第17話 沢口と雑賀の関係
沢口は東光駅の近くにある大型スーパーに来ていた。
『フランボワーズもいいし、レモンもいいわね。やっぱりショコラは欠かせないかしら』
沢口は天文部の部員たちに振舞うお菓子の材料を選んでいた。熟考の末、マカロンを作ることは決まったのだが、どの味にするかはまだ決められずにいるのだ。
家を出るときは、スーパーに行ったら何か思いつくだろうと思っていたが、陳列棚の前で沈思黙考していた。
『でも、アーモンドプードルとお砂糖はカゴに入れたことですし。あとはラズベリーを探して……。ええ、そうしましょう。レモンは家に残りがあったと思いますから、問題はないでしょう。それに、もし足りなかったらまた買いにくればよろしいですからね』
マカロンの基本的な材料はどの味でも同じであるため、作るときにどの味でも作れるように、沢口はラズベリーのドライフルーツとココアパウダーも買うことにした。最悪、つくっているときに味は決めれば良いのだ。
沢口は学校では「お嬢様」と呼ばれているが、本人は否定している。おそらく、沢口の丁寧な口調やまっすぐ長い黒髪が、そう思わせているのだろうが、所謂「お嬢様」ではない。
そして沢口の口調に関しては、沢口が幼い頃に読み聞かせられた本が影響している。
沢口の好きな本の主人公が使う「お嬢様言葉」に憧れて、自分も似たような話し方をしているうちに癖になってしまい、高校生になった今でも直らないのである。
沢口自身は、今のところ自分の言葉遣いに不便はないのであえて直すことも気を使うこともしないのである。
目当てのものが手に入ると、店内をふらふらと物色した。いつもは目的の食材のみを買いに来るため、隅々まで見て回ることはないが、テストも一昨日に終わり、時間的余裕もあるため、心置きなく見て回った。
清涼飲料コーナーを歩いていると、沢口は見覚えのある背格好の人間を見つけた。
『まあ、雑賀くんだわ』
沢口とは少し距離のある場所にいるため、沢口は雑賀を観察することにした。
沢口は雑賀に対して、基本的には良い印象をもっているが、雑賀の好青年ぶりを見るたびに違和感を抱くのだった。もちろん、雑賀は悪い人ではないのだが、沢口にはどこか雑賀が少し無理をしているような気がするのだ。
沢口は、雑賀が自分とは似て非なる者だと認識している。
『雑賀くんはまたルイボスティーを買うのね』
雑賀の手には紙パックのルイボスティーが握られていた。
『雑賀くんって分かりやすい人ね。見ているこっちが恥ずかしくなっちゃうわ』
沢口はちょっかいをだすため、雑賀のいるほうへと足を進めた。
「いつからルイボスティー好きになったのかしら、雑賀くーん」
雑賀を背後から声をひそめて言った。
「うわっ! 沢口さんか。全然、気づかなかったよ」
驚いてはいるけれど、顔は微笑んでいる。
「いい反応ね。でも『げっ』っていったほうが、らしいわね」
「そ、それはどういう意味で?」
「いいえ。別に」
沢口は雑賀が手にしている紙パックに目を落とした。
「えっと。これから予備校だから、軽食を買っておこうと思って」
「いいわよね、ルイボスティー。特にそのメーカーの」
沢口は最後の部分を強調して言った。ついでに、雑賀を真似て軽く微笑んだ。
「……沢口さん、何が言いたいの?」
「いいえ。エリちゃんもルイボスティー好きだったなって、思っただけよ」
「そうだったっけね」と雑賀は視線を沢口から離す。
「あら、お勉強ができる雑賀くんは記憶力もあると思ったのだけど」
雑賀が視線を逸らした先に回りこんで、沢口は雑賀の視界に無理やり自分を映した。
雑賀は目を閉じて、両手を軽く挙げ、降参の意を示した。
「あー、はいはい。覚えていますよ、はっきりと」
「そうよね。覚えていないはずないわ。さあ、どうしてかな?」
「それは、俺が、沢口さんに、エリちゃんの、好きな飲み物と食べ物は何か、聞いたからです。もう勘弁して下さい」
沢口は「ふふ」と、柔らかな笑みを浮かべていたずらっぽく言った。
「忘れてもらっては困るわ、文化祭準備の忙しいときに、わざわざ電話までかかってきたんだから」
「その節は、本当にありがとうございました、沢口様。今後ともよろしくお願いします」
雑賀は一年の頃から何かと沢口に弱みを握られ、いじられっぱなしであり、雑賀がエリに対して好意を抱いていることも、格好の餌食となっている。
「で、エリちゃんとは何か進展はあったの?」
完全に野次馬だが、沢口は深堀する。
「さあー、なんのことだろ。あっ、もうこんな時間だ。俺、予備校急がないと。じゃあ、また明日ね!」
雑賀はおにぎりとルイボスティーを抱えてそそくさと逃げていった。
『あらあら。逃げられてしまいましたわ』
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