第10話 翌日のエリと詰襟
結局、昨日、エリは貴重な天文部の部活動の時間の大半を寝て過ごしてしまった。
部活動終了時刻になってから、副部長に起こされて、自分が二時間も寝ていたことに気がついたのだ。
雑賀はすでに帰っていたが、エリの肩には雑賀の詰襟がかけてあった。
昨日の夜は冷えていたので、雑賀がセーターで帰宅した姿を想像すると、エリは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
今日は昨日よりもさらに気温が下がったため、登校時にも雑賀はかなり寒い思いをするだろう。
エリは、ただ詰襟を返すのではいけないと思い、お昼休みに食べるために買っておいたチョコレートも一緒に渡すことにした。
エリは学校に着くと早速、二年生の教室へと向かった。
西校舎の二階と三階の半分は二年生、三階のもう半分と四階が一年生の教室だ。
エリは文化祭の実行委員で何度も二年生のフロアを行き来していたため、迷うことなく、雑賀のクラスへと行けた。
二年五組。プレートの漢数字を確認してから、後ろのドアへと回る。
まだ、朝の早い時間だが、クラスの半数はすでに登校してきている。宿題を焦ってやっている生徒や、友達と談笑している生徒、スマホの画面に夢中になっている生徒がいる。
ドアの透明ガラスから教室の全体をぐるりと見渡すと、エリは雑賀の姿を見つけた。
雑賀は窓際でクラスメイトと何かを話している様子だった。エリは教室にいる雑賀を見ることは滅多にないので、少し新鮮な気持ちになった。
だが、悠長に眺めている場合ではない。クラスの男子全員が詰襟を着ているなか、ひとりだけ濃い茶色のセーターのみの人がいる。雑賀だ。
エリは控えめにドアをノックしてから、顔だけ教室の中に入った。
「一年の星野です。雑賀先輩いらっしゃいますかー?」
他の先輩方もいらっしゃるので、エリは自分にできる最も真面目な顔と声で言った。とは言っても、雑賀の所在は分かっているので、エリは本人をまっすぐにとらえていた。
「はいはーい。今いくねー」
雑賀が軽快に返事をすると、隣にいたクラスメイトが雑賀の背中を軽く拳で突いた。
「お待たせ。おはよう、エリちゃん。どうしたの?」
雑賀はドアを閉めながら、エリに訊ねた。
部室ではいつも座っているので、あまり気にしたことがないが、こうして近くで対面してみると、雑賀はエリよりも二十センチほど背が高かった。
「センパイ、意外と背が高いですね」
「そう? エリちゃんが小さいんじゃない?」
エリは自分の身長が女子の平均よりもかなり低いことを思い出した。
「そうでした。今のは却下でおねがいします」
「りょーかいっ」と言って雑賀は腕を組んだ。自然な流れだったが、おそらく寒いから腕を組んだのだろう。
エリは紙袋を差し出した。
「これ、ありがとうございました。センパイに、セーターで帰らせてしまって、すみません」
誠心誠意こめて、お渡しする。
「ううん、気にしないで! そうだねー、これからは寒くなるし、ブランケットとか部室にあったほうがいいよね。家に手ごろなものがあったら持ってきておくね」
紙袋を受け取ってもすぐに詰襟を着ないのは、エリを気遣ってからだろうか――
「センパイ、早くそれ着てください。紙袋、持って返りたいんです」
「なんか質の良さそうな紙袋だね。わかった、今着るね」
雑賀が詰襟に袖を通すと、エリはほっとした。
「わざわざ届けにきてくれてありがとうね」
雑賀はエリにいつもの温かい微笑みを向ける。
「センパイ、今日の一時間目はグラウンドで全校集会ですよ。セーターじゃ死にます。私がセンパイの学ランを奪ったばっかりにセンパイが死にでもしたら、私、退学になるじゃないですか。せっかく苦労してここまで来たのに、そんなことでドロップアウトしたくないんです」
廊下が寒いからか、少し早口になってしまった。
「それもそうだね。俺だって、せっかく大量のティッシュを渡したし、そんなことでエリちゃんが退学になるのは無念だなあ」
「そうですよ~、お?」
ティッシュ?
「え……」
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