第31話 エリの付箋には……
「そういえば、秋人センパイ、ノートありがとうございました! 雑賀センパイ
も!」
エリの言葉に雑賀は冷や汗を流した。ほんの出来心で付箋を回収しなかったが、エリはあれを見たのだろうか――
「ああ、3Cの机の中にあったんだよ。エリもドジだなあ」
更科が机の下で、雑賀の足をかるく蹴った。雑賀は無視しようとしたが、賭けにでた。
「エリちゃん、付箋、大丈夫だった?」
「あっ、まだ見てないないです。なんだったんですかねー。今、確認してみます」
エリがスクールバッグから水色のノートを取り出した。
事情を知らない沢口と小林も、何かを察した。四人の中で緊張感が走った。
「えーっと、どこかなあ」
エリがノートのページを捲っていく。
速水はきょとんとしていたが、二年生の緊張を感じ取って、何かが起こるのだとわかった。
「あっ」
ノートのページから、オレンジ色の付箋が剥がれ落ちて、ほこりっぽい部室の床の上に落ちた。
「俺がとるよ」
速水が付箋を拾い上げる。
雑賀の目は速水を捉えていた。
速水の反応は雑賀と更科にとって、予想外のものだった。
「更科先輩、これ、先輩のメモですよね? はい、お渡しします」
入部希望の理由を述べたときと同じ表情で、文字がエリに見えないように、更科に渡した。
「お、おう。確かに、この付箋は俺のだ、ありがと」
受け取った『大好きエリちゃんっ』と書かれた付箋を、更科は机の下で雑賀の太ももに貼り付けた。
「ちょっと、ゴミを人の足に貼るなって」
雑賀が付箋を剥がして、更科のスラックスのポケットに入れようとした。
「何のメモですか?」
エリが首をかしげて尋ねた。
更科は机の下で雑賀との攻防を繰り広げながら答えた。
「いや、この付箋は俺のものなんだけど、メッセージを書いたのは俺じゃないっていうかさ。まあ、俺が書いたんだけどさ。つまり、メッセージを考えたのは俺じゃないんだよ」
更科の意味不明な説明に対し「何がいいたんだ」と雑賀が更科の足を蹴った。
「あっ!」
「ちょっと!」
更科が雑賀から身を引いた途端、オレンジ色の付箋が、木造校舎二階の天文部部室の床に落ちた。
「私、拾いますね」
エリの小回りのきく小さな体が机の下にもぐって、付箋を獲った。
机の下から出てきたエリの手には付箋が握られている。
「エリちゃん?」
エリは更科を一瞥したあとに、雑賀を見下ろした。
「ねねー、それには何が書いてあるの?」
「真紀ちゃん、プライバシーよ」
小林の問いに、沢口が答えた。
「秋人センパイ、この付箋、やっぱり私のものみたいでした」
エリの発言に速水の眉が動いた。
「そっかー。なら、またノートにでも貼っておけばいいんじゃない?」
更科は机の上に置かれたノートに目を遣った。
「そうします!」
エリは照れた顔を隠すようにノートを広げて、雑に付箋を貼った。
雑賀はその一挙一動を見守るしかなかった。
「ねえ、エリちゃん。エリちゃんの分のマカロンもあるのだけど、いま食べるかしら」
沢口がメッセージカード付きの半透明の袋をエリに差し出した。
「はい。いただきますっ」
「なら、エリちゃんはノートしまって。雑賀くん、これ、開けてあげて」
エリはスクールバッグをチャックを開けて、水色のノートを一番端の教科書と教科書の間にねじ込んだ。スクールバッグはすでに中身がたくさんつまっていた。
雑賀は沢口から渡された半透明の袋にかかった青いリボンを解いて、メッセージカードを見た。
「雑賀くん、盗み見はよくないわよ」
「見えるようにつけるのもどうかと思うよ。これじゃあ、丸見えだからね」
「かほ先輩からもメッセージがあるんですか?」
エリは沢口から受け取った小袋についたメッセージカードに「大好き」と書いてあることを確認した。
そして、「センパイには何て書いてあったんですか?」と雑賀に訊ねた。
雑賀は手のひらサイズのメッセージカードを弄んで、速水の腕のあたりを見つめた。
「『大好き』って」
「え?」
「『大好き』って、そう書いてあるんだよ」
雑賀がエリに微笑むと、エリは「私もです」と笑った。
更科は腰に手を当てて唸った。
「はー、くだらねー」
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