魔王である我がチート勇者などに負けるはずがないだろうが

鮎太郎

プロローグ・魔王と勇者、大決戦

 魔界の最奥にある高い山岳。常に暗雲が立ち込め、雷が絶え間なく轟いている。

 そこにそびえ立つ巨大な屋根の高い豪奢ごうしゃな城。天をく尖った屋根に、城壁は黒で統一され、見るものに畏怖の念を抱かせる。


 その城にある玉座の間。広大な部屋は薄暗く、壁に備え付けられた燭台しょくだいの灯りしかない。天井にあるシャンデリアには灯りはなく、時折唸る稲妻がステンドグラスから室内を照らす。煌びやかなその部屋たらしめる玉座は金の枠組みに、真紅の天鵞絨ビロードという豪華なものである。


 やや座り心地の悪い玉座には、暗闇のローブを身につけ、漆黒の外套マントを羽織る人物が座っている。

 雷が落ちる度に照らされる人影は、流れるような長い黒髪はつややかで、端正なその顔は白磁のように青白い。頭には大きな二本のツノが威嚇し、真っ赤な瞳は見る者全てを竦ませる。


 その人物こそ、この城の主であり魔族最強と呼ばる魔界を統べる王『魔王』。傲岸であり不遜、全魔族からの敬意と畏怖を一身に受けるその様は、まさに王の中の王と呼ぶに相応しい。


 魔王は玉座の手すりに頬杖をつき、右手には血のように真っ赤な液体の入ったグラスを優雅に傾けている。


「ククク……我は既に地上界を征服できるだけの戦力を送り込んだ。我の指先ひとつで地上界を如何様いかようにもできる。人間どもめ、我の力にひれ伏し、怯えながらその生が終わるのを待つがよい! ククク……ハハハ……ハーッ! ハッハッハ!」


 玉座の間で魔王はひとり悦に入り、悪の三段笑いを披露していた。

 そんな五月蠅い玉座の間に、入ってくる人影があった。薄暗い中でも薄く輝く純白の髪に、稲妻の光を反射する紫の瞳。見るものを魅了するほどの美貌をした女性は一直線に玉座へと歩み寄る。


「どうした、大臣よ。貴様も一献どうだ?」


 間近まで来た大臣に向けて、手に持ったグラスを掲げて見せる。そんな上機嫌な魔王とは対照的に、波のない水面のように平静を保つ大臣は報告を行う。


「魔王様。地上界に送り込んだ我が軍が一夜にして全滅いたしました」

「は?」


 大臣の言葉に魔王は素っ頓狂な声を上げる。今までの大笑いが嘘のように、表情を強ばらせていた。


「勇者と名乗る者が魔王軍の駐屯地を襲撃、殲滅しました。その勇者、『チート』と呼ばれる能力を持っており、まったく太刀打ちできなかったとの連絡も入っております。その者はゲートから魔界に入り込んだとの情報も……」


 大臣からの報告に、魔王はクククと笑い始める。報告の内容を聞いていないかの様な笑い声が玉座の間に広がっていく。


「……いいだろう。勇者とやら『チート』だか『チーター』か何だか知らんが、我に歯向かうというのなら、こちらもそれ相応の対応をしなければならないな。そうしなれば礼を失するというもの」


 魔王は立ち上がると、闇色のマントをひるがえした。身体を浮き上がらせると、突風のように宙を駆けてステンドグラスを突き破って魔王城から飛び出していった。


「いってらっしゃいませ」


 音速を超えるスピードで向かう先は、魔界と地上界を繋げるゲートであった。


 十分と経たずにゲートが見えてくる。見ただけだとただの祠だが、そこから青白い光が溢れている。これは、先程何者かが魔界に訪れたという証である。魔王がここに来た理由は勇者御一行に挨拶をするためだ。

