第35話 エリの意外な返事

 エリの涙はすでに乾いており、背筋も伸びていた。

「雑賀センパイの話はたぶん、当たっていると思います」

「速水くんのことは、ただの想像だけど……」

「シュンは私のことを好きなんだと思います」

「あの場にいたみんながそう思ってたよ」

 

 エリは涙でふやけたティッシュをちぎって、机の上に並べていた。

「私は、シュンにひどい思いをさせてしまったと思っています」

「でも、こればっかりは仕方ないよ。どうしようもないよ」

「はい。そうなんです」

 エリは涙をうすく浮かべたまま、けれどはっきりと言い切った。


「え」

 エリを顔をよく見ると、そこには「自責の念」や「罪悪感」といった表情が一切なかった。そんなエリの様子に、雑賀は戸惑いをうまく隠せずにいた。


「だって、誰かを好きになるのって、他人に遠慮していたら、上手くいかないじゃないですか」

「そう……なのかもしれないね」


 エリは背筋を正して、まっすぐと雑賀を向いた。

「シュンには申し訳ないですが、私がシュンを好きにならなかったことは、シュンの力不足だからで、それに関して、私には一切の落ち度はありません。あるとすれば、シュンに対して期待させるような態度をとってしまったことですが、それでもやっぱり、私は悪くありません」

 雑賀はエリの言葉に衝撃を受けた。

 エリの言うことに一切の異論はないが、エリがそれを自分で言ったことに驚いたのだ。エリが今言ったことは、普通ならばそう思っていても、そう簡単にははっきりとは言えないものだからだ。少なくとも、雑賀には同じようなことは言えないな、と思った。


「エリちゃん、すごいね」

 「センパイほどではありません」と言うエリの目は、雑賀には「次はセンパイです」と言っているようだった。もう恥ずかしがってはいけないのだ。雑賀とエリは今、「恥」の告白タイムのなかにいる。


 次は、雑賀のターンだ。

「じゃあ、速水くんの件は、これでもう、おいておこう」

「そうですね」


 雑賀はエリに悟られないように、深呼吸した。

「俺は、エリちゃんとはまだ話しておきたいことがあるんだ」

「俺は、エリちゃんのことが好きだ」

 雑賀はエリの顔を見れなかった。


「はい」

 エリは平然と、飄々と。短い言葉で受け止めた。

 雑賀は動揺していた。

『はい? はいだって? それだけ? それって、好きじゃないってこと?』


「それで?」

 そう言ったエリの顔を、雑賀はじっと見た。エリは笑顔とも真顔ともいえない表情で、雑賀をまっすぐ見つめていた。

『それで?』

 雑賀はエリの言葉の真意を探した。

「……もし、エリちゃんが良ければ、付き合ってください」

『これが一番、自然な流れだよな? それ以外になにがある?』

 雑賀は雑賀の考えうる最適の返しをした。しかし――


「終わりですか?」

 エリはやはり、顔色を変えることなく、迫った。

 雑賀は他に言葉が見つからず、「うん」とだけ言った。

 

 雑賀は目の前の、得体の知れない魔物の攻略法を必死に考えていた。告白がこうもあっさりと終わってしまうことは、自分のなかの何か大切なものが壊れてしまうと思ったからだ。





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