第1戦・第一回勇者対策会議

 魔界の最奥にある険しい山岳の頂上に聳え立つ漆黒の魔王城。

 その玉座が鎮座する間の下には、円卓が設置された狭い部屋が存在する。その円卓は一見質素に思わせるが、上質な素材を磨き上げ、細部にまで拘った肌理の細やかな意匠が確かな品質を保証している。


 玉座の間より伸びる階段を下って魔王が円卓の間へとやってくる。そこにはあらかじめ呼び出した魔王軍の中枢とも呼べる家臣が四人集まっていた。


 円卓の中心には山札と今まで捨てられたカードがある。それを囲むように四人は手に持ったカードを扇状に広げ、自らの手札と睨めっこしていた。


「……」


 青色の『ろく』と書かれた手札を無言で捨てたのは、淡く光を反射する純白の髪に輝く薄紫の瞳という美貌を持つ才女。彼女は以前魔王に勇者のことを伝えた大臣。


「これでどう? 恨まないでよ、グリっち」


 軽い調子で話す外はねしたピンク色の髪をしている少女が青色の『ひく』と書かれた手札を捨てる。少女は薄い赤色の目を細めて、二ッと笑う。

 彼女の名前はロザリクシア。

 まだ成人に足らない少女だが、四天王が絶戦ぜっせんの名を預かるほどの魔術師メイガスである。しかし、そんな風をおくびにもださず可愛らしく足をばたばたと楽しそうに振っている。


「ははは、たかが二枚引くだけです。ここから逆転すればいいだけのこと」


 赤い鱗に竜の顔をした巨躯の竜人は、大きく口を開いて笑いながら山札から二枚手札に加えた。岩石のようにごつごつとした手はその大きさから、持っているカードがミニチュアのように小さく見える。

 彼の名はアングリフ。

 見た目からしてパワーファイターの彼は四天王が死戦しせんの名を預かる最強の破壊者デストロイア。カードゲームに興じる姿に違和感を覚える。


「拙者の番か……ここはこうしましょうかな」


 白髪まじりの黒髪をした緑色の着流しを身につけた初老の男は、表情を変えずに手札から『しゅう』と書かれた青いカードを捨てた。顔だけならつまらなさそうに見えるが、膝を叩く指がリズミカルに動いていて内心楽しんでいるのがわかる。

 彼の名はケラヴス。

 細身の体は一見戦いに向いていないようだが、研ぎ澄まされた戦闘技術は四天王が禁戦きんせんの名を預かるには充分すぎるほどだ。ゲームに挑む武芸者フェンサーは常に勝ちを狙っている。


「……」


 一周して大臣の順番になったが一回休みのようで大臣はぴくりとも動かない。


「じゃあ、わたしの番ねー」


 ロザリクシアは手札を舐めるように眺めながら、何を捨てようかとカードを選んでいる。


「ちょっと待って、何をやってるの?」


 円卓に辿り着きカードゲームに励む面々を睨みつけながら、魔王は疑問を投げかけた。


「え? パパ知らないの? 『歩野ぼの』だよ」

「いや、知ってるよ!? 我も好きだよ『歩野』。でも、そういう意味じゃないから。どうしてこれから会議が始まるっていうのに、みんなで楽しそうに遊んでるの?」


 きょとんとしている面子を代表して、大臣が口を開いた。


「魔王様が来られるのが遅かったので、時間潰しをしておりました」


 至極真っ当な理由に魔王は少し渋面を作った。その後、魔王は円卓に覆い被さりバタバタと暴れて、途中だったゲームのカードを散らしていく。


「でも、みんなばかり遊んで我がのけ者にされるのは認められないから! 今度やるときはは我に一声かけてよね!」



 魔王の乱入によりノーゲームとなった面々はカードを片付けると佇まいを直した。

 それから、魔王は漆黒のマントに皺がつかないように気をつけながら自分の席に座った。


「それでは第一回勇者対策会議を始める。大臣よ概要を頼む」


 先程の駄々っ子のような口調ではなく、威厳ある声で大臣に発言権を委譲する。黒のスーツ姿の大臣はすっくと立ちあがり会議の内容の説明を始めた。


「先日、魔界に地上界の勇者と名乗る者どもが侵入しました。その対処に向かった魔王様はコテンパンにのされて無様に逃げ出すしかなかったため、勇者を討伐するための作戦を我々で議論することになりました」

