第14話 疲労困憊の雑賀

 予備校から帰宅すると、雑賀は自室のベッドに倒れこんだ。


「疲れた……」

 高校二年も後半戦となり、いよいよ受験へと近づいてきたため、雑賀の通う予備校も熱がはいっているのだ。

「冬季講習のお知らせ。国公立理系コース……」

 疲労から、やや放心状態となり、独り言が増える。

 

 雑賀は一年次の文理選択の際、数学が得意という理由だけで理系を選択してしまったことに少し後悔している。二年生になって、実際に理系としての授業が始まると、物理も化学もあまり好きではないことに気づいてしまったのだ。

 かといって、いまさら文系に鞍替えするのももったいないような気がしてしまって、どうにも収拾がつかない。


 今日の放課後も文転するか否かの進路相談を行っていた。担当教諭からの言葉は「文転するなら早めにしなさい」「雑賀ならどっちでもやっていける」といういまいちなもので、収穫はなかった。

 結局、雑賀は文転を後押しする一言がほしかっただけだと自覚した。


 

 中学の頃、雑賀は東光学院を第二志望としていた。


 第一志望は東光学院よりやや偏差値の高い男子校だった。自分の目標とする大学への進学率が高く、なにより、アーチェリーの強豪校だ。

 雑賀は小学校までアーチェリーの教室へ通っており、県大会でもなかなかの成績を収めていたため、高校では腕を磨きたいと思っていたのだ。

 憧れの学校に行って、インターハイに出場する――そんな輝かしい生活を夢見て中学三年間は勉学に励んだ。けれど、雑賀の桜はあっさりと散った。

 

 東光学院に入学してから最初の一ヶ月間は、悔しさと虚しさで、雑賀は高校生活を素直に楽しめなかった。新しい環境に高揚するクラスメイトとも上手くなじめなかった。

 東光学院は第二志望とはいえ、校風や学習環境はとても魅力的だった。中学三年の志望校記入用紙の『第二志望校』の欄に『東光学院』と書いたときは、東光学院でも良いと思っていた。

 にもかかわらず、一年前の四月に鬱屈した気持ちになったのはなぜか。

 

 入学してから一ヶ月が過ぎた頃、雑賀は真紀からこう言われた。「あんた、甘えてんの? 東光には第一志望できた人ばっかりなんだから、誰もあんたなんて慰めてくれないよ」雑賀自信には、そんなつもりはなかったが、真紀の目にはそう映ったらしい。

 それからは、雑賀のなかで何かが吹っ切れて、東光での高校生活を謳歌している。


「はー、くだんねー」

 雑賀はいつも誰かの後押しがないと進めない自分が情けなくなった。

「そらー。お風呂冷めるからはやく入りなさーい」

「今日はもうねるー」

 

 ベッドから体を起こして、近くに制服を脱ぎ捨てた。箪笥から適当なスウェットを取り出して、だらだらと着る。

「あー、ほんと、クソ」

 やっと上下、着終わると、ベッドの中へと吸い込まれていった。

「あー、ねみー」

 

 雑賀はなるべく汚い言葉は使わないよう心がけているが、疲れていたり、機嫌が悪かったりすると、どうしても使ってしまう。

 春にエリが入部してきたときからは、特に気をつけているが、なかなか直らない。エリの前ではかなり気を使って、優しい口調で話しているつもりだが、いつボロが出るかは分からない。

 こんなことをしても無駄だと雑賀は思うのだが、せめてエリのなかでは優しくてカッコいい先輩でありたい。


 雑賀は掛け布団から顔だけ出して、天井の一点を見つめた。

 進路相談が終わって、部室へ行くと、エリたちが雑賀のことを話していた。立ち聞きはよくないと思いつつ、雑賀は部室のドアの前で五分ほどその会話を聞いていた。


『雑賀センパイって、優しいし、頭いいし、面倒見がいいし、ルックスもいい』

 

 雑賀は、エリの言った言葉をエリの声で、脳内再生した。

 他人から褒められることは嬉しいことだが、それが好きな子だと、嬉しさは倍増する。雑賀の顔は少し緩んだ。

 

 雑賀はエリを思い浮かべた。

 明るくて、どんなことにも一生懸命で、責任感が強くて、少しつんとしたところもあって、とにかくかわいい。柔らかそうな太ももを隠す、ギンガムチェックのスカートがよく似合う。細い首にかかるリボンも、本当によく似合う。


 雑賀は自然とため息が出た。


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