6月②

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「ん……っ……ン……ッ!? んぅぅーー!!?」



 息苦しさで目覚めた私は、自分の置かれている状況に驚いてパニックに陥った。


 目を開いているはずなのに、その視界はとても暗くて……。

 両手は後ろで拘束され、誰かにキスをされているのだ。


 恐怖で泣き叫ぶ私の声は、ただ、虚しく口内で吸収されてゆく。

 一体、自分の身に何が起きたというのかーー


 次第に湿ってゆく目元に、目隠しをされているのだと気が付く。



(怖い……っ! 怖い……、怖いっっ!!)



 恐怖でガタガタと震え始めた身体。


 誰かもわからない相手に、好き勝手に侵され続ける口内。

 どんなに嫌だと暴れようとしても、両手は後ろ手に拘束され誰かに覆い被されている状態では、自由に動かせるのはせいぜい足先くらいなもの。


 私の顔を包み込むようにして添えられていた誰かの手は、ゆっくりと下へと移動してゆくと次第に私の身体をまさぐり始める。

 どんなに泣いて嫌がっても、その手はついに私の胸へと到達すると、掌全体で包み込むとゆっくりと揉み始めた。


 キスをされながら胸を触られ続けている私は、ただ、動かない身体で嫌だと泣く事しかできない。


 暫くすると私の口を解放した誰かは、今度は首元に顔を移動させると首筋を舐め始めた。

 やっと解放された口で勢いよく空気を吸い込んだ私は、渾身の力を振り絞ると大きな声で泣き叫んだ。



「いやぁぁぁぁああーー!!!! ッグ……ぅ……っ涼く……っ涼くん!! ……ぅッ……涼くんっっ!!!」



 気が付けば私はーー

 涼くんの名を口にしていた。


 自分ではどうすることもできない絶望の中、私が無意識に助けを求めた相手はーー涼くんだった。


 もう、いないはずの涼くんにーー



 叫び出した私に驚いたのか、覆い被さる誰かの動きはピタリと止まり、暫くすると私の上からその重みがスッと消えた。


 身動きのとりにくい身体で小さく丸まると、ガタガタと泣き震えながらも抵抗の意思を見せる。

 そんな私を上から見下ろしているのであろう誰かは、数秒の間沈黙した後、突然動きをみせた。


 その気配に、ビクリと身体を揺らして身構える。するとーーその数秒後。

 扉が開閉する音が聞こえたかと思うと、それを最後に、誰かの気配は完全に姿を消した。


 1人その場にとり残された私は、安堵したのと同時に再び恐怖に襲われる。

 また、さっきの人がいつ戻ってくるとも限らないのだ。

 

 自分が何処にいるのかも分からない状況の中、私は恐怖と孤独で押し潰されそうになりながらも、ただ、ひたすら「助けて」と叫び続けた。


 暫くすると、駆けつけてくれた先生によって無事に保護された私は、そのまま先生の車で自宅まで送迎してもらう事となった。


 その車中、優雨ちゃんから聞かされた話しではーー


 優雨ちゃんが美術室に戻ると、入り口の扉は開かれたままで、既にそこに私の姿はなく……。

 行方不明になった私を、1時間近くも先生と手分けして探してくれていたらしい。


 その後、私は別館の書道室で発見され、無事にこうして保護されたのだ。


 先生には、誰がこんな事をしたのかと問われたけれど、私には直前の記憶がなくて答える事ができなくて……。

 

 ただ、直前に見た奏多くんのメッセージを思い出しながらーー

 

 車窓から見える流れる景色を眺めて、静かに涙を流したのだった。






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ーーーーーー







※※※







「夢ちゃん。……学校で何かあった?」



 仏壇前でただ黙って座る私の横で、涼くんのお母さんが心配そうな顔をして尋ねてくる。


 

 ーー昨日の一件で、学校に行くのが怖くなってしまった私は、今日、学校を休むと涼くんの家へと来ていた。


 学校に行っているはずの時間帯に訪れた私に驚きながらも、優しく迎え入れてくれた涼くんのお母さん。



 私は今ーー

 無性に涼くんに会いたくてたまらなかった。


 

 ーーずっとずっと、寂しかった。



 でも、頑張らなくてはいけないと、自分を奮い立たせて今までずっと頑張って来た。


 それももうーー限界。



(どうして……っ、涼くんは私を置いていなくなってしまったの……? どうして今……私の隣にいないの……っ? もう私っ……、1人じゃ無理だよ……っ。助けて、涼くん……っ)



 ついに我慢し切れなくなった私は、涼くんのお母さんの前で大声を上げて泣き出した。



「涼っ、くん!! っ……涼くん!! っ涼くん!!」



 ただずっと、涼くんの名前を呼びながら泣き続ける姿を見て、涼くんのお母さんは優しく私を抱きしめた。



「……っ……夢ちゃん。ごめんね……っ……。本当に、ごめんなさい……っ」



 そう言って、優しく背中をさすってくれる涼くんのお母さん。


 その手がなんだかとても暖かくてーー


 何故か、私の瞳からは余計に涙が溢れてきた。







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「……夢ちゃん。前に一緒に頑張ろうって言った事、覚えてる?」


「……はい」



 泣き止んだ私をテーブル前へと座らせた涼くんのお母さんは、奥の部屋からデジカメを持ってくるとそう、話を切り出した。



「私ね……。涼が亡くなってから、今まで一生懸命頑張ってきたつもりだったけど……。本当の意味では、頑張れていなかったの。……現実を受け入れて、前を向いて頑張れていなかった」


「…………」


「……このデジカメね、涼があの日に使っていた物なんだけど……。今まで、怖くて中身を見れないでいたの。見なければ、あの子はまだキャンプに行ったまま帰っていないだけなんだって、思えるから……」


「…………」


「だって……っ、見たらどうしても辛いでしょ? あの子の死を、受け入れなくちゃいけないんだもの」


「……っ……」


「夢ちゃんには……っ、本当に申し訳ないと思っているの。子供時代に、あんな経験をさせてしまって。夢ちゃん……涼の事が、好きだったわよね?」



 その言葉に、私は涙を流しながらも小さく頷いた。



「……ありがとう、涼を好きになってくれて」



 次から次へと流れてくる涙を拭いながら、涼くんのお母さんが優しく微笑む姿を見つめる。


 涼くんのお母さんは手元のデジカメに一度視線を落とすと、何かを決意したような瞳で私を見た。



「夢ちゃん……。夢ちゃんには、涼が死んでしまった事を受け入れて、前を向いて生きていって欲しいの」


「……っ」


「私も……受け入れて前を向いて生きていくから。もう一度、少しずつ……少しずつでいいから……っ。一緒に頑張っていきましょう?」



 優しく微笑みながら、私の手をキュッと握りしめた涼くんのお母さん。


 その頬には、一筋の涙が流れていたーー






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