第22話 速水、エリ、更科、小林、沢口。眠前のそれぞれ
速水は自室のカレンダーをぼんやり眺めていた。
明日が天文部の活動日であることは知っていた。エリから、月曜と火曜と木曜が活動日だという話を前に聞いていたからだ。
「明日か」
十月の下旬に入部する一年生というのも、なかなか珍しいだろうなと速水は自分でも思うのだが、特に気にはしていなかった。
速水はエリのことが好きだ。
ありきたりな話だが、文化祭実行委員で一緒に過ごしているうちに、速水は自分の気持ちに気づいたのだった。エリのぱっと花が咲いたような笑顔に魅かれて、速水は恋の矢に自分から射られにいった。
速水は自分で自分のことを馬鹿だと思うくらい、エリのことばかり考えていて、少しでも長く一緒にいたいと思っている。天文部に入部する理由も、百パーセント、エリの存在である。天文部にはエリのほかにも四人の部員がいるらしいが、いずれも二年生であるため、遅くとも今年度中には引退する。たとえ馬が合わなくとも、あと少し辛抱だ。
我ながらおぞましい考えだな、と速水は思ったが、興奮して目はばっちり冴えている。
時計を見ると、まだ十時だったので、速水は入学式の日にもらった部活動一覧の冊子を探した。
---------
エリは動揺していた。
雑賀からのメールに、にわかに信じ難いことが書かれていたのだ。
『エリちゃんに今すぐ会いたい! エリちゃん大好き(はあと)』
雑賀はエリのことをちゃん付けで呼ぶが、このメールのような甘ったるい文面は、残念ながら送らない。
エリは、更科が雑賀と同じ予備校に通っていることを思い出すと、とたんに心は静まり返った。このメールはおそらく、いや絶対に、更科が書いたものだとエリは確信した。
だが、無視するのももったいないので、エリは雑賀が焦ってしまうようなメールと打とうと思い立ったのだった。
エリはいくつかの方法を思いついた。
一、雑賀からのメールを真に受けたとみせかけて、こちらの好意をほのめかす。
二、雑賀からのメールを偽物と認識している体で、もし本物だったら嬉しかったの に、とさりげなく伝える。
三、雑賀からのメールを偽者と認識している体で、送られたメールの本文を転用し、名前の部分を「エリちゃん」から「雑賀センパイ」に代える。
沈思黙考。
エリは選択肢三を選ぶことにした。
『雑賀センパイに今すぐ会いたい! 雑賀センパイ大好き(はあと)』
送信。
自分で文を考えたわけではないが、エリは自室のベッドの中で悶えていた。
-----------
更科は帰宅すると、真っ先にシャワーを浴びた。
自慢のシックスパックも今は休め時。全身の力を抜いて、今日一日の疲れを癒すのだった。
更科こだわりのシャンプーを泡立てながら、新入部員のことを考えた。
『この時期にわざわざ魅力ゼロの天文部に入るってことは、まあ、誰か目当てだろうな。』
泡だったシャンプーで、頭皮から毛先まで丁寧に洗う。
『でも、あと半年で引退する二年生を追いかけてっていうのは、まあ無いだろうから、やぱりエリ目当てか。邪魔な二年もすぐ引退するって算段か』
泡をシャワーでゆすいで、ついでに頭皮マッサージをする。
『女子かなー、男子かなー。でも正直、男だったらそいつ、かなりヤバい奴だよな。だって、部室でエリと二人っきりっていうのを狙ってるってことでしょ?』
泡ででてくるボディーソープのボトルをプッシュして全身を洗う。
『雑賀がどうでるか――』
シャワーで全身の泡を流して、湯船に浸かる。
『あいつもそろそろ年貢の納め時だよな。今日はあんなに怒ってたけど、どうせ奴だって俺と同じようなことをしてるんだから』
浴室内にもわもわと白い湯気が充満していた。
-----------
小林は、敷布団の中で等身大の抱き枕を脚に挟んで、ニヤニヤしていた。
『明日はエリの恋バナで決定! あの彼氏のこと、根掘り葉掘り聞いちゃうから。彼、かなりイケメンだったよな~。何部なんだろう。水泳っぽいかな。まあ、明日には分かるけど!』
敷布団の近くに置いてある卓上時計を見て、早く明日にならないかと小林はそわそわしていた。
『あ、でも、宙はエリのこと好きっぽかったけど、どうなんだろ。まあ、宙の性格からして、告白とかムリだから、仕方ないか。幼馴染のよしみで少し泣いてあげるよ、ぐすん』
----------
沢口はラッピングを終えて、完成したマカロンをしげしげと眺めていた。
『これが明日にはみんなのお腹の中へ入るのね。ふふふ。なんだか変な感じ』
フランボワーズショコラとレモンの三種類が入った、半透明の袋は、どれも青いリボンで口を結ってある。沢口は天文部らしく、リボンを青にした。
恐らく、そこに気づいてくれるのは更科くんだけだろうなと思った。更科はたいていのことにおいては、がさつだが、どうでも良いことにはよく気づく人である。
『そうだ! みんなにメッセージカードも書きましょう!』
沢口は、手のひらサイズのメッセージカードに一言ずつ書いて、リボンにくくりつけた。
『真紀ちゃんには(ありがとう)エリちゃんには(大好き)更科くんには(ほどほどにね)雑賀くんには(ファイト)』
大きな紙袋に四つの袋をひとまとめに入れて、沢口は自室のベッドに入った。
『雑賀くんがエリちゃんのことを好きなのはもう、周知の事実なのだけれど。私としてはなんとしても、雑賀くんの口から聞きたいのよね。エリちゃんが好きって。それ聞いただけで私、ご飯三杯はいけるわ』
枕元に置いておいた携帯をふと見ると、メールの着信があった。
『真紀ちゃん?』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます