイクでフラフラしてるわけだから、

まぁそんな連中

「ははは、ったく、いいけどさ、ごまかせんのかよ?そんなんで」

「いや、もぅバッチリっすよ、それでお願いします。」

なんの根拠があるんだろう、いやいや考えたら負けよね

「ふーん、で、何乗ってんの?」

「あ、そこのバリオスです。その向こうのZRX400も仲間

のっすよ」

「ふーんカワサキね、いいじゃん、それより高校生なのに

バイクいいのかよ?」

「ウチの学校は学校に乗ってこなきゃOKっす。」

はぁ、もう3ナイ運動とかないのかね?時代は変わるねぇ

「ところで凄いの乗ってんすね、見ていいっすか?」

おや、ホントの目的はコッチH2かな?

「ふふん、かまわないよ」わかりやすいドヤ顔で

笑わせてやった。

するとリンの仲間もワラワラとこっちにやってきた、

どうやら僕のバイクに興味津々だったらしい、この日、

彼等とはバイクの話でおおいに盛り上がった、

しかしバイクという共通項はあるものの、流石に

ジェネレーションギャップはシンドイものがある、やれやれ、

まるで異星人とエンカウントしたみたい

これ、コミュニケーション取れるんだろうか?っと最初は思ったな

こうして俺たちは知り合い、それからしばらくはこの異星人達と

楽しく過ごす日々が続いた。 

が、その楽しい日々は長くは続かなかったんだ。


その日、もう季節は夏に入ろうとしていた頃だ、

僕は変わらぬ騒がしい夜を繰り返していた、バイクと、夜と、

話せる顔見知り,それらがあれば御機嫌って感じ、

ところで、バイクに乗る若者には何パターンかあるんだ、

おもにバイクの調達の仕方で、(笑)

まぁ図鑑を見るつもりでバイク乗りという動物の生態について

勉強しよう、

パターン1、バイトや仕事で稼いだ金をためて買う、

これは少数派

パターン2、親に泣きついて買ってもらう、あるいは

ローンを組んでもらうこれはまぁまぁいる、が、

バイクに理解がある親である事が前提になる。

パターン3、ローンが組めたら実質無料 とか

意味不明な事を言いながら無理矢理ローンを組んでしまう、

こういうのは滅茶滅茶多い、

まぁ親がバイクに乗るのを反対するのは珍しい事じゃないからね。

パターン4、とにかく金が無いから友達やら

ネットオークションから引っ張ってくる。

こういうのは玉石混交だし当たれば・・・

でも対外大外れなんだよね

買うほうもそれを承知で買うからイイとはいえ・・・

リンとたむろしてるグループは見事にパターン4だ、

バイクの整備状態はみな一様に悪い、

カウル割れ、コケ傷なんか全然良いほうで、

いきなりエンジンが掛からなくなるものとかザラで、

スイングアーム基部が錆びて腐ってるものや、灯火類の球切れ、

ブレーキパットが減り過ぎて基部の金属でローターを

削りはじめているもの、リアスプロケットが減り過ぎて

凸部がほとんど無いもの、

クラッチレバーの基部のボルトを紛失して替わりに

六角レンチを差し込んで使ってる奴までいた。

まぁ呆れるほど酷い、バイク屋が見たら卒倒しそうだ、

ケドね、僕は馬鹿にする気には全然なれない、

そもそもそのわずかな金さえ

高校生が工面するのは大変だろうと思うから、聞けば主に

バイトで稼ぐそうだが、生徒間のモノの売り買いや、

大人のフリしてパチンコで稼ぐ猛者もいるみたい、

なんかこうゆう雑草魂は嫌いになれないんだよね、

だから出来る範囲で(当然無料で)直してやったりしてた、

僕はおせっかいなのさ

そういう訳で、夏近くなった今ではバイクの事を色々

相談されたりするようになっていた、

リンにはよくつるんでる友人が二人いた、

一人はZRX400に乗るヨシノリ 

もうひとりはスクーター乗りのトモユキだ、

トモユキはもうじき中免が取れるらしい、そのトモユキが言う

「あのぉ、どっか安いバイク屋知りませんか?俺免許取ったら

速攻バイク欲しいんですよね」

「う~ん、安いったって普通に安いんじゃ全然

届かないんだろ?」

「そうなんすよ、免許でだいぶ金使っちゃったし」

「ふふふ、あるぜ、とっておきの手がさ」

「え?なんかヤバいやつっすか?」

「アホか!そんな訳ねーだろ、あるんだよバイク安ーーく

買える所がさ」

「え、マジっすか?マジっすか?」

「まぁモノはためしって言うぜ次の日曜空いてるか?」

「空けます、絶対、絶対っすよ」


埼玉某所 そこは大きなねずみ色の倉庫、としか

言いようがない、広さはそうだな、ちょうど小学高の

体育館を二つ長く繫げた感じ、床はコンクリートの打ちっぱなし、

天井は高い、20~30メートルはあるだろうか?

