奏多

※※※






「ーー夢!」



 立ち去って行く夢の背中に向かって声を掛けると、ビクリと肩を揺らして立ち止まった夢がゆっくりと振り返った。

 その目には、今にも溢れ落ちてしまいそうなほどに涙が溜まりーー俺を見る瞳は、酷く怯えている。



(……っ。そんな顔を、させたい訳じゃない……)



 誰よりも可愛がり、甘えさせたいーー


 そう思うのに、男と繋がれた手を見ると悔しさと怒りで眼光が鋭くなる。



「……行こう、夢ちゃん」



 男はそう告げると、夢を連れて立ち去って行く。




 ーーこんなはずでは、なかった。


 昔からとても可愛かった夢は、当時からよくモテていた。高嶺の花すぎて声を掛ける者などほとんどいなかったが、それでも近付こうとする者も中にはいた。

 俺は常に夢の隣にいる事で、他の者を寄せ付けないよう徹底した。


 中学の頃までは、それで良かったーー


 ただの幼馴染だと皆んなわかっていても、俺が隣にいるだけで充分な牽制けんせいとなっていたのだ。


 夢の隣にいられるなら、俺もそれで良かった。

 夢の気持ちが、未だに涼にある事がわかっていたからーー俺も、無理にこの関係を崩そうとはしてこなかった。


 ただ、隣にいる内にいつか気持ちが俺に向いてくれる事を願ってーー


 それは、高校でも変わらないはずだった。

 朝は毎日夢と手を繋ぎながら登校し、帰りには教室まで迎えに行くと、周りに見せ付けるようにして夢の髪を優しく撫でる。


 夢に恋心を抱く男達は、ただ遠巻きにその光景を眺めているだけだった。


 だけどーーこの男は違った。


 【ただの幼馴染】という関係では、このまま夢を取られてしまう。そう、俺に思わせた。


 男と手を繋いだまま立ち去って行く夢の背中を見つめながら、鋭くなる眼光と共に握った拳を怒りで震わせる。



「……許さない」



 遠くなる2人の後ろ姿を睨みつけながら、俺はそう、小さく呟いた。







ーーーーーー




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