第29話 入部希望の速水君
エリはいつもとは違った緊張感で、東校舎の廊下を歩いていた。
エリにとって、速水が入部することがもちろん、喜ばしいことだが、本当にこれで良いのかと思ってしまう。今さらながら、もし速水が入部すれば、エリは来年度から速水と二人きりになってしまうことに気づいたのだ。
木造校舎の床を軋ませながら、天文部の部室へと歩いた。
「ここが天文部の部室だよ」
「こじんまりしてていいとこだね」
エリはドアをノックした。盛り上がっていた話し声は、エリがノックしたことで一層大きくなった。このときふと、エリはいつもドアをノックしていなかったな、と思ったのだった。
「どーぞー」
雑賀の少し投げやりな声に応じて、エリはドアを開けた。他の部員は全員そろっている。
エリは速水に入るよう促した。
「紹介します。入部希望の速水くんです」
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雑賀の告白に、天文部の部室は今までにないほどの盛り上がりをみせていた。
雑賀は袋のねずみで、好き放題にいじられていた。
「もうやめない? エリちゃん、来ちゃうから」
「いいじゃん。このまま告っちゃいなよ!」
「そうだ雑賀! やれっ!」
「二人とも、ただ馬鹿騒ぎしたいだけだろ!」
雑賀は低く、底から絞りだすような声で二人を牽制した。
「はい、地がでた~。エリの前ではすっごーく気をつけてるみたいだけど、余裕がなくなるとすぐ地がでるんだから」
更科は雑賀の頬をつつく。
「更科くん。話し方ってなかなか直らないものよ」
「だから、気をつけてるのに……」
先ほどとは打って変わって、雑賀はおっとりした声で言う。
コンコン
天文部の部室を誰かがノックした。
「どーぞー」
雑賀は一切のやる気を喪失して、適当な声をだした。
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雑賀はエリの隣にいる男子生徒を眺めていた。
黒髪で短髪、日焼けした肌はスポーツマンを思わせる風貌で、長袖のシャツの上からでもその下には立派な筋肉があることが分かる。天文部とは無縁そうな人間である。
「初めまして! 一年二組の速水旬です。天文部への入部を希望している者で、今日は見学に来ました」
声にハリがあり、目も泳いでいない。好印象以外、何も抱かないような好青年である。
しかし、雑賀はそんな速水になぜか好感がもてなかった。雑賀は、十分休憩の際に速水とエリが会話していたことを思い出していた。
「あっ! このイケメンだよ! 私が昨日――」
「――真紀ちゃん、勘違いよ」
小林を沢口が止めた。
天文部の二年生全員は、突然現れた速水が、昨日エリとジョイキチにいた人だと認識した。だが、今はそこには触れないことになった。
雑賀は会話には加わらず、やり取りを眺めていた。
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