その一面にバイクがビッシリ並んでいる。

その数は150台以上はあるだろう、50cc 250cc400cc

1000cc それ以上も 車種もネイキッド SS もあれば

オフ車やツアラーと多岐にわたる、もっともそういうスタイルで

バイクを売っている店はこのバイク屋のを除けば

めずらしくはない、が、やはりその店は一風変わっている

まず、普通のバイク屋であれば必ず目にするであろう値札が

一枚も見当たらない、代わりに車体にQRコードの印刷された紙

が貼ってあり、携帯でそれを読み込むと車両価格を

確認することが出来た、そして車両の全ては

リアルタイムでネットオークションに掛けられているのだが、

ネットでの値段にを付ければ、

その場で商談を成立させることも出来た。

しかし何といっても驚くのは、その値段で驚くほどのだ

車両のほとんどが整備前の現状販売であるため、

業者オークションに数万乗せたぐらいの価格でバイクを

買う事が出来た。

もっともオークションから直で引っ張ってきたであろう

それらのバイクは昨日まで乗っていたような絶好調のものから

数年に渡って放置されていてエンジンがやっと掛かるものまで

千差万別だが、目が利けばバイク屋の仕入れ価格程度で

ワンチャン上物が買えるのだ、僕はバイクの目利き役ってわけ、

一角に設けられた事務スペースではトモユキとリンが金を貸すだの

借りるだののガチなやり取りをしている、

僕はお金持ってないからノータッチ、そう宣言してる

トモユキどうやらXJR400買っちゃうつもりのようだ。


だがバイク購入の熱に浮かされ、はしゃぎまくるトモユキとリン

をよそにヨシノリだけは若干不貞腐れていた、平静を装ってはいるが

隠せていない、

その訳はココに来るまでの道中にあった。


そもそもヨシノリは、その小さなバイク乗りの集まりでの

王様だった、若いやつのバイクチームや集まりには必ずいる 

仲間うちでは、一番バイクが早くて、一番バイクに詳しい

小さな集まりの王様だな、

彼は道の駅にたむろする1000ccのSS(スーパースポーツ)

乗りに誰とはなく声を掛けては、走りに連れ出し、

コースに見立てた周辺道路で自分のテクを見せつけて

悦にいっていた、

まぁ古い400ccで1000ccのSSを相手にしていた

わけだから、SS乗りがヘタレである事を考慮に入れても、

そこそこ早く乗れていたとは思う、

が、ここら辺は深夜とはいえ結構な交通量の街中だ、

周りの連中も、何度も「いい加減にしないと死んじゃうぞ」っと

にやにやしながら冗談っぽく忠告はしていたのだが 

彼は全く聞く耳を持たなかった、

そんななかでの、バイクに詳しい僕の登場は彼にとって

不快だったようだ、ありていに言って

「金持ちのおっさんが俺らの世界に入ってくんな!」

って事だろう。僕はまぁ良かれと思っての行動だったのだが、

なんともまぁ報われない話だろ? 


ニードモータース行きは、リンとトモユキのタンデム

ヨシノリ 僕の 3台だった、彼らと走るのは初めてだったが

まぁからトモユキの走りは

僕に対して挑発的だった、

後で「早いバイクに乗ってるけど、たいしたことないぜ、

アイツ」っとでも仲間内で言いたいのだろう。

僕の横に並び加速を繰り返す彼 僕の目から見て彼の

稚拙そのものだった、確かにアクセルをキッチリ開けはする、

キチンと調教すればモノになるかもなって感じ。

バイクってのは実に不公平な乗り物なんだ、

練習して乗れるようになってその後、徐々に運転が上手くなったり

速くなるのが普通だが、最初っから早い奴ってのがいる、

才能 というには余りにもしょーもない

神様の不公平 その意味でヨシノリは明らかに乗れる奴だった

が、彼の走りには他者の存在を全く考慮しないものだった、

車線変更する車の動きなど全く読んでいないから、

かなり強引に車をさばいてゆく、

その結果、驚いたドライバーがビクッっと車を回避行動

させたりする、

右車線の車を右から追い抜く事させいとわなかった。

僕はこういうは嫌いだ、僕はバイクを早く走らせたい

衝動を抑えられないさがを持ってはいるが、他の車、

バイクを怖がらせるような事は極力避けてきた、

そしてそのために他の車をよく見た、

5年10年と続けるとだんだん他の車の動きを

割と正確に予測出来るようになってきた、

事故らない為の貴重な経験値だ、そしてその経験は言う

「他者の存在の無い運転は速かろうが、死を招く」っと

実際、何人かの顔見知りのライダーの死も見てきている。 

僕の中の、絶対的な基準とでもいうもの、経験則だな

それがチリチリと「こいつヤバくね?」って教えるんだ。

ここで一つ言っておこうと思う、

若者はバイクが下手糞だ、それは事故統計にもハッキリ

現れている、だがそれは免許の書き換えや、免停講習で

目にする交通安全ビデオなどで言う、

若者は運転技術が未熟で・・・っていうのとはちょっと

ニュアンスが違うと思うんだ、

僕が思うに運転の上手さ、事故らない上手さ、とは操縦技術

や反射神経ではない、そうであるならば運動能力に長け

反射神経に優れた若者たちのほうが事故を起こさないハズだ

つまるところとは運転経験による

交通状況、情報の把握とノウハウの蓄積と

それから導き出される勘でしかないと思う、

わかりやすく言えばってのはそもそも

危険に近づかないのだ、

こう言っちゃなんだけど事故らない奴ってのは交通ルールをステレオタイプ

に捉えない、車列の最後尾にズっといる事はないし(見落とされがちな

バイクは追突されやすいから)

