第38話 雑賀からの報告

 金曜日の夜に雑賀が一斉メールで天文部の部員に事の顛末を伝えた。無論、事とは、速水の件と、エリと雑賀の件だ。


 副部長である更科は、一度、天文部全員で集まろうともちかけたので、翌日『ジョイキチ』に天文部が集合した。

 

 四人がけの席に、椅子をひとつ足して、天文部の面々は机を囲んだ。

 急な召集にもかかわらず、全員出席であるのは、部長からの報告内容の重大さからだろう。朝のファストフード店の一角では、やや張り詰めた空気が流れている。


「えー、みなさんに報告があります」

 雑賀の顔がふわっと緩んだ。

「私事ではありますが、このたび、天文部部員のエリちゃんと付き合うことになりました。よろしく」

 

雑賀が言い終わらないうちに、更科が笑いだした。

「はー、くだらねー! そんなことでわざわざ貴重な休日に呼び出しやがって」

「あら、集まろうって言ったのは更科くんよ」

 沢口はすぐに更科に反論したが、更科は「はいはい」と雑にあしらい、ハンバーガーを頬張った。


 小林はエリの両肩を掴んで、迫った。

「エリ、本当にいいの?」

「いいんです!」

 エリは照れ笑いをした。


――沢口は感極まって、涙した。

「エリちゃん、実はね、文化祭前に雑賀くんが私に電話してきたの。『エリちゃんの好きな食べ物って何だと思う?』って。雑賀くんは匿名でいたかったみたいだけど、もういいわよね?」

 雑賀は「その件は、ありがとうございました」と事務的な返答をした。

「えー! 雑賀センパイだったんですか」

 エリは両手を口にあてて驚いた。

「エリ、雑賀ってちょっと気持ち悪いと思わない?」

 小林はエリに同調を求めた。エリはちらりと雑賀を一瞥してから言った。

「私も、そう思います……!」


 エリの言葉に、2年の天文部員たちは笑っていた。

――沢口以外は。


 沢口はそっと雑賀に耳打つように囁いた。

「雑賀くん、エリちゃんの前では、かっこいい雑賀センパイのままでいれるといいわね」

 すると、雑賀は照れるように「いや、すでに俺の素性はバレてしまっているみたいだよ」とはにかんだ。

 沢口は「え」と声に出てしまいそうになるのを、すっと喉の奥にしまい込んだ。沢口には、小林にからかわれているエリを見て、どこか遠い目をした。

 


 沢口は雑賀が好きだった。

 しかし、エリと雑賀が実は想い合っていると気づいてからは、陰からそっと応援していたのだ。いや、沢口は雑賀の恋が実ればいいと思っていたのかもしれない。


「かほってさ、優しそうに見えて、実はそうでないかと思いきや、本当に優しいっていうタイプだよな。まあ、今回は諦めるっきゃないな!」

 更科はぽんと軽く沢口の背中を叩いた。

 沢口ははっとして、更科のほうを向くと、更科はぎこちなくウインクして見せた。

「……気づいていたの? 私が雑賀君を――」

「――さあなあ。まあ、雑賀みたいな雑魚はやめにして、新しいやつ見つけろよ、ああ、俺とか?」

 ケラケラと笑う更科の背中を、沢口は少し強く叩いた。

「信じられないわ!」


 エリは更科と沢口が楽しそうにしているなと思いながら、ハンバーガーを頬張った。ファストフード店のなんでもないハンバーガーだが、エリには絶品に思えた。


〈完〉

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