第6戦・第三回勇者対策会議
常に雷雲に覆われ雷鳴が響き渡る魔王城。
その城にある円卓の間で魔王は今まで誰にも見せたことのない真剣な眼差しで一点を見つめていた。
その視線の先には木製のブロックが山のように積み上がっている。そのブロックの山はまるで逆さまになっているかのように、山頂の方が太く、麓の方が細い。
ブロックひとつのサイズは指でつまめる程度で、今まさに魔王がブロックを引き抜こうとしている。
その様を四天王と大臣が固唾を呑んで見守っている。
羽毛を掴まんとするほど繊細な手つきで、ゆっくりとブロックを引き抜く。ブロックを引き抜かれた山はプルプルと細かく揺れたが、倒壊することはなかった。
魔王は一息つくどころか、さらに集中して先ほど引き抜いたブロックを山のてっぺんに置こうとしていた。その手には迷いはなく指先もまったく震えていない。シーツを撫でるかのように柔らかく優しい指使いでブロックを山頂に置いた。
「よしっ! 乗せた! 次! ロザリーの番だぞ」
麓が細くなりすぎてわずかに揺れるブロックの山はかろうじて倒れてはいなかった。
魔王軍の中枢メンバーが興じているゲームは単純なもので、ブロックの山から一本引き抜いて山頂に置くだけ。その間にブロックの山を崩してしまった人の負けである。
自分の番が終わった魔王は胸をなで下ろし、次に控える養女のロザリクシアへとバトンを渡す。
しかし、肝心のロザリクシアの様子がおかしい。呆然と宙を見つめて顔には朱が差しており、物思いに耽っている。
その様子に魔王は内心焦っていた。ブロックをてっぺんに置いてから山が微かに揺れており、いつ崩れてもおかしくない。
「おい、ロザリー。早くしろって、お前の番だって!」
ロザリクシアが惚けている間に、無慈悲にもブロックの山が崩れ去ってしまった。
「魔王様の負けですね」
「いや、我じゃないし。ロザリーの番だったって!」
「いいえ、ロザリクシア様は触れていません」
潔く負けを認めない子供のような言い訳をする魔王だが、容赦のない大臣のジャッジの前に無意味だった。魔王は口先を尖らせるが、味方をしてくれる者はいなかった。
「我の番は終わっていたし、今回は実質ノーゲームだな」
魔王は背筋を伸ばして椅子に座り直した。
今回のゲームは終わりだと判断したアングリフとケラヴスは飛び散ったブロックを集めて後片付けを始めた。
片付けの最中、呆然としていたロザリクシアの口から呟きが漏れた。
「はぁ……ジューディア様」
己の娘から出た男の名に魔王は眉を顰めた。
「ジューディアとは勇者一行の僧侶の名前ですな。たしかロザリクシア殿が前の作戦で調査をしていた筈ですが?」
ケラヴスの言葉で魔王の頭の中にスキンヘッドのムキムキマッチョマンの男性が描かれた。ゲートで出会った巨大な鉄の十字架を背負った法衣姿の僧兵だ。
調査の中で何か暴力を振るわれたとでもいうのだろうか。そうであれば、魔王は人類を滅ぼしても余りある怒りに震えるだろう。
「……素敵。また会いたいなー」
そうぽつりと声を零した愛娘をよく見れば、顔は紅潮しており目は少し潤んで、吐息が漏れる唇はピンクに濡れている。その姿はまるで恋に焦がれる乙女そのものだった。
「娘よ……あのハゲがどうかしたのか?」
魔王は恐る恐るその理由を問うた。
「あのね、パパ。わたしね、ジューディア様に恋しちゃった」
一瞬で円卓がしんと静まり返る。円卓のメンバーには次に起こるであろう事態が何となく予想できてしまった。
「おらぁ! あのクソハゲがぁッ! ヤツを殺す絶対殺す魔界を破壊してでも殺すッ!」
怒れる魔王が右手を天にかざすと、外で轟いていた稲妻が屋根と天井を突き破って落ちてきた。その雷は魔王の手のひらの上で球状となって渦巻き、天地をひっくり返すほどの魔力が円卓の間に吹き荒れた。
「ちょっと! パパ、ストップ。ステイ、ステイ」
「魔王様! 落ち着いてくだされ! 城が壊れてしまいますぞ!」
「流石です魔王様! その魔力、まさに魔界一ぃ!」
「アングリフ様も魔王様を止めて下さい」
必死で魔王を鎮めようとする娘と忠臣たち。それを余所にひとりだけ竜人が諸手を上げて喜んでいた。
怒り狂う魔王が大人しくなるまでに一時間を要した。
ひとしきり暴れた魔王が落ちつく頃には、雷が玉座の間を突き抜けたせいで天井がなくなった円卓の間は悲惨な有様になっていた。