トロトロ走る怪しいクルマは、ウインカー無しで急に車線変更

や急ブレーキをするもの と考えてサッサと抜いちゃうし

トラックの死角から抜く事もない、

一般ドライバーには申し訳ないが、五月蠅いマフラーは他の車から

耳目を引くから見落とされる確率が格段に減る、

こうした生き残りの知識の蓄積が「このオバちゃん寄ってきてるけど

急に車線変更するんじゃね?やっぱりな」って判断を導き出す、

そもそも急に人や自転車や車が飛び出してきたりする公道は

サーキットより遥かに危険で経験を要する と僕は思う。


だからヨシノリと信号で止まった際に、「こういうトコでなよ、

思いっきり走りたいなら峠連れてってやるから」と

言ったのだが彼は黙殺した、

そして僕をかすめるように加速したのだ、「なるほどね・・・」

僕の中で何かが カチリッ と音をたてスイッチが入った、

 のと  の違いを教えておく必要がある。

OK!小僧 わかった、ワイルドにいこう! じゃないか


前の1台をかわせば先はクリアだ、合流もしばらくない無い

前の車が左に車線変更する気配を感じた僕はあらかじめ

右に抜けるコース取りをした、案の定、

前を塞がれて急ブレーキを握る、彼がその刹那

僕はフル加速を開始した、

リッター(1000ccクラスのバイク)と400ccの絶望的なまでの差

を見せつける怒涛の加速

フロントがリフト(ウィリー)しているが構うものか

そのまま500メートル程も引き離し絶対彼が追い付いてこれない

スピードで巡行してやった、

これだけやったならバイク乗りなら誰もがハッキリ敗北を

認識するだろう、

スロットルを緩めるがもうミラーには彼らは映っていない

すっかり後続を引き離してしまった僕は気持ちを

クールダウンさせ路肩にバイクを止め彼らを待った、

ヨシノリはその後も、あいかわらず挑発はしてきたが、

僕は次の信号からは一切挑発に乗らず、普通にしか走らなかった、

まぁ心の中は敗北感と虚しさで、さぞかしのたうち回ってることだろう

スグにでもプライドを払い戻したいんだろう?

バイク乗りとはそういうものだから、もちろん理解は出来る、

が、僕の知った事か


ニードモータースに到着すると

リンとトモユキは「リッターってやっぱすごいっすね」っと

興奮冷めやらぬ様子で話しかけてきたが、すぐに興味は

バイクが詰め込まれたおもちゃ箱に移り、二人は我先に中へ

飛び込んでいった、

ただ一人、自分のバイクを見詰めるヨシノリ 口数は少なかった。

この日を境にヨシノリは僕に心の距離を更に置くようになった。 

そう感じる。

相変わらず顔を合わせるが何処か余所余所しいのだ、

時が解決するだろう、その時の僕はそう思っていた。


あの一件以降、ヨシノリはますます道の駅舎周辺道路の

サーキットごっこにのめり込んでいた、マフラーは

スッコスコの直管マフラーに換装され爆音を吐き出していたが、

彼は更にそれをレブリミットにまで回しきって撒き散らしていた。

何かに憑りつかれてしまったかのような無茶な走り、

だが僕に挑んでくることは終ぞなかった、まぁそうだろうな

「バイクの性能が違うからしょうがない」っと周囲と自分を

納得させるしかないだろう。

実際、性能差ではある、が、

大きいバイクに乗っている奴は大概乗れていないから敵ではない、

っと高を括っていた彼にとって大型を乗りこなす手練れの存在

は間違いなく目障りな存在だったハズだ。


ところで最近ではこの道の駅舎も、すっかりバイク乗りの

集まる所として認知されてしまった。

SNS、主にT-ツイート(世界最大級のSNS)に頻繁に投稿された

事で、今迄とはケタ違いな台数が集まるようになった、

地元で無い奴が一気に増え、当然トラブルも激増した

大声で騒ぐ奴はもちろん、違法マフラーで爆音を轟かせるもの

298号で派手にウィリーをぶちかます者、くだらないイザコザのたぐい、etc.

空き缶やゴミはそこらに放置され、明らかに以前より環境は悪化した、

土日の度に繰り返される、

お祭り騒ぎ、徐々に規制が厳しくなってゆく、

此処もエバグリ

(バイク乗りが聖地のように集っていた場所、閉鎖された)

のように閉鎖される、そんな噂が流れ始めていた、


雰囲気の悪化に、これではいけない、と活動する地元ライダー

もいた、筆頭角はキヨスケだろう

彼は毎日のようにSNSに

「今日は場内でフカしてる奴に迷惑だと注意しました!

