6月①
※※※
ーー翌日。
自宅まで迎えに来てくれた優雨ちゃんと共に登校した私は、その後も何事もなく平穏な時を過ごすと、お昼休みを迎えた今、優雨ちゃんと2人で中庭へと来ていた。
昨日聞かされた優雨ちゃんの秘密には、正直驚いた。
だけど、いつだって私の味方でいてくれた優雨ちゃん。きっと、優雨ちゃんも打ち明けられずに1人で苦しんでいたはず。
昔から、私の大好きなーー大切な友達。
優雨ちゃんは、優雨ちゃんなのだ。
ふと、隣にいる優雨ちゃんを見つめると、思わずクスリと笑みが溢れる。
「……どうしたの? 夢」
私の視線に気付いた優雨ちゃんが、私を見つめて首を傾げる。
「優雨ちゃんとまた、一緒にいられて嬉しいなって」
「うん。私も、凄く嬉しい」
そう言って優しく微笑む優雨ちゃんを見て、胸の辺りがポカポカと暖かくなるのを感じる。
こうしてまた、以前と変わらずに優雨ちゃんと笑い合える事ができて凄く嬉しい。
「……じぁあ夢、また放課後にね」
「うん。また後でね」
昼食を終えてそれぞれの教室へと戻ると、私は自分の席へ着いてから楓くんを探してみた。
キョロキョロと教室内を見渡してみるも、中々その姿を見つけることができない。
今日は奏多くんから逃げる為に、休み時間の度に優雨ちゃんの元へと行っていた私は、楓くんと話すタイミングをもてなかった。
奏多くんと距離を置くと決めた私は、楓くんとも元に戻りたくて話がしたかったのだけれど……。
残念ながら、まだ教室には戻ってきていないようだ。
朱莉ちゃんには、何故か一方的に避けられ続けていてーー
自分から話し掛ける勇気が持てない私は、朱莉ちゃんをチラリと盗み見ては小さく溜息を吐いた。
(前みたいに、皆んなと仲良くなりたいな……)
そう思いながら、また一つ小さく溜息を吐いたのだったーー
※※※
「夢。私、先生に呼ばれてて職員室に行かないといけないから……。少し、ここで待っててくれる?」
私を美術室へと案内した優雨ちゃんは、申し訳なさそうな顔をしてそう告げた。
今日の放課後は、美術部に所属している優雨ちゃんを待ってから、2人で一緒に帰宅すると約束をしているのだ。
ーー奏多くんと、鉢合わせないようにする為。
勿論、そんな理由はあるけれど……。
それでも、純粋に優雨ちゃんと一緒にいられる事が嬉しかった私は、優雨ちゃんの部活が終わるを待つ事くらい、全然苦ではなかった。
優雨ちゃんの描く絵と、絵を描いている時の優雨ちゃんの横顔はとても綺麗でーー
見ているだけでも、全く飽きることがないから。
「うん、わかった」
「私が出たら、ちゃんと鍵は閉めてね。今、ここの鍵を持ってるのは私だけだから」
そう告げると、美術室を後にした優雨ちゃん。
私は言われた通りに内鍵をかけると、優雨ちゃんの描きかけの作品の前へと近付いた。
(わぁ……っ! 綺麗……)
コンクールに出展する予定だと言っていたキャンパスには、まだ描きかけではあるけど綺麗な天使が描かれていた。
今にもキャンパスの中から飛び立ってゆきそうなその天使は、
(この絵のモデルとかって……あったりするのかな……。後で、優雨ちゃんに聞いてみようかな……)
絵の知識など全くない私には、技術的なことはよくわからない。
ただ、この天使の絵には優雨ちゃんの魂が込められているかのようでーー
とても美しく、感銘を受けた。
それと同時に、もしこの絵にモデルがあるのだとしたら、一度見てみたいと。
そう思わせる、不思議な魅力があったのだ。
部室にあった絵を一通り眺め終わると、椅子に腰を下ろして
ーーーコンコン
突然ーー
美術室の扉がノックされ、私は持っていたペットボトルを置くと扉を見つめた。
(優雨ちゃんは鍵を持ってるし、一体誰だろう……)
そんな事を考えながらも、扉に向かってゆっくりと近付くと恐る恐る口を開いた。
「っ……誰……、ですか?」
「……朱莉。ここ、開けてくれる?」
ーーー!?
