第12話 天文部2年、小林真紀と沢口かほ

 放課後、担任の先生からに学級日誌を渡してから、エリは部室へと急いだ。

 

 部室のドアの前で、かるく前髪を整えてから、力いっぱいドアを開ける。

「こんにちはーっ!」


「おっ、久しぶりだねー!」

 ドアに近い二つの席に二年生の部員である、小林真紀と沢口かほがいた。二人は筒状の箱に入ったポテトチップスをつまんでいた。

「テスト期間中は部活できませんからね~」

 小林がエリにポテトチップスを勧めた。「どうも」とエリもポテトチップスを口にほおばった。

 

 見渡すまでもない部室には、雑賀の姿がなかった。

「雑賀センパイは今日、いないんですか?」

「あー、なんかあいつ呼び出されてたよ、放送で」

 小林は自分の指を舐めながら言った。

「うわあ。何やらかしたんですか?」

「盗撮でもしたんじゃね?」

 小林は低いトーンで静かに言った。

「こーら、真紀ちゃん。雑賀くんはそんなことをする人じゃないでしょー」

 沢口は優しい声で小林を窘めた。


「いやでもさ、雑賀って何かありそうな感じしない?」

 小林は声を潜めて言った。

「それって裏があるとかですか?」

「いやー、そういう感じじゃなくて、なんか、むっつりだよね、たぶん」

「えっ」

 雑賀が家でいかがわしい本を読んでいる姿を想像して、エリは赤面してしまった。


「でも男の子って、そういうことを表に出すか、隠すかに二分するものじゃない?」

「まあ、下ネタ連発されるよりはマシだけどさー」

 エリは下ネタを連発する雑賀を想像しかけたが、寸でのところで思いとどまった。これ以上は失礼だし、何か、大切なものが崩れてしまうような気がしたのだ。


 そして、同時に、エリは自分の知らない雑賀のことも気になるとも思った。

「……雑賀センパイって、普段はどんな感じなんですか?」

「どんなって言われても……特筆すべきことはないって感じかな」

「そうねえ。雑賀くんはああいう性格だから、雑賀くんのことを嫌う人はまずいないわね。いつもさりげなく、どこかの輪にいるような気がするわ」

「特段に嫌われることはないけど、特段に好かれることもないよね」

 小林は小馬鹿にしたような調子で言った。

「もー。真紀ちゃんはすぐ雑賀くんをいじめるんだから」


 雑賀と小林は小学校からの腐れ縁で、事あるごとに、小林は雑賀をいじっている。

「おお、これが幼馴染ってもんですか、ちょっと羨ましいです」

「どうせならもっと、イケメンの幼馴染がほしかったー!」

 閉じている窓に向かって、小林は小さく叫んだ。

「でも、雑賀センパイって結構かっこよくないですか?」

「ええっ……」

 小林と沢口は奇異なものを見るような目で、同時にエリに視線を向けた。

 予想外の二人の反応に、エリは椅子に座ったままたじろいでしまった。


「えっ……ダメですか……?」

「なんか新鮮なものを見れた気がするよ」

「そうね。人の好みは千差万別よね」

「雑賀センパイって、優しいし、頭いいし、面倒見がいいし、ルックスもいいから、結構モテるんじゃないかって思ってたんですけど」

エリは恐る恐る言ってみた。

 

小林と沢口は変わらず、エリを直視したまま遠い目をした。

「まじか」

「録音して雑賀くんに聞かせてあげるべきだったわね」

「――それはダメですっ!」

 それではほとんど告白と同じだ。

 

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