第2戦・作戦名『勇者、食卓に死す』
魔界と地上界を繋ぐゲートからやってきた者がまず最初に辿り着く街、グラトニー。
魔界の食卓とも呼ばれており、飲食店が豊富で店舗数も他の街より抜きん出ている。『魔界の食はここに集まる』とも称され、実際にこの街には魔界中の食物が揃っている。
地上界から帰還して疲弊した者を最高の料理でもてなすというこの街は魔界には欠かせない存在である。
大通りの両側には数ある名店が並んでいて空腹を誘う料理の匂いが漂い、往来を行き来する人々は楽しげでどこに入ろうかと迷いながら歩いている。
そんな活気ある街を眺めながら魔王はほっとしていた。
「勇者と争った形跡はないな」
勇者が魔界にやってきたことを知ってから最初に発令したのは勇者の受け入れと交戦の禁止だった。
魔王が敵わなかった勇者に抵抗して何人もが束になって戦闘を行ったとしても勝ち目はゼロである。ここは一旦勇者を受け入れて攻略の糸口を探るしか道はない。
グラトニーの平穏な姿は命令に従って勇者との諍いを起こしてはいない証である。それを知って魔王は胸をなで下ろした。
現状確認が終わった後、魔王は作戦を遂行すべく動き出した。
まず向かったのは勇者一行が入ったというお食事処『満腹亭』。食の都とも呼ばれるこの街でも一、二を争うほどの人気店である。
魔王は店の裏口から侵入してすぐに店内を見回して店の一角に、気の抜けた能天気な顔をした勇者の姿を確認した。無邪気に料理を待つその姿がやけに魔王の癪にさわった。
「魔法『変身変化』」
魔王が変化の魔法を使うと一瞬のうちに、黒色のスーツに白いエプロンを付けた『満腹亭』のウェイターの姿に変わっていた。
店主に事の次第を説明して勇者毒殺の協力を取り付けた。そして、勇者一行が注文した『コカトリスの黄金から揚げ』が魔王へと渡される。『満腹亭』の人気メニューで黄金の衣に包まれたコカトリスの肉は煌びやかで豪奢、鼻をくすぐる香ばしい匂いによだれが止まらない。
「くそ……勇者のくせにいいのもを注文しやがって……ごくり」
つい本音が出てしまった魔王は垂れた涎を拭いてから毒殺の準備へと移る。魔王は茶色の小瓶を懐から取り出して、から揚げに何の躊躇もなく中身をふりかけた。
「お待たせしました。『コカトリスの黄金から揚げ』でございます」
から揚げの乗った皿を勇者たちが囲むテーブルの中心に置く。反転して立ち去ろうとすると、何者かに肩を掴まれた。
「ちょっと待って……この黄金から揚げ――色がショッキングピンクなんだけど?」
魔王の肩を渾身の力で握り潰そうとする金髪碧眼の美女。長く艶やかの髪から尖った耳が覗いている。
彼女こそ勇者一行の一人、狙うものは絶対に逃がさない美しすぎる
エルフは去ろうとする魔王を掴んで、地獄の底から唸るような怨念じみた低い声と何ものをも射抜く視線で問い詰めてくる。魔王は顔を逸らして彼女と視線を合わせないようにした。
「いいえ、これがご注文の品です」
「そんな訳があるか! どう見ても黄金じゃないし! これ絶対に毒でしょ! ハナコ、食べちゃダメよ」
ナディスは長い金髪を振ってテーブルの一角を見つめた。
そこでもぐもぐと咀嚼している幼さの残るあどけない少女は黒い瞳でエルフの視線を受け止める。少女の短く黒い髪は少し少年を思わせる。
彼女こそ勇者一行のリーダーである『チート』能力を持つ
勇者はナディスからの言葉を全く理解していない風で咀嚼を止めようとしない。
「え? よく解んなけど、これ、変な味がしておいしくなーい。ナディスも食べる?」
勇者はフォークに刺さったショッキングピンクの鶏肉を怒れるエルフに差し出す。
「美味しくないなら食べるのを止めて! それに不味いと思うものを他人に勧めるないで! ジューディアも、傍から見てないで何とか言ってよ!」
次にエルフが視線を向けたのは、法衣を着た大熊のようなムキムキマッチョの男性だった。スキンヘッドの彼はおもむろにフキンを手に取った。
「ほらハナコ、口もとに毒が付いているぞ。まったく、まだまだ子供だな」
ゴリラのような大男は勇者の口の周りに付着したショッキングピンクの毒をフキンで拭き取っていく。
筋肉ダルマのような彼は勇者一行の一人、誰にでも隔たりなく慈愛を与える優しき
頭が光を反射する僧侶は父性溢れる手つきで、ハナコの顔を綺麗にしている。
「お前は父親みたいなことするより先に、まず食べるのを止めなさいよ! どう見ても毒でしょ!?」
ナディスの細い喉から金切り声が響いてくる。
エルフが次に睨みつけたのが、小学生のような見た目をした幼い少女だった。汚れた灰のような色の髪をサイドで結い上げた可愛らしい童女は、あからさまに向けられた視線から銀色の瞳を逸らした。