扉の外から聞こえてきた声に驚きながらも、私はそっと扉を開くと朱莉ちゃんを見た。
「夢に、話しがあって……。今、ちょっといいかな?」
「うん……。今、優雨ちゃん待ってるところなの。どうぞ入って」
「……誰にも聞かれたくない話しなの。優雨が帰ってきて、聞かれるのも嫌だから……。すぐ済むから、着いて来てくれる?」
「……うん、わかった」
美術室の鍵を持っていなかった私は、一瞬その提案に迷ったものの。今にも泣き出してしまいそうな朱莉ちゃんを見て、小さく頷くとそのまま着いて行く事にしたーー
朱莉ちゃんに先導され、近くの空き教室へとやって来た私達。
何も話し出そうとしない朱莉ちゃんに、暫くの間その場に沈黙が流れる。
その沈黙が気まずくて、そろそろ耐えられなくなってきた頃ーー
突然、朱莉ちゃんがこちらを振り返った。
「ーーごめんなさい!」
ーーー!?
大きな声でそう告げると、私に向かってガバッと頭を下げた朱莉ちゃん。
突然過ぎて、全く状況が飲み込めない。
「どっ……、どうしたの? 朱莉ちゃん」
未だ頭を下げ続ける朱莉ちゃんにそっと触れると、ゆっくりと顔を上げた朱莉ちゃんが泣きながら話し始めた。
中学の頃から、ずっと嫌がらせをしていたのは自分だったとーー
箱に入った虫以外は全部自分がした事で、全て、奏多くんが好きで嫉妬してやってしまったと。
それでも、色々と考えてやっぱり私とは友達でいたいと思ってくれたこと。
ボロボロと涙を流しながら、「許して下さい」と謝罪する朱莉ちゃん。
「……うん。私も……、朱莉ちゃんの気持ちに気付いてあげられなくて、ごめんね……っ」
そう言って朱莉ちゃんを抱きしめると、朱莉ちゃんは泣きながら私を抱きしめ返した。
「ごめんっ……ごめんねぇ……、夢ぇぇ……っ!」
「うん……っうん。もういいよ……、大丈夫だから」
泣いて謝る朱莉ちゃんを抱きしめたまま、私はずっと、泣き止むまで朱莉ちゃんの背中を優しく
ーーーーーー
ーーーー
朱莉ちゃんとの仲直りを無事に終えると、優雨ちゃんの待つ美術室へと1人戻って行く。
(優雨ちゃん、もう戻ってきてるよね……)
そう思いながら扉を開けてみるも、そこには優雨ちゃんの姿がない。
(……あれ? 先生との話しが、長引いてるのかなぁ?)
そう思った私は、机に置いたままだった携帯を手に取った。
するとそこには、優雨ちゃんからのメッセージが表示されていた。
【ごめんね、夢! もう少し長引きそう。本当にごめんね!】
時刻を見ると、5分前に送信されたものだった。
それを確認した私は、もう少しかかりそうだなと思いながら、飲みかけだったペットボトルを口にする。
(……それにしても、さっきは朱莉ちゃんと仲直りができて本当に嬉しかったなぁ)
訳もわからず避けられていた私は、ずっと1人で悶々としていたから。
(明日は……楓くんとも話せるといいな……)
手にしたペットボトルをコクコクと飲み干しながら、そんな事を考える。
私は開いたままの携帯画面をスライドさせると、奏多くんから送られて来たメッセージを確認してみた。
それは今日だけで何十件もきていて、その内容はどれも私の居場所を尋ねるものや、奏多くんを避けている私に怒っているものだった。
奏多くんからのメッセージを見て急に心細くなった私は、携帯を閉じると小さく呟いた。
「優雨ちゃん、まだかなぁ……」
あれから10分近くは経ったので、きっともうすぐ帰ってくるだろう。
そう思いながら、重たくなってきた瞼を軽く擦る。
(内鍵はちゃんと閉めたし……。大丈夫……だよ、ね……)
薄れる意識の中、
私はそんな事を思いながら、睡魔に身を任せるとそっと瞼を閉じたのだったーー
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