優雨
※※※
ーーーコンコン
目の前の扉を軽くノックすると、その扉は数秒後に開かれた。
「は〜い。……あ、優雨」
「遊びに来たよ。……夢は?」
「飲み物買いに出たよ。もう、帰ってくるんじゃないかなぁ」
ノブを掴んで扉を開けたままの朱莉と、そんな会話を交わす。
ーーつい先程。1人廊下を歩いていると、窓から見える綺麗な湖に目が留まった。
その先には、富士山がハッキリとその姿を現している。
(……綺麗)
視線をすぐ下へと移すと、そこにはベンチとテーブルが置かれている。
(夢達を誘って、一緒に見たいな……)
そう思った私は、外は寒いので3人分のホットココアを買ってから夢達の部屋へとやって来た。
(……入れ違ったのかな?)
「……あっ。夢、帰ってきたよ」
扉から顔を覗かせるようにして廊下を見ている朱莉の視線を辿ると、私の来た方向とは逆の方から歩いてくる夢の姿があった。
その隣には、隼人とかいう男の姿もある。
金髪でいかにも軽そうなこの男は、夢の事が好きなんだとすぐにわかった。
隠す気などないのであろうその態度は、誰の目から見ても明らかだ。
ただ、当の本人である夢はきっと気付いていない。
隼人は私達の前まで夢を連れてくると、「夢ちゃん、またね」と言ってそのまま立ち去ってゆく。
その間、一言も話さずにずっと黙ったまま俯いている夢。
明らかに様子のおかしい態度を不審に思って顔を覗き見ると、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「……今の男と、何かあった?」
そう聞けば、フルフルと頭を横に振って答える夢。
私はそんな夢の頭を優しく撫でると、話を聞く為に元々誘うつもりでいた外へと誘った。
ーーーーーー
ーーーー
「わぁ~っ! 富士山、凄いハッキリ見えてるねっ! 超凄ぉ〜いっっ! ……写真撮っとこ〜!」
外のベンチへ腰掛けた朱莉は、ポケットから携帯を取り出すと湖の写真を撮り始める。
その横で、私は夢の前へホットココアを置くと口を開いた。
「はい、これ。寒いから飲んでね。……夢、何か悩み事があるなら教えて?」
ずっと悲し気な顔のまま俯いている夢に優しく話しかけると、夢はポツリ、ポツリと小さな声で話し始めた。
奏多にクラスの男の子達の連絡先を消された事。
下駄箱にあった、ズタズタにされた上履き。その上に置かれた、【許さない】と印刷された黒い紙。
先程、奏多に手首を掴まれて壁に押し付けられた事。
そしてーー
最後に奏多の事が怖いとだけ告げると、ついに泣き出してしまった夢。
私と朱莉は、夢の口から聞かされた奏多の話しに驚いた。
私の知っている奏多は、夢にとても優しい。
それでも、つい最近見た学校での出来事を、ふと、思い返してみる。
痛がる夢の腕を離そうともせず、ずっと隼人という男を睨みつけていた奏多。
その表情は、普段の奏多からは想像もできない程に恐ろしかったのを、今でも覚えている。
小さな肩を震わせて泣き続ける夢を、そっと抱きしめる。
「大丈夫……大丈夫だからね、夢。……私がなんとかしてあげる」
私はそう告げると、夢が泣き止むまでずっと頭を撫で続けたのだったーー。
※※※
オリエンテーション合宿が終わって昨日無事に帰って来た私は、今、自宅近くの公園へと来ている。
合宿が終わった次の日は日曜日だったので、奏多と2人きりで話すにはちょうど良かった。
「ーー優雨。話って何?」
私の目の前で、優しく微笑む奏多。
こうして見てみると、夢から聞かされた話しがやはり信じがたく思えてくる。
「夢から色々話は聞いた。夢、怖がってる。……もう、夢に酷い事はしないで」
キッと睨みつけると、奏多はそれまでの笑顔を崩すと突然無表情になった。
「これ以上、夢に何かしたら許さないから!」
私が少し声を荒げると、奏多はクスリと笑って口を開いた。
「……許さないって、何? 優雨にそんな事言われたくないなぁ」
薄く微笑みを浮かべる奏多は、私に近付くとその身を屈めて耳元で囁いた。
「優雨ーーお前の気持ち、俺が気付いてないとでも思ってるの?」
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ーーーーーー
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