迷惑行為は許さない」だの

「空き缶、ゴミの放置はやめて下さい」だの投稿していたが、

ヨシノリの例の直管の爆音違法マフラーは彼が売りつけたモノ

である事を僕は知っていた。

こんなん笑うわ ってやつだな


ヘタレの1000ccSSを手玉に取り得意気になるヨシノリ、

そして、それを目にした彼の周りの連中も、その走りの影響を受け

運転が雑になってきていた。

400ccで格上のバイクを負かすってのは若者には分かりやすい

カッコよさなのだ。嫌な予感がした、

「俺もああいうふうに走れる」そんな気分が仲間内で

蔓延すれば反射神経やテクの無い者からポコポコ事故を

起こすようになるだろう、

僕とってはってやつ。

彼らに何か言ってやりたいが、かといって僕には

上手く伝えることなど出来ないように思えた、

なぜなら自分自身がかつてそうだったから・・・

結局のところ、酷い目にあわなければ彼らはスピード

を求めるのがどういう事なのか、理解出来ないだろう、


この場所が、自分の求めるものと少しずつ違ってきたのを

ひしひしと感じる、

僕はこの場所と距離を置くべきかも知れない、

そう思い始めた矢先、

リンのバリオスが事故った。


僕は身の回りがこういう状況になった場合、基本的には

静かに距離を置く、道路に撒き散らかされたクルマや

バイクの部品、もしくは最悪の場合 ひしゃげた人だったモノ

そんなものを見せられるのはゴメンこうむる。

ヘタに説教したところで反発されたり逆恨みされるのが

だしな、けど・・・


リンは鎖骨を折っただけで済んだ、

正直ホッとした、死ぬこと以外はかすり傷って言うだろ?

言わない?バイク乗りだけかな

ともかく駆けつけた病院でリンの無事を確認したが

僕の気持ちは晴れなかった

やはり苦い事ではあるけど彼らに何か言わねばと思った、

よせばいいのに


幾日かすると、もっと決定的な事が起きた、

今度はヨシノリが事故を起こしたのだ,

最近ここの常連連中に強く勧められて入った

SNS(T-ツイート)に断片的な情報が上がる、

詳細を聞くために僕はに向かった。


に着くと、そこには主だった常連連中が

勢ぞろいしていた、同じようにT-ツイートを見て

来たのだろう。皆、情報を交わし合っている

「いつよ?」

「どこで?」

「んで怪我はよ?」

「相手は?」

「バイクは?廃車?」

そんな言葉が飛び交う、事情を知っている奴が

もう何度も同じ話を聞かれる度に話していた。

その話によるとこうだ、

ヨシノリはを友人のYZF‐R1とやって

いたらしい、

298号を走って、脇の細い道に入って農道のような細い道を

グルリと回って返ってくるいつもの周回コース

事故った場所は、ここのすぐそばの信号のない農道との十字路

おそらく120キロ以上で走っていて脇の農道から出てきた

ライトバンの横腹に突っ込んだらしい。

携帯で撮った画像を見せられた、彼のZRX400のひしゃげた

フロント回り、どうやったものか上下逆さに屹立している車体、

ドアが凹んだライトバン、ちらっばった部品

幸いな事に怪我は打撲程度らしい、相手も無事

まったく・・・骨折とかはないって話でホッとしたよ

しばらくその話を常連らと話していると、

当の本人がスクーターに乗って現れた。

リアタイヤをわざと滑らせ、乱暴に駐車する、

常連連中に健在をアピールしたいのだろう、稚拙な発想の発露

分かり易く不貞腐れている、無事な姿をみて安心したと同時に

ヨシノリの顔をみた僕の顔は少し曇った。

「事故るハズが無い運転が早くて上手い俺なのに、

俺は何にも悪くない、飛び出してきた車が悪い。運が悪い。」

そう顔に書いてあったからだ。

僕は内心、「オイオイ、そうかもしれねーが、ヘタクソが

こんな農道みたいな所を連日深夜、150キロを超えるスピード

で走り回ってるのもどーかしてるだろうよ。」っと思ったが

ヨシノリはこう言い放ったのだ、

「くそ!すげーツイてねーよ、ムカつく、早く速いバイクに

乗り換えよう、事故で金は入るだろーし。」

あきれてしまった、なので、思っている事をキッチリ伝える事にした。

あーあ、まーた嫌われちまうなぁ、僕自身、僕のこの性格は大嫌いだ、

ケド言わないと死んじゃうだろうしな、

(言ったところで変わらないかもしれないが・・・)


「オメェーふざけんなよ! 今回死ななかったのは

運が良かっただけだろーが、何がツイてないだよ、

こんなトコで疾走やるな、つってんだろ!