壁は稲妻に焼かれて黒く焦げてしまっていて、中心に存在していた筈の円卓は粉々に吹き飛んでいた。
「すまない。怒りで我を忘れていた」
魔王は円卓に集まっていた面々に頭を下げた。
「もう、そんなんだから駄目なのよ。パパも恋愛してみたら?」
ピンクの髪が少し焦げた愛娘が意地悪そうな笑みを浮かべた。それを聞いて着流しが焦げてしまった忠臣が何かに気付いたように手をポンと叩く。
「魔王様もいいお歳ですし、ここはご結婚を考えてみては?」
魔王はきな臭さを感じて眉根を寄せた。
「魔王様! 竜人の娘など如何ですか? 魔王様ほど強ければ、どんな娘も引く手あまたですよ」
雷をもろともしない赤い鱗に覆われたアングリフは立ち上がって提言した。竜人族にとって『強い』ということは何よりも尊いとされている。魔族で最も強いという魔王を慕う者は多い。
「いや、我は竜の顔はちょっと苦手で……できれば人の顔がいいのだが」
どことなく種族差別しているようで、魔王は後ろめたさを感じていた。
「そうですか、苦手ならしかたありません。オレもケンタウロス族の馬のような四足は好きになれませんから」
アングリフは鋭い牙を丸出しにして大声で笑った。口にした喩えは魔王を気遣ったものであっただろうが、魔王はその言葉に救われた気持ちになった。
「そうです。強くて
アングリフの次なる提案に、魔王は露骨に顔を歪めた。
「あんな馬鹿は願い下げだ。そもそも、なんで勇者の名前が出てくる」
魔王は大きく息を吐いた。宿敵である勇者とそのようなことがあるはずがないし、なるつもりもなかった。
「じゃあさー、エルフのナディスちゃんとかどう? 食べ物屋で楽しそうに掛け合いをしてたって聞いたけどー?」
この情報源は「満腹亭」の店主に違いない。営業停止を言い渡そうとも考えた魔王であったが、あのから揚げの美味しさに免じて取り消すことにした。
「馬鹿を言うな、あいつは好かん。だいたいアレは『ゴブリンの嫁』だろうが――」
耳元にヒュンと風を切る音がしたような気がして魔王は肝を冷やした。ただの幻聴であることは間違いないが、魔王は口を閉ざした。
「もしや、アンネのような小さな子がお好みで?」
「いや、それはマジで駄目な案件だから」
ケラヴスの言葉を魔王は真顔で否定した。幼さと親類と二重の意味で危ない案件だった。
それからも、あーだこーだと円卓がにわかに賑わっていた。
「……待ってください。どうして私の名前が一向に出てこないんですか? 普通、真っ先に出てくるんじゃないですか? これはセクハラですよ!」
目を強く瞑って泣きそうな大臣が大声を張り上げた。もし、円卓が健在なら思い切り両腕を叩きつけて叫んでいただろう。
彼女の言葉を聞いて、魔王は同じ女性であるロザリクシアに視線を向けて問いかける。
「パパ、これはセクハラよ。目の前にいる大臣を無視するなんてひどい!」
セクシャルハラスメント。
女性が職場などで男性から受ける性的な言葉、もしくは行為。
結婚というワードは確かに性的要素を含んでいる。それを本人を無視して話が進んでいくということは、逆に性的だと雄弁に語っていたのではないだろうか。今までの会話は常に大臣にとって性的な言葉だったのだ。
「そ、そうなのか。我はこの場に名前を出す方がセクハラだとばかり……」
男女間の些細な機微は魔王には理解しがたいものがあった。それでも、魔王にはこの場を収める必要があった。必死に言葉を選んで大臣を宥めるように試みる。
「そうだな。我に並び立てる大臣なら妃に相応しいかもしれんな。ハハハ」
魔王は何度も頷いて見せた。これで大臣の機嫌も良くなり、この不毛な話題を終わらせることができる。
「魔王様、それは普通にセクハラです」
「そう言われると思ったわ! チクショー!」
冷静に言う大臣に対して、魔王はツッコミを入れてしまった。
結局、結婚に関する話はこれといった成果もなく自然と終わっていった。しかも、勇者対策会議までもがなあなあの間に終わってしまった。次の作戦は決まらず勇者対策に暗雲が立ち込めてきた。
魔王は無事に勇者を何とか出来るのだろうか。
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