「いや、儂には関係ない事じゃし……」
外見とは似合わぬ言葉遣いをするこの童女は勇者一行の一人、六属性魔法に加えて法術まで行使できる
無関心を装う様からは厄介ごとには一切関知しないという鋼の意思を感じる。
「関係あるでしょ! 毒盛られたのよ私たち! ひとりで無関心決め込むな!」
長く真っ直ぐな髪をかき乱しながらナディスは騒ぎ立てる。
「ねぇ、これもうないの? おかわり欲しい」
ハナコは口をだらしなく開けたまま、ショッキングピンクのたれだけが残った皿を魔王に渡してきた。
「ははは、まだあるぞ」
魔王はもう一皿テーブルの上に載せる。
「何、御代わりしてるの!? 散々毒だって言ってんじゃん! 何で無視するかな!」
ほぼ半狂乱となったナディスがツッコミを入れてくる。そんな様子を見ながら、魔王はつい口を挟んでしまう。
「お前、生き辛くない?」
ひどく疲れた様子のエルフは青く輝く瞳から憎しみを込めた視線を魔王は向けられた。
「そうよ! 現在進行形で絶賛に生き辛いよ! 主にお前のせいだけどな!」
ナディスはガミガミを言葉を発していたが、一瞬のうちに眼光を鋭くさせる。
「ねぇ、そうでしょ、魔王!」
「まさか、我が魔王だとバレているだと……我の完璧な変化魔法が効かない?」
魔王は魔法が効かななかったことを少し不満に思って頬を膨らませる。
「ただ服を着替えただけでしょ。そんなことより、覚悟しなさいよ」
それだけ言って、金髪の狩人は弓に矢を番えて矢じりを魔王に向けた。そうやって戦闘態勢に移行したのは彼女だけだったが。
「待て、弓を降ろせ。我は貴様らと矛を交えにきた訳ではない」
「いや、どう考えても毒殺する方が殺意が高いでしょ」
エルフの殺意に満ちた視線が鋭くなるが、それを横目に魔王は勇者に疑問を投げかける。
「ハナコよ、お腹痛くなったりしない? 今すぐにでもトイレに行きたいとか、ない?」
魔王の言葉を理解できないのか、ハナコは小首を傾げる。
「ん? そんなことないよ。あたし、強いから毒くらいなんともないし」
新しく出されたから揚げにフォークを差しながら勇者は言った。何を言っているのか理解できない魔王は眉を顰めた。
「まぁ、ハナコの話を要約すると、『筋力(STR)で解決できないことはない』という意味らしく、毒程度どうということはないらしい」
スキンヘッドの僧侶は勇者の話をかみ砕いて伝えた。
「なに、その『脳筋理論』! そんな
今度は魔王が焦ったように語気を荒げる。そんな魔王に少し同調したのか、ナディスは小さく息を吐いてから弓の構えを解いた。
「普通、そう思うわよね、でも、事実なのよ。今だって毒耐性を持ってないのに平気にしてるでしょ?」
魔王は急ぎ魔法『能力解析』で再度ステータスを確認するが、たしかに毒に対する耐性はまったく持ち合わせていない。不満げな視線をナディスに投げかけるが、肩を竦めるだけだ。
魔王は笑顔でから揚げを頬張るその様子が気になってきていた。実はこのショッキングピンクのたれは『毒ではない』のかもしれないと。あの小瓶の中身はショッキングピンク色のただのドレッシングだったのではないか。
「……ハナコよ。我にひとつよこせ」
「ん? いいよ。ひとつだけだからね」
不味いと言っておきながら食い意地の悪さを発揮する勇者は、皿を魔王の前に差し出してきた。魔王はそれをフォークで刺してじっと見つめてから口を開けた。
「ちょ、本気なの?」
毒を食べようとする魔王にナディスが動揺している。それを気にせず、魔王はから揚げを口の中に入れる。
口に入れてすぐ、苦くて酸っぱい辛みが口の中に広がってきて、確かに不味いという勇者の言葉が真実であることを理解させられた。たしかに不味かったが、ただそれだけ……咀嚼して飲み込む。
「――!!!」
それは突然きた。ドリルでかき回されるような腹痛。下腹部が勢いよく伸縮する感覚。すぐに括約筋が津波で決壊しそうになるのが解る。から揚げにかけたのは間違いなく、件の毒だった。
「くそっ! ハ、ハナコとその付き人よ……今日のところは勘弁しておいてやろう。だが、次こそは……トイレどこにあるか知りません?」
お腹を押さえた魔王の限界を突破せんとする震えた声に、呆れ顔のエルフはトイレを指で差し示した。すぐに駆け込んだ魔王は二度と出ようとはしなかった。
そして、『満腹亭』には静寂が訪れた。
「店員さん。『コカトリスの黄金から揚げ』もう一皿お願いします」
その後、勇者一行は無事食事を済ませたという。
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