いろんな人からも言われてんだろーが、マジで死ぬぞ」

僕は怒鳴っちゃった、でも半端じゃ伝わらない話だからな、

ビクッと驚き、彼は下を向いて少し震えながら答える。

「だ、大丈夫っす。」

「どこら辺が大丈夫なんだよ、キッチリ死にかけてるだろーが、

ヘタクソが!走り変えないとマジで死ぬっつってんだ!」

「・・・大丈夫です。」うつむいた顔から表情は見えない。

「大丈夫だ?大丈夫じゃねーよ、よく考えろ!」

が、次の瞬間、彼はスクーターのハンドルを引ったくるように

掴むと猛スピードで何処かに走り去った。


この時の僕の言葉は、本心から彼に死んで欲しくないから

出たものであったししばらく話とかは出来ないだろうけど、

いつか分かってくれる、時間が解決してくれる、

運が良ければ僕の本心をくみ取った誰かが彼に

やんわりと伝えてくれるかもしれない、思いは伝わってくれる、

そう信じていた。


次の日、仕事から帰ってきた僕が自宅のガレージで見たのは、

ブレーキライン、その他が滅茶苦茶に破壊された僕の愛車の

惨状だった。イタズラというには悪質過ぎる犯罪


その後の事件の扱いについては、事件の半年後

事件担当警察官の久木山の言葉に集約できると思う。

久木山という警察官は僕に言質を取られないよう慎重に言葉

を選び僕に言った。

「んーつまりですね、現在の日本の法律では、誰がどう見ても

コイツだろうってわかってても、起訴までもっていける確実な

証拠がないと、未成年にはちょっと手を出せないんですよ。

もちろん今回の事件は悪質ですし、私たちも捜査しました。

その結果、犯行は目撃証言から午後2時頃、その時刻に犯行声明

らしき書き込みと削除を彼はおこなっており、

当日容疑者である彼は学校を休んでます。

犯行に使った乗り物の特徴を5000台調べて該当車輛が

この地域でことも分かっています、

ですが未成年では、

呼んで事情を聞くことすら出来ないんです、

それが現状なんです。」

つまり放置、泣き寝入りって事ね、なんてこったい、

あきれるね、まったく。

俺はひとこと言わずにはいられなかった。

「でもね、おまわりさん、彼を今立ち止まらせてやらないと、

反省させ凹ましてやらないと、彼はいずれ大きな代償を

払うことになると思いますよ

このまま超絶絶頂に突っ走ればいつか壁にぶち当たる、

僕は死んじゃうんじゃないかと思ってます、

比喩表現でもなんでもなくね、

僕が何かやるわけじゃないですよ、傲慢ごうまん

がもたらす身の破滅ってやつですよ。」

僕は久木山をじっと見据えて言った。

「意外だなぁ、それを望んでるのかと、」

久木山は口調があきらかに変わった。

「バイク乗りとしては殺意すら覚えますが、

人としては何とか救えないかなとも思うんですよ。」

「報われない話だねぇ」久木山が言う、ああその通りだよっと僕は思った。


まったく不愉快な話だし、僕自身思い出したくもない事の経緯だが、

覚えている限り起こった事を書いていこうと思う。

最初にみんなに言っておくけど、僕は未だに一点の曇りもなく彼が

犯人だと思っている。

事実が明らかになる事は永遠に無いと思うけど・・・


バイクの損害は結構シャレにならないものだった、

2本のブレーキラインがニッパーのようなものでぶち切られ、

ブレーキフルード(ブレーキ液)が全部流れ出していた、

このブレーキフルードというものには塗装を腐食する性質があり、

これがぶっかかったホイールは塗装が剥げ落ちていた。

その他にもスピードセンサーケーブル、クラッチライン、

ヘッドライト配線が切断されており、被害額は30万程にも及んだ、

破壊の仕方から犯人はバイク関係者に間違いないのは明らかだ、

だが僕は顔見知りのバイク乗りから距離を置いて3年以上にもなるし

転居などもあってずっと疎遠だ、彼以外には全く心当たりは無かった、

仕事でも問題なし、女性関係も浮いた話や修羅場はとんとご無沙汰、

どう転んでもアイツ以外考えられなかった、

まぁ犯行声明ツイートされてるしな、あれこれ考える必要もなかった

アイツめ、たぶん高いバイク乗ってるから金持ちだとでも

思ってんだろうなぁ、

あいにく僕はカツカツなんだけどな、はぁ~死ねばいいのに。

2回に渡る指紋採取でバイクは銀粉まみれだった、

これがアルミの粉なんだけど、まぁ~取れない、洗車しても取れない、

糞っ 死ねばいいのに。


もちろん事件が起こってスグに本人に凸もした、

で、近づいていっただけで

ビビり散らかしていたからもう白状したも同じだった、

キョトンとする周りには何も説明せずに本人にだけ向けて

僕は言った、

「自分のやった事がわかってんのか?後で謝りに来い」

ドスは効いていた、僕は怒ると怖い。

彼はうつむいたまま、表情は長い前髪の向こう側、

少し震えているようだ。まわりはあっけにとられたまま

何があったんだ?って顔をしてる

僕はそれ以上何も言わずその場を去った。

結局、ヨシノリが謝罪に現れる事はなかった。

それどころか、しばらくすると僕は道の駅舎いちかわ常連連中の間に 

ヨシノリを証拠もないのにバイクに悪戯した犯人あつかいする酷い奴

って事になっていた、

ヒデー話、こっちは捜査に関することは一切口止め

されてて話せないのにさ、


更に事件後設置した監視カメラにはちょろちょろ

不審人物が写るようになった。映る度、SNSには同期して

おちょくるようなヨシノリの書き込み、なるほどね、

こうなっちゃうとバイク乗りとか弱いモンよね、対応策ないもの


僕は腹いせに愛車が受けた犯罪写真をSNS上に晒して

「こんな事をする奴は屑だ、絶対に許さない、

もうバレてんだよ未成年だからって逃げ切れると思うなよ!」

ってつぶやいてやった

犯罪行為に対する宣戦布告世界発信だ

僕の予想に反して、瞬く間にその書き込みはバズり僕の携帯は

応援メッセージで鳴りやまなくなった、

「許せません、捕まえて絶対償わせて下さい」

「未成年だからって警察が動かないのオカシイだろ」