「ねぇ、そこ、我がやられるくだり要る? いらないよね?」


 魔王の言葉を無視するかのように大臣は席に座る。それが不満で魔王は口を尖らせるがそれでは会議が先に進まないので、気を取り直して会議を進める。


「という訳だ。誰ぞ、いい作戦があるか?」


 その言葉にすぐに赤い竜人、アングリフが勢いよく挙手した。魔王はそれを認めて発言を許可した。


「勇者がどれほどのものかは知りませんが、この場にいる全員で攻め込めば間違いなく勝てます!」


 自信満々といった風なアングリフだったが、その策に魔王はいい顔色を示さなかった。


「全戦力を投入するのは悪くない。だが、これを失敗すればもう後がない。そうならないための対策が必要だ」


 アングリフは然りとばかりに肩をすぼめて席に座ってしまった。

 勇者の『チート』は凄まじく強力で、それを味わったことのない者にはその恐さは解らない。全員で勝てるという考えは、あの勇者と対峙した魔王にとって甘いと言わざるを得ない。

 魔王は視線を巡らせこの場に集った顔を眺めると、ある一点で視線を止めた。


「ケラヴス、百戦錬磨のお前の策を聞かせてくれ」

「拙者ですか……」


 指名された初老のケラヴスは顎に手を当て目を瞑るとすぐに何か思い到ったように目を開いた。


「情報が足りませぬな。正面切って戦うのはからめ手を使った後すべきかと」


 頷きながら意見を聞いていた魔王だったが、その搦め手が思いつかない。何か弱点をさぐることができればいいと考えていると、ロザリクシアが言葉を口にした。


「ねぇ、パパ。まずは毒を使ってみたらー? 案外効くかもしれないしー」


 ロザリクシアは今風の軽い口調で考えを述べる。

 パパ呼びからも判ることだがロザリクシアは魔王の養子であり実の娘のように育てられてきた。彼女が操る強力な魔法は義理の父である魔王から教わったものである。

 その提案に魔王は眉を顰めた。


「ダメダメ、食物に毒を混ぜて毒殺しようなんて、そんな非道な手段、パパは許しません!」


 魔王は慌てるように首を振って否定する。毒を使うという選択はさほど悪い手ではないのだが、娘からそんな言葉が出てきたことに魔王は不服に感じていた。


「食べ物に毒……素晴らしいです、魔王様! そんな外道な方法を思いつくとは恐れ入りました!」


 竜の大きな顎から発せられる大声が円卓の間に響き渡る。アングリフは魔王の言葉に感銘を受けたようで笑い喜んだ様子で拍手を始める。


「え? いや……それは……」

「ふむ。拙者もそこにまで考えが到りませんでした。実に魔王的手段かと存じます」


 ケラヴスも感服といった様子で何度も頷く。そんな様子に魔王は肌に冷や汗が流れる嫌な感じを覚える。魔王はどちらかと言えば反対の意見だったのだが。


「やっるーパパ! わたしはただ毒使えばよくない? って思ってたけど、相手の心を掴むにはまず胃袋からっていうしー」

「え……違っ……」


 食べ物に毒というのはあくまでものの例えであって、そうすべきだという意味で使ったわけではない。


「魔王様! これなら勇者と言えど無事ではいられません! これは勝ったも同然です」

「流石、魔王様は一味違う……いくら勇者と言えどこのような鬼畜な手段には手も足も出ないでしょうな」


 四天王からの賛辞の嵐を受けて魔王の功名心がむくむくと大きくなっていく。なんだか自分がものすごくいいことを言った気がして、気が大きくなってきた。

 本来なら反対する立場だったのだが、これはこれでアリなのではないかという気持ちがどんどん肥大化していく。


「まーおう! まーおう! まーおう!」


 最後の一押しは魔王コールが沸き起こり完全に昂揚こうようしてしまったことだ。


「ふふ……ふふふ……はーっはっはっは! そうだろう、そうだろう! 我ながら実に恐ろしい案を思いついてしまった。我は根っからの魔王であるな。この頭脳が怖いくらいだ」


 まわりの声を聞いて気分を良くした魔王は立ち上がり右手を上げてノリノリで笑い始めた。


「よし! 初めの作戦は毒入りの食べ物を食べさせて毒殺する『勇者、食卓に死す』に決定だ!」


 円卓の間に拍手が巻き起こって祝勝モードになっていた。魔王も勝利を確信し疑わなくなっていた。


「……はぁ。ちょろい」


 ひとり呆れた大臣は物憂げな目をして溜息をつきながらぽつりと言葉を漏らした。

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