第13話 雑賀の噂話
エリと小林と沢口は、雑賀の噂話をしてた。
小林は長い脚を組みなおして、腕を組んだ。
「でもまあ、面倒見がいいっていうのは間違ってないな。中学のときの職業体験で幼稚園に行ったときとか、あいつめちゃくちゃチビッ子に人気があったし。色々とお世話するのも上手かったよ」
「で、真紀ちゃんはどうせ幼稚園児に混じって遊んでいたんでしょ?」
「だってそれが仕事でしょっ!」
「絶対、真紀センパイ、幼稚園児から仲間と思われてましたよね」
「私は童顔かもしれないけど、中身は大人だもん!」
少し冷えた部室内に、ほんわか温かい笑い声が響いた。
「でも、優しいという形容詞は、かほのほうが合ってるなー」
小林は考えるように言った。
「あら、照れるわ」
「確かに、かほ先輩は女神のようなオーラがありますからね」
沢口の黒髪ストレートも女神の美髪のようだった。
「まあ、認めたくないけど、宙が、頭がいいっていうのはもう、仕方のない事実じゃん?」
小林も成績上位者ではあるが、雑賀にはやや届かないため、いつも悔しがっている。日ごろから雑賀をいじるのも、そういったことに起因する。
だが、小林は雑賀を疎ましく思っているわけではない。雑賀の頭脳と努力には一定の敬意を払っているのだ。
「嫌味もでないほどよね」
「でもルックスは認めたくない!」
二人の先輩の雑賀への評価に「そうですかね~」と返し、エリは朝のことを思い出す。
いつでも温かく微笑む雑賀に対して、エリは好印象以上の好印象を抱いている。
「エリちゃんは雑賀くんにご執心かしら」
沢口が少し意地悪な顔をしていうが、微塵も嫌な気分にはならない。年頃の男子だったらむしろどきっとするのではないか、とエリは思うほどだった。
「ご執心ってほどじゃ……」
「エリ、気をつけなよ。あいつ、いつもデレデレした顔でエリのこと見てるから。何考えてんのか分かったもんじゃないよ」
エリの両肩を、小林は自分の両手でがっちり掴んだ。
「それは真紀センパイの偏見がそうさせているんじゃないですかー?」
エリは小林の両手を鬱陶しそうに振り払った。
「あいつもどうせむっつりだよ」
「結局、そこに帰結するんですか」
「――誰がむっつりだって?」
声の主は開きにくいドアをがたがたと開けて、部室に入ってきた。
「雑賀センパイっ!」
突然、ドアを開けた雑賀に驚くと同時に、今の恥ずかしい会話を聞かれたのではないかと、エリはどぎまぎした。
「おお! 宙! いいとこにきたじゃん。あんたの話をしてたんだよ」
「俺がイケメンでどうしようって話? いやー、参っちゃうなあ」
わざとらしく照れたようにふるまう雑賀に小林が「それはないわ!」とツッコミを入れた。
雑賀の指定席は奥の窓際であるため、エリは自分の椅子を引いて、雑賀が通れるようにした。六畳ほどの狭い部室では、譲り合いの精神がなければ共存できないのだ。
雑賀は小さく「ありがとう」と言うと、エリは「いえ」と言った。
「雑賀くん、朗報よ。ついに雑賀くんのファンが見つかったわ」
沢口は両手を胸の前で組んで、嬉々として言った。
「でもその子、絶対に騙されてるって。あんた、何飲ませたの?」
「あー、海外製の惚れ薬を使ったのはまずかったかな。刺激が強すぎたのかも」
雑賀は身の回りを整理しながらさらりと冗談を言う。
「――別に私はそういう意味で言ったわけじゃないですって!」
「エリちゃん?」
きょとんとした顔で雑賀がエリに目を向けた。
すかさず、沢口が説明する。
「エリちゃんがね、雑賀くんのことをベタ褒めだったのよ。優しくて、かっこよくて、頭いいって。結婚するなら雑賀くんみたいな人がいいって言っていたのよ」
女神の顔をして、なかなか派手な脚色をする。
「ちょっと、かほ先輩! 後半の部分、捏造じゃないですかっ。フェイクニュースです!」
「あら、そうだったかしら? フフフ」
エリの抗議も、女神かほの前に空しく消えた。
「結婚かあ~。でも、俺まだ十七歳だから、あと四ヶ月は待ってもらわないといけないな。
エリちゃん、どうする?」
のんきに笑っている雑賀に、エリはむっとしてしまった。
「どうもしませんっ」
「あー! 宙、フラれてやんのー」
「悲しいなあ」
「私、今日はもう帰りますから!」
スクールバッグのチャックを閉めて、勢いよく肩にかけた。
ドアをなんかと開けて、エリはそのまま天文部を後にした。今日は特に用事はないが、あのまま部室にいたらうっかり自分の想いが知られてしまうような気がしたのだった。
まだ沈まない夕陽にじわじわと背中を温められながら、放課後の東校舎の廊下をまっすぐ駆けていった。
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