「犯人分かってるんですよね、捕まえて晒して!」

見知らぬ応援・・・

5000~6000人ほどフォロワーが一気に増え、

SNS上は犯人への怒りのメッセージで溢れ

しばらくの間続いた。

同じものが彼の携帯にも流れていたハズ、さぞかし

いたたまれなかったろうと思う。

こうなってくるとは愛嬌のあるヨシノリを

擁護し、僕を敵視しだした、そして反撃の書き込みを始めた、

「証拠もないのに犯人扱いするのを止めるべきだ」

とかなんとか

「見たこともない人間が味方に付いて嬉しいのか?」

僕はこれらには一切反応しなかったが、

僕を応援するフォロワー勢は

「人物が特定できる書き込みはしていない、嫌なら見るな」

「犯人の仲間?バイク乗りなら許さんでしょこんなの」

っと散々にボコボコにしてしまった、

それによって反撃書き込みは絶え,そのうち監視カメラにも

誰も映らなくなった。

そして1年余りが過ぎた・・・


その1年間の事は特に書くこともない、僕は毎週のように

房総方面に出かけ、山の中を走り込んでいた、基本ソロだ、

もみじロードや鴨川の峠道なんかを自分のペースで

のだ、本来これが僕の僕らしい

バイクライフ

この頃になると、に行く頻度は

かなり減っていたが、僕は変わらない態度を貫いた、

行きたい時に行って話したい人と話した、

僕にはやましい事なんて無いしね

そして多くの常連が姿を見せなくなり、また新しく来だした奴が

この場の顔になってゆく、今では知らない顔のほうが多い。

僕はヨシノリを見かけてもスルーした。

もちろんの件で、怒っていない訳でも

許した訳でも、ましてや諦めた訳でもない。

むしろ激怒していた、

はらわたが煮えくり返っていたといっていい

それでも報復するも、も無かった。

言ってしまえば、僕にとって既にケリのついた問題だからだ。

考えてみて欲しい、

「アイツ気に入らねーよ、みてろ、ブッチ切ってやる。」

そう言って周到に準備しだす奴、こういう奴なら相手にするに値する、

が、物言わぬ、反撃もしないバイクに対して攻撃するって事は

心の内で、

なわけ、すでに心の折れた負け犬を蹴り上げる趣味はない。

スピードマニアのバイク乗りなんてものは結局何処まで行っても

このちんけなプライドの先にしか存在しない、

コッチのほうが早い 価値基準はそれだけだ


ヨシノリなんぞ相手にするに値しないド三流ライダー

僕にとってその程度の存在ということになった。

すでにヨシノリも1000ccのSSに買い替えている、と聞いた気がする

が、挑んでくる気配もない、どっ白けだ、つまらない奴


僕は嫌われたり、恨まれたり、は平気だが、さげすまれ

無視されるのだけは御免だね。

たまに僕が現れるとヨシノリはスッとその場から立ち去る、

チキン野郎め!

そんな日々が続いた、なぜか時間が止まってる感じがした。


ある夜、僕は帰宅のためいつもの道を走っていた、

たまにヘルメットが金木犀の香りを拾う、もうそんな季節か、

そんな事を考えながらバイクを

走らせていた、すると猛然と追走してくるバイクに気がついた、

ん、結構速い、コッチはもう捕捉されてるな、

僕は一旦引き離す事にした、速いバイクに乗ってるからって

で走りっこする訳じゃないんだよ、

目立つバイクだからクルマ、バイクに挑まれることは日常茶飯事

だけど、いちいち全部相手してらんない、

特にヘタクソに張切られると危険だし、無理して勝手に

自爆するのを目撃するのもヤダしね、ガバッっと引き離して

「ああ、コリャ駄目だ」って諦めてもらうのが1番理想的なんだ。

ところがこのバイク、貼り付いてくる、

へぇ〜ナルホドナルホド、ヤル気なわけね

面白い、ここでようやく興味をもった僕は,分析開始 

音から4気筒なのは間違いない、

小さいね、SS(スーパースポーツ)だ

単眼って事はKawasaki10Rシリーズや

HONDA CBRシリーズでも

YAMAHA R1シリーズでもない

これらのシリーズはたいがい複眼の片目点灯だからね

ずんぐりしてないところをみると隼(GSX-R1300)でもない、

ははぁ SUZUKIのジスペケね、

あ、GSX-Rシリーズの事をバイク乗りは

通称ジスペケって呼んでるんだ、Xをペケって読むの

コストパフォーマンス抜群の、

貧乏人の核兵器って感じのバイクだ。

2004年以降のモデルなら2018年の今でも、

他の現行国産1000ccSSと互角に渡り合える実力を持つ、

軽さと操り易さに長けた傑作シリーズだ。

年式までは分からない、こういっちゃなんだが格好良んだけど

年式で形があまり変わらないからね、

更にはカウルを変えてるから余計にわからない、

が、おそらくタイプK7かK8だな、薄汚れた傷だらけの白ゲルカウル、

転けたりしてカウルを破損したやつがよく(仕方なく)修理で付ける

レース用の安いカウルだ、まぁのは長所だな

こういう奴にはヤバいやつが多いのよね、

まぁ先の信号は赤だ、

横に並べたらじっくり見させてもらうべよ、っと

ところがコイツ、不可解な事に横に並べない、

車体1っこぶん後ろしかもコッチのミラーに写らない位置、

これはミラーを見てヘルメットが写ってるかどうかで

やってるほうにはスグ判断できる、この位置はコイツの意図的

なものだ、よく白バイなんかが取り締まりなんかで

得意気に刺してくるあの角度に停めてる、

それでいて闘志はマンマンって感じ、

不愉快な奴

こんな位置につけてコッチにプレッシャーを

かけてるつもりかね?もしくは俺に見られたくない、とか

ん?・・・見られたくない、か・・・

こういうことを仕掛けてくる奴だ、

当然ながらこっちの車種には気が付いてるだろう、

僕のは個体数の少ないバイクだ、それがライムグリーンに

発光していれば、僕だと確実に識別出来る、

看板あげてるようなもんだしね

・・・僕を知ってる、か、・・・ほっ

へぇ~ ふ~ん、なるほどなるほど、 なるほどねぇ

良いの選んだじゃないか、上出来だよクソガキ! 

