第30話 雑賀は速水を観察する

「いらっしゃい、速水くん。マカロン余ってるの。食べる?」と沢口。 

「マカロンなんてあるんですか? いただきます!」と速水。

「速水、腕触らせろよ。鍛えてるな、すげえー」と更科。

「趣味でアーチェリーやってるので、筋トレしてるんです」と速水。

「アーチェリーって、宙と一緒じゃん」と小林。

「え! 雑賀センパイってアーチェリーとかできるんですか! 意外です」とエリ。

「宙は県大会みたいな大会で、賞とかとってたんだよ」と小林。 

「アーチェリーやってる人って周りにあまりいないのでびっくりです」と速水。

「東光にはアーチェリー部ってないものね」と沢口

「やっぱり危ないからかな? あれ、ささったら死ぬんじゃね」と更科。

「ささると最悪死にますが、安全管理をしていれば大丈夫ですよ」と速水。

「雑賀センパイにそんな殺傷能力があったとはっ」とエリ。

「いやいや、刺すのは矢のほうでしょ、エリ! ヤバってそれ」と更科。

 

 雑賀は四人の会話をBGMのように聴いていた。


 速水の存在が早くも自然であるかのようになって、ただ座っているだけの自分のほうが違和感のある存在のように雑賀には思えた。


「雑賀センパイにも一芸、あるじゃないですか!」

 エリが期待のまなざしで雑賀を見る。

「でも、小学校でやめちゃったから」

 目のやり場に困って、視線を速水に向けた。


 速水が雑賀の視線を受けて、「なぜやめてしまったのですか?」と訊く。そう訊くのが自然な流れだろう。雑賀は速水を見たことを後悔した。

「勉強に専念したくってね」



「私、いつも雑賀センパイに勉強、みてもらってるけど、すごいんだよ」

 エリは自分のことかのように、雑賀の功績を速水に話した。

 速水は「すごいね」や「さすが先輩です」を繰り返していた。


「ところでさ、なんで速水は天文部なんかに入部希望なわけ?」

 天文部員の全員、既知のことを、小林は訊いた。

 更科は「そんなの決まってんじゃん」と言いかけて、「きになるきになる」と言った。

 

 速水は見渡すほどでもない、天文部の部室を見渡し、答えた。

「エリから聞いていた天文部の雰囲気が、自分に合っていると思ったんです」

 正当な理由だった。


 雑賀は「天文部の雰囲気とは?」と深追いする。

「自分は今まで部活には入っていなかったのですが、やはり文化祭など、部活単位で行動するときにクラス以外の自分の居場所がほしいと思ったんです。そうやって考えたときに、心の落ち着く、アットホームな空気のある部活で、活動自体もあまりハードでない部活となると、ここ、天文部なんです。馴染みのあるエリがいる部活ですし、なにより、今こうしてお話ししていて『ここにいたい』と思えるような部活です。雑賀先輩のご質問にぴtったり沿うような答えではないかも知れませんが、自分はこういった理由から、天文部に入部希望です」

 完璧な答え。ベストアンサーだと雑賀は思った。

 

 雑賀の質問、「天文部の雰囲気」については見事にスルーされているが、雑賀の質問なんて忘れてしまうような内容だった。

 そもそも、エリから聞いた話とせいぜい十分ほどの会話で、雰囲気も何も、分かったものではない。実際、雑賀も「アットホームな」くらいの言葉しか思い浮かばない。

 

 速水はきっと、あらかじめ考えていたんだ。雑賀はそう思った。

 速水は、自分がエリと親しいこともさらりと触れている。

 策士だ。


「そう思ってくれるなんて、部長として嬉しいよ」

 雑賀は心の中で『部長として、ね』と付け加えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る