第37話 雑賀のささやかなプライドはすでに……
雑賀がおっとりとした性格かのように装っている、というエリの追及に、雑賀は返答に困った。なぜなら、エリの言ったことは事実だからだ。雑賀は確かに、エリの前ではかっこいい先輩であろうと、穏やかな人柄を心掛けていた。
しかし、雑賀はエリ本人に、その慎ましやかなプライドを知られることは耐えられないので、白を切ろうとした。
「おっとり、した様に振舞った覚えはないと思うけど……」
エリは目を細めて前のめりになった。
「センパイは、私には気づかれていないとまだ思っているかもしれませんが、私はなんとなく気づいています。模試が終わった後とか、テストの前とか、結構、イライラしていますよね。微笑んでみせますが、機嫌が悪いこと、バレてます」
雑賀は閉口した。自分では上手く隠せていると思っていた自分の醜いところを、エリはしっかりと捉えていたのだ。
「センパイは機嫌が悪いときにそれを隠したり、粗野なところを直そうとしたりしています。特に、私の前では顕著に」
「はい……そうかもしれません……」
雑賀はもう逃げられないと、恐縮した。
興奮気味に前のめりになっていたエリは、すっと身を引いて、姿勢を正した。
「つまりですね、私が言いたいのは、私のために色々と頑張ってくれるセンパイがいじらしくって、そういうところが好きなんです!」
「え」
雑賀がエリの顔をよく見ると、彼女は耳までほんのり赤く染まっており、先ほどまでまっすぐだった視線も、どこか居所をなくしたように泳いでいた。
雑賀はふと、可愛い、と思ってしまった――
「あの、なんかすみません。なんだか上手く伝えられなくて……私、すごく緊張しちゃって。その、こういうことは初めてだから、どういう感じで伝えたら上手に伝えられるか、よくわからなくて……」
エリはとても小さな声で、放心してしまった雑賀に告げる。
雑賀は我に返って、首を振った。
「いや、ものすごく伝わったよ。最初は少し驚いたけど。ありがとう」
温かな沈黙が訪れた。エリは雑賀から目を離さないので、雑賀もエリから目を離せなくなっていた。
窓の外の、野球部員が柔軟体操のカウントをする声が、どこか遠くの世界からやってくるようだった。
「センパイ」
「なに?」
「センパイはもう何もないですか」
エリは期待を含ませた瞳で雑賀を見つめた。
雑賀は両手を自分の両ももの上に当てて、手の水分を拭った。
「あるよ」
エリは再度、座りなおして姿勢を正した。
「結局、エリちゃんと俺って、両想い……なんだよね?」
雑賀は確かめるように言った。
「そう、なりますね……」
「それなら、エリちゃんと俺が付き合うことも、問題ないんだよね?」
「そうですね。問題ないです」
雑賀は深呼吸をして、席を立った。
「センパイ?」
つられてエリも立ち上がった。
「エリちゃん、話が複雑になっちゃったから、改めて言うね」
「はい」
雑賀は自分を見上げるエリを、愛おしいと思った。
「エリちゃん、僕と付き合ってください」
エリは雑賀を見つめたまま言った。
エリは少し間をおいて、雑賀にいたずらっぽく笑った。
「一人称、『僕』に換えたんですね。『俺』だと場にそぐわないからですか? それとも、やっぱり『俺』だと、粗野な感じがしちゃうからですか? いまさら、おっとりぶっても、もう遅いんですからね!」
雑賀は緊張で少し上がっていた肩をがっくりと落とした。
「エリちゃん。せっかく勇気を出して言ったことを、そんなふうに言われると、さすがにショックだよ。それに、別におっとりぶっている訳では……」
エリは「ふふ」と笑って、雑賀に抱きついた。
「センパイと付き合う件についてはOKです!」
突然の抱擁にまごつく雑賀を、エリは照れ隠しで一層強く抱きしめた。
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