まったく嬉しくなるねぇ 理解がようやく追いついた。

ちと早いがハッピーハロウィン!!ってやつだな、コイツはぁ!!!

くそっ年食ったかな、即座に状況を理解できなかった自分が

糞に思える。

トリック・オア・トリート♪ 

お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぜ!!しっかり(アクセル)開けてきな!


武者震いするS/Cスーパーチャージドエンジン、の

力強い鼓動は手の内にある。

モンスターを完全に調教テイムしている実感、

視野を広く取りつつ軽くレーシング(アクセルをふかす事)

怒りや気負いはない、周囲にはいま、この2台だけ

コイツは間違いなくだ、ならコイツが

何者であろうと、速かろうと遅かろうと関係なく、こういう場合

僕等バイク乗りに答えは一つしかない


全力をもって迎撃インターセプトする!


今、信号シグナルが変わろうとしている。

糞餓鬼、そら、スタートだぜ!


驚いた(ちょっとだけね、ちょっとだ)事に、

ほぼ互角だった、時間にして1~2秒かな?

まぁ向こうはに軽い車体 (166㎏~203㎏)

ベラボウに軽い肉体(50㎏~60㎏くらいか?)

そして十分な馬力(178㎏~185㎏)


対してコッチは重い車体(238㎏)に

ズングリな肉体(70~80㎏って感じ)

そして狂った馬力(253+α)、



軽さで相手の出だしが良いのは想定内、そして キタぜ♪

H2の S/C《スーパーチャージ》!!

無敵モード発動ってやつだ! マジで背骨が軋む!んぐっ

ぐいぐい引き離しはじめる僕の彼女ビースト

奴は更にアクセルを開けたようだ、

僕の加速に対してが遅い

粘るじゃないか、ここ何年かで一番歯ごたえがあるぜ!

え、最初っから全開じゃないの?って思った?

このクラスのバイクはスタートしてすぐ全開じゃ

ウィリーしちゃうんだ、当然アクセルを開け続けると

ひっくり返る、いわゆるメクレるってやつだ、

だからウィリーしないギリギリを狙ってアクセル開けるワケ

奴のジスペケがパワーリフト(ウィリー)を始めた、

見えてるわけじゃない

奴のライトの光軸が上を向いたから分かるだけ、

奴のジスペケはもう加速出来ない、対して僕の彼女ビーストはココからが

本番、ローンチコントロール

(ウィリーしないように出力を電子制御する装置)

が効き、前輪をわずか数センチだけリフトさせ怒涛の加速を続ける。

チート?ああ、そうかもね、

でも関係なく容赦なく一気に突き放す、完璧に打ち負かす。


心の中で奴に話しかける

ようやくプライドを取り戻しにきたな糞餓鬼の王様

どうだい、面白いだろうが?

小細工せずに最初っからこうすりゃ良かったんだ、馬鹿野郎

走るなって言ってんじゃねー

下手糞を卒業してこいってこった


次の信号、タイミング的に僕は抜けれるが

奴のジスペケは無理だ、僕としてもここで決着ケリをつけておきたい、

そして、やはり奴は信号に引っ掛かった。


キュルルルルルルルルーーー 

アクセルを抜くとブローオフの怪音が夜に響いた

僕はそのまま走り去る、

じゃぁな、バイバイ、またな 心の中でそうつぶやく

凍っていた時計がジワリと動き出したような気がした。

後ろからの視線には気が付いていても振り返ることはない。


あれから一か月程たった。月曜日の朝はかったるい、

あくびをして目をしょぼしょぼさせながら

充電コンセントの刺さったままの携帯をおもむろに取る

起き抜けにT-ツイートでも見て

「仕事行きたくないで御座る病」の

症状を和らげないとな、ああ、珈琲が飲みてぇ

んーやたらと書き込みが進んでるなぁ

そういやぁなーんか忙しくて昨日の昼から見てないや、

日曜は書き込みが多いしな

親指を滑らしどんどん過去の書き込みを呼び出す。

たまに止まる画面に は、とした。

チラリとした文面がチクリと刺さった。

「嘘だろ」

「お前を忘れない」

「ずっと一緒だぜ」

T-ツイートのバイクのカテゴリーで、

これまで何度となく目にした文面達、これだけで分かる、

誰か死んだのだ。

何処だろう?

T-ツイートは世界発信だし全国の書き込みが集まる。

急いで親指を滑らす、その疑問はすぐに解けた、

高速によく似た一般道の中央分離帯、そこに置かれた

花束や様々な大きさのカラフルな缶飲料

まぎれもなく僕の通勤路だった、

ああ、これは・・・知り合いなのを覚悟した。

せわしなく検索してゆく

その一つに指が止まった。

「一緒に走ったばっかじゃねーか、こりゃないぜヨシノリ」 

なんだって?

関連の書き込みを読み漁る、まぎれもなく奴のことだった。

公式なニュースも見て裏を取る、間違いなかった。


〇月〇日(日)の午前8時頃、千葉県市川市の県道298号、

国分6丁目付近で大型バイクの男性(20)がトラックに追突、

バイクの男性はその場で死亡が確認された。


即死だった。


複雑な感情が噴出した、すぐに咀嚼するのは無理だった。

僕は事情を知っているだろう数少ない味方の知人に電話を入れた。

「これ、何があったんだ?」

「いや、見ての通りですよ、報道の通りっす、

ヨウ〇ベに動画もあがってますよ。ドラレコのやつ 

298 バイク 事故 ですぐ出ますよ」

「マジか・・・いいや、いったん切ってソッチ見てみんわ、ありがと」

僕は電話を切り早速検索してみた、即、動画にヒットした。コレだ。


迷いなく再生する、

画面の中ではドラレコの映像が流れていた、

僕が見慣れた通勤路、

なぁ、なんでこういうドラレコの再生映像って少し

くすんで灰色がかって見えるんだ?誰か知ってる?

道路は渋滞してトラックがひしめいている、

そこへ猛スピードでバイクがすり抜けて去っていく、

白ゲルカウルのジスペケ

ヘルメット以外にはプロテクターはない、

上着はぺらぺらとした鼠色のフリースで、

風でめくれあがって旗めいている。

あれだけプロテクター入りのにしろって口酸っぱく言ったのに・・・

トラックの合間を真っ直ぐ抜けていく、

だからトラックの死角とか意識しろよ馬鹿

画面につぶやく、 僕こそ馬鹿みたいだった、

そして移り変わる画面、 

止まっているトラック 

潰れたバイク 散らばる破片 道路のシミ 

傍らに立つトラック運転者らしき人物 

そしてモザイクのかかったひしゃげた鼠色のなにか、

ピクリとも動かない、

それで終わり、ほんの何十秒かの動画

動画の感想欄はかまびすしい、

「イキリ馬鹿がトラックに突っ込んで死んだだけ、」

「こんな運転してりゃ、そりゃ当然でしょ」

「急に車線変更されたかな、ま、このスピードじゃな」

「これトラックの運転手がかわいそうだよな」

ああ、そうだよな、その通りだよ、まったく、くそっ


夜になってに顔を出した、は今じゃ

バイク乗りにこう呼ばれてるんだ。

現場に行って悲しんでやるいわれはない、

奴は僕の彼女バイクを闇討ちした卑怯者で敵だ、

あの頃の常連連中を何人か見かけた、

ひとりで缶珈琲を飲んでいると、一人が僕に話しかけた。

知った顔だ

「なぁアイツ死んだの知ってる?」

「ああ、知ってるよ、だからこうなるっつったんだ馬鹿が」

履き捨てるように言った僕の言葉に幾人かの

敵意ある視線が向けられた、

「不謹慎だろ、人が死んでるんだぜ」誰かがボソッっと言う。

黙殺してバイクに寄りかかり、おもむろにT-ツイートを

覗き込む。

書き込みは悲しみポエムで溢れていた。

馬鹿らしくなってバイクを始動させを後にする。

「お前を忘れない」

「すっと一緒だ」

・・・か、そんなに大事だったんなら

言ってやれば良かったんじゃね?「危ない運転はやめろ」って

少なくとも僕の知る中で「アイツが死ぬとは思わなかった」

っていう奴はいない

誰もが口々に「アイツ死ぬんじゃね」って言ってただろ、

特にお前ら

僕は言ったぜ、ハッキリと、もしあの時、

もう何人かが同じように奴に言ってやったなら、結果は・・・

・・・いや、違うな、本当は僕にはわかっている、

僕自身がそうだったように

は罰ゲームのようなこの世界で、

誰が何を言ったところで彼が疾走やりかたを

変えたわけがない、

何がどうしたところでこういう結末だった、そう思う。


帰り際、事故現場を通りすぎた、あの写真通り花束や貢物、

よりにもよって僕の通勤路に墓なんか拵えやがって、

職を変えない限り毎日強制墓参りかよ、泣けてくるぜ


あの連中も忘れない っと言ったところで

三カ月もすれば、あの花束や貢物にも錆混じりのチリが積もり、

みなそれぞれの人生を歩んでいくだろう、

たまに思い出しながら、

それでいいし、そうあるべきだと思う。

それが生者と死者の違いだ、誰もかれも

皆ずっと死者にかかずらわってはいられない、


ふと思った、

ところで、僕の損害は誰が補填してくれるわけ?ああ、くそ

アイツ初めて俺から逃げ切りやがった、まさか地獄まで取り立てに行く

事は出来ないしなぁ、ははっ

50年後くらい後には訪れるだろう僕の死後も、ずうずうしくも僕は

にいく予定じゃないんだよな


あ、ひらめいた、この一連の出来事を小説にでもしよう、

そうだな、奴の事はうんとカッコ悪く書いてやるか

それで小説が当たれば補填出来るかも だ。

急に腹の底から可笑しくなってきた、

ははははは、

ふいに僕のバイクに彼を股がらせてやった時の事を思い出した、

「うおっスゲー」屈託のない笑顔、

なんで今思い出すんだろう。

ああ、そうだな、確かに楽しい事あったよな、

僕は短い夏の夜を思い出した。


じゃあなバイバイ 鼠色のハイウェイスター


                  鼠色のハイウェイスター おわり


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