第36話 エリのプレゼン

「あの――」

「――センパイ」

 ほとんど同時に二人は言葉を発した。

 だが、エリの目が「次は私です」と言わんばかりであったため、雑賀はエリに譲った。

「エリちゃん、どうぞ」 

 

 エリはちぎったティッシュをかき集めて、机の中央に山を作った。

「雑賀センパイ、私、センパイのことが好きです」

 エリはいつもより少し早口で、詰まるように吐き出した。

「えっと、センパイっていうのは――」

「――雑賀センパイです。雑賀宙センパイです」

 エリは小さな口をきゅっと結んで、雑賀をうかがうようにじっと見つめた。


「つまりそれって――」

「――まだまとめないでください。私が話す番です」

「あ、ハイ」

 雑賀は潔く黙った。


「好きっていっても、その一言だけじゃ、よくわからないと思うんですよ」

「そ、そうかもしれないね」

「だから、どうして私が雑賀センパイのことを好きなのか。どのくらい好きなのかを言おうと思います」

 雑賀は目を見開いた。雑賀にとってそれは、何よりもききたいことであるが、あまりに予想外のプレゼンであった。雑賀は恥ずかしさを隠すためにぐっと押し黙った。


「私は、入学式の日に、雑賀センパイを見かけたときから好きでした。私はセンパイから目が離せなくなってしまいました。センパイから話しかけられたときも、もう、センパイに夢中になっていて、抱きつきたくて仕方なかったんです!」

 雑賀は、エリの潤んだ目に捕らわれて、目が離せないでいた。自分の首筋の脈打つ波動が、足の末端まで響くような気がしていた。


「天文部に入ったのも、センパイがいたからです。もっと近くでセンパイを見ていたいと思ったからです。実際、こうして一緒に過ごしていくうちに、毎日毎日、どんどん好きになっていっちゃいました」

 雑賀は嬉しさと恥ずかしさでにやけてしまいそうになるのを、両手をぐっと握ることでなんとか堪え、かろうじてエリのほうを向いている。


「私は、センパイの優しい声とか、その大きな手とかが好きなんです。私、実は手フェチです。本当は、センパイの手で頭を撫でてもらいたいんです。そしてそのままぎゅーって抱きしめてほしいんです」

「――エリちゃん?!」

 雑賀はエリを制止しようとしたが、それでもエリの饒舌は止まらなかった。


「センパイが、私のこと好きなんじゃないかなって、少し思っていました」


 雑賀は一瞬、胸が冷えるような感覚がした。

「どうして、そう思ったの?」

「センパイは、私の前だと余裕があるように見せようと必死だからです」

 乾いた声で答えたエリに、雑賀は胸に詰まるものを感じた。

 

 エリは話し続けた。

「秋人センパイとかと話しているときとは、もう、色々と違うんですよ。たとえば、話し方とか。私以外の人と、特に同性と話すときのセンパイは、もっと粗野です」

「そうかな……」

 雑賀には心当たりがありすぎたが、雑にはぐらかした。


「あと、本当はそんなにおっとりした性格じゃないですよね?」

 エリは雑賀に鋭い上目遣いをした。雑賀は唾をのんだ。

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