 宙に浮く魔王の眼下には四人の人影。


 金のサークレットに赤いマントを身につけた『女勇者』

 鋼鉄製の巨大な十字架を背負ったスキンヘッドの『筋肉ムキムキマッチョマン』

 弓と矢を持った、金の髪から覗く尖った耳を持つ『女性エルフ』

 自身の倍ほどの巨大なロッドを持った灰色の汚れたような髪の『童女』


 彼らが地上界に駐留する魔王軍を全滅させた勇者とその仲間たちである。

 魔王は勇者たちの頭上まで来ると、腕を組んで見下ろした。


「初めましてだな、勇者よ。我は魔界を統べる王。誰が呼び始めたかは知らぬが、魔界全土の魔族は王たる我を恐れて『魔王』と呼ぶ。貴様らもそう呼ぶがいい」


 勇者一行は宙に浮く魔王を見上げて各々の武器を構える。その表情は一様に硬い。

 眼下でこちらを警戒する一行に向けて口を端を高く上げて笑みを浮かべる。高所から相手を見下すのは魔王にとってとても気持ちのいいもので、初対面の相手には必ず頭上から挨拶を行う。


「ま、魔王! まさかいきなり!?」


 金髪のエルフは番えた矢を魔王に向けて叫びを上げる。彼女は魔王が纏う高密度の魔力を感じ取り身の危険を覚えていた。今まで戦ってきた相手とは段違いだと。


 これから戦うべき相手がこちらを見て驚き戸惑う姿に魔王は喉を鳴らして嗤う。予想通りの反応に魔王は気分を昂揚させてどんどんと増長していく。さっさと戦闘に入ればいいのものを魔王は言葉を続ける。


「よくぞ、我の軍を打ち破って魔界までやってきたこと、まずは褒めてやろう。だが、我の軍を全滅させたということは、この魔王に弓引いたも同然。このまま黙って魔界の地を踏まえるわけには――」

「えいッ!」


 勇者は魔王の台詞が終わる前に先制攻撃を仕掛けてきた。勇者はただ剣を振っただけなのに、魔王の髪を揺らすと何本か地面に向かって落ちていく。


 それは、本来有り得ない事で魔王は『いかなる攻撃も完全に防ぐ結界を常時発動する』という特殊能力『絶対結界』を持っている。勇者の攻撃はこの『絶対結界』を貫通してきのだ。


 大臣から『チート』という能力の話を思い出た魔王は、急いで魔法『能力解析』を使い勇者のパラメータを覗き見た。


基礎ステータス

筋力(STR)■$39)0

体力(VIT)  2800

知力(INT)     0

精神(MEN)  4500

俊敏(AGI)  1100

正確(DEX)  1200


 そのパラメータにはおかしなデータがあることに気付く。魔王は小首を傾げて目をこすった。もう一度、目を凝らしてみても誤りではないようだった。


 筋力(STR)の表示がおかしい。


 高い、低いのレベルではない。表示される値がバグっている。これが勇者のもつ『チート』という能力によるものなのだろうか。何度見返しても、同じ値に見える。

 魔王の展開する『絶対結界』はこの魔界にある『特殊な武器』以外では、その結界を破ることは出来ないはずである。


 つまり、勇者は「有り得ない値のSTRで強引に『絶対結界』を打ち破った」のだった。


 魔王は右手で頬を撫でると、その手にべっとりと血がついていることを確認した。


「おい! 魔王! 降りてきて戦え! それともあたしが恐いのかー?」


 剣をブンブンと振り回しながら挑発してくる勇者を見て、魔王の中でブチリと何かが引きちぎれる音がした。


「いいだろう、勇者ぁ! そんなに死に急ぐなら、その願い叶えてやろうッ!」




「……そう大見栄を切って、負けてきたのですね」


 玉座で頭を抱える魔王を見ながら、大臣がぽつりと言葉を漏らす。そんな大臣に対して魔王は目を逸らして口の先を尖らせた。


「いや、魔界に来たばかりの勇者と魔王が戦ったら、ふつう、勇者側の負けイベントじゃん? 魔王が負けるなんてありえないくない?」


 大臣向けて魔王は必死に言い訳をしながらすがり寄った。自分の配下にゴミムシを見る目で見られたら、誰でも言い訳したくなるというもの。たとえ魔王といえど例に漏れることはなかった。


「解りましたから。あっけなく返り討ちになった事なんて気にしませんから、あまりみっともない事しないでください」

「解ってない、絶対に解ってない。我、悪くないもん。相手がズルしてるんだって! 『チート』とかよく知らんけど、そいつのせいだって、絶対!」


 大臣はうんざりしてきたのか、平静だった表情から呆れたものへと変わっていった。その様子をみた魔王はより縋りついて必死に言い訳をする。


「おのれ、勇者! 絶対に貴様を倒してやる!!」


 ここから、魔王と勇者の長きに